第315話 兄弟会遇
男漁りの報告は僕の予想通り、いやそれ以上の効果を発揮した。アポロンは言葉を失い立ち尽くしている。
『…………ヘル』
「あ、どうだったアル。僕すごくない?」
『はぁ……情けない』
おかしい、アルは僕を凄いと褒め称えてくれるはずなのに。どうして情けないなんて言わているのだろう。
「ちょ、ちょちょ、ちょーっと話しましょっかこのクソ坊主」
「え? な、なんで僕が怒られるんですか?」
「アンタ……馬鹿なの!? ふざけてんの!? 真剣だったらアンタ本っ当に頭おかしいのよ!」
「な、なんで頭おかしいなんて言われなきゃならないんですか!」
情けないだとか頭がおかしいだとか、全く意味が分からない。
「アタシは! この馬鹿にぃのせいで男と縁がないのよ! せっかくアンタに紹介させようとしたのに、アンタが言ってどうすんのよ!」
「お兄さんのせいだなんて僕は知りませんし、どうして僕がアルテミスさんの男漁りの安全の為の犠牲にならなきゃならないんですか!」
アルテミスの怒りは八つ当たりだ、僕はそう判断して言い返す。
「あぁもう最っ低! マジありえない! アンタ男として最低よ!」
「さ……最低。べ、別にアルテミスさんに最低って思われたからって、僕はなんともありませんから!」
嘘だ、かなり傷ついた。
いくらなんでも最低は酷すぎる。人を犠牲にしようとしておいて、よくもまあそんな暴言が吐けるものだ。
「…………アルテミス」
「な、何よ馬鹿にぃ。名前で呼ぶなんて、気持ち悪いからやめてよ」
「結婚、したいのか?」
「アタシにもそういう願望はあるのよ、それが何? 気に入らないの?」
「……お兄ちゃんじゃダメか?」
アポロンが自分を指差す……と同時に彼の体が宙に浮く。パァンという音が街中に響き渡る。強烈なビンタをくらったアポロンは街道の端まで吹っ飛んだ。
「気持ち悪いのよ馬鹿にぃは!」
このままでは兄妹喧嘩に巻き込まれる、退散しよう。バイトも見つかっていないしと尤もらしい言い訳を心の中で唱えながら体を反転させた。
「あ、ヘルくーん! 聞いてよ、一人目からもう大当たりでさぁ。いい噂が手に入ったんだ」
「もう見つけたんですか? いい噂って……信用出来るんですか?」
「火のない所に煙は立たない、ってね! 怪しい噂が出回るってことは怪しいことしてるってことだよ」
「そうですか……? 噂なんて大抵は面白半分だと思いますけど」
「叩いたらホコリが出る奴じゃなきゃ面白くないだろ。いいから聞いてよ」
一人目から良い情報が手に入った、か。信憑性はともかくとして、彼は本当に運がいい。
そういえば、確かヘルメスがこの国を追い出された理由は兄と仲違いしたからだったはずだ。
アルテミスはヘルメスの姉。
アポロンはアルテミスの兄。
つまりアポロンはヘルメスの兄だ。
「…………メ、メルクさん! そういう話は外でしない方がいいですよ、ほら行きましょう」
「え? メルクって……えっ? マジか」
ヘルメスは喧嘩している兄妹に気が付き、帽子を目深に被る。
白っぽい毛先ははみ出ているものの特徴的な青いグラデーションの髪や翠の瞳は上手く隠れている。
「……あ、待て待て君。えっと、ヘル君? 君とは少し話がした……おや? 友人かい?」
アポロンが去ろうとした僕を呼び止める。
そのまま喧嘩をしていればいいのに、そう言ってしまわないように唇を噛み締める。
考えがまとまらない、ヘルメスが口を開けば声などでバレてしまうだろう。ヘルメスに話させないようにして上手くこの場を離れなければ。
「しかし、ヘルか……嫌な響きだ。あぁいや、君がどうという訳ではなくてな。気を悪くしたならすまない、謝るよ」
「あ、はい。ヘルシャフトっていいます。だからあだ名がヘルになってて」
「ヘルシャフト、いい名前だ。すまなかったね。そちらの彼は?」
