第58話 振るうは大剣


朝、目を覚ますと横にはアルもコウモリもいなかった。

その代わりなのか、ベッドの横に美しい女性が座っている。

薄桃色の巻き毛の妙に露出の多い服装の女性だ。


『どう? 起きたらセクシーなお姉さんがいるって、嬉しい?』


「どちら様ですか」


『やだなぁ、セネカだよ』


無邪気な笑みを浮かべる女性の顔は、確かにあの青年とよく似ている。

困惑しているとアルが肉を飲み込みながら僕の目の前に座った。


『力が強くなったおかげかな、ある程度見た目も変えられるようになったんだ。

君はどんな見た目の女のコが好きかな? まぁ力が強くなっても異性が苦手なのは変わらないから、特別なコトはしてあげられないけど』


『姿変われどポンコツ治らず、か』


セネカは膝を抱いて分かりやすく落ち込む。

この仕草にも見覚えがある。

目のやり場に困りつつ、僕も朝食をとることにした。


窓から外を眺めるが、昨晩ほどの活気はない。

昼間は人が全く出歩かないらしい。

刺すような日差しと暑い日中を避けて涼しい夜に店を出す。

昼も開いている店もあるにはあるが、店員にやる気は見られない。


『ヘルシャフト君。憂い気な顔で何を見ているのかな?』


「別に憂いてないですよ…って、あの、あんまりその格好でひっつかないでくださいよ」


『なんで?』


「いや、その……胸、とか、色々」


無理矢理に視線を窓へやり、微かな敗北感を噛み締める。

昨日まで男だった相手に照れるハメになるなんて。


『体を使った誘惑は淫魔の習性だな』


アルが僕の足の間から頭を覗かせる、そして呆れた目でセネカを見やった。


『まぁ、アレはただの馬鹿だが』


セネカは真っ赤にした顔を両手で隠し、いつの間にか大きなコートを着ている。


『姿を変えると同時に苦手な性別まで変えるとは器用な奴だ』


『見た目に引っ張られるんだよ……もうヘルシャフト君の顔見れない』


「もうコウモリに戻ってくださいよ。もふもふしたい」


『ヘル、ヘル、私も十分もふもふしているぞ』


「わぁ……もふもふぅ……アル最高