「メルクさんです。すいませんがメルクさんはちょっと話せなくて」
よし、ヘルメス改めメルクは口がきけないという事にしよう。それなら声でバレる心配はない。
「声が出せないのか? いや、さっきは話していただろう。しっかりとは聞こえなかったが、口が動いているのは見たぞ」
誤魔化されてくれないのか。何故そう細かい所を見ているのか、面倒臭い事この上ない。
「え……ぁ、あぁ、それは、えぇと……」
『場面緘黙症だ』
「それ! って……何? アル」
同意したはいいものの、その言葉の意味は分からない。だがアポロンは納得した様子でヘルメスの肩を叩いて、先程僕にしたように軽い謝罪を行った。
「そうだったか、すまないな。君も旅行者かい? ゆっくりしていってくれ」
ヘルメスは帽子を引っ張って顔を隠しながらコクコクと頷く。
「……おや、綺麗な爪をしているね。自分でやったのかい? へぇ、上手いじゃないか。私の妹なんてもう何年もやっているのにずっと下手で、いつも店に行っているんだ。機会があったらコツを教えてやってくれ」
「あ、あの、アポロン……さん?」
「あぁすまない。あまり話しかけない方がいいのかな? 悪かったね引き止めて、用事があるなら話はまた今度。暇が出来たらここに手紙を送ってくれ」
アポロンは住所を書いた紙を手渡すとテラス席に戻った。
……この紙はいつも持ち歩いているのか? 落としたら大惨事だ、大丈夫なのだろうか。
「助かった……かな。さ、行きましょうメルクさん」
念の為にまだメルクと呼んでヘルメスの手を引く。アルも僕の腕に尾を絡めて、カフェに背を向けて歩き出す。
ヘルメスは何も言わず自分の手を──爪を見つめていた。
「メルクさん? どうしたんですか」
「……にぃ、俺の爪褒めてた」
「爪? あぁ、綺麗ですね。髪と同じ色で……えっと、セットみたいでいいと思います」
ヘルメスの爪は彼の髪と同じように綺麗な青が塗られていた。翠も混ざった美しいグラデーションは海にも空にも似ている。
「……昔、家にいた時は「女みたいなするな」って怒られたんだよな」
「そうなんですか……」
それなのに今日褒めたのは考えが変わったのか、他人だからなのか。ひねくれた僕は後者だろうなと考えた。
「ぬいぐるみ収集が趣味のくせしてよく人に文句言えるよなって感じ。そもそも俺はモテるからこういうのやってるだけだしさー?」
「まぁでも、良かったじゃないですか。バレなかったし」
「まぁ、な。でもなーんか複雑だよなぁ。弟にはキツいくせして外じゃあんなにヘラヘラしてんだな」
「……王族ですし」
無愛想では指示は得られないだろう。腹の中で何を考えていようと人当たりのいい方を方を民は好む。
「ところでメルクさん、捜し物って? それと、どれくらい貰えそうかも教えてくださいよ」
「失せ物……あれも一応神具だから国家レベルの仕事、なんてね。結構割はいいと思うよ、王様がどんだけ出してくれるかは知らないけど」
「……神具を失くしたんですか?」
「そうなんだよ、バッカだよなぁー。人にポンポン貸すから失くすんだよ」
人の神具を盗んだヘルメスが言えた事ではないような……盗まれる方が悪いという考え方なのか?
「神具って呼んだら出てくるんじゃないんですか?」
アルテミスは弓を呼び戻していた覚えがある。
「仮所持者がいなけりゃ正当所持者のとこに帰ってくるよ。でも何度試しても帰ってこないらしい。誰かが持ってるってこった」
仮所持者……前の僕の事か。だからアルテミスはわざわざ僕に会いに来たのか。
何の力もない僕が持ってもそれなりに使えたし、悪意を持って盗まれたとしたらこれは重労働だ。
たっぷりと報酬を貰おうと決め、その神具について詳しく聞くことにした。
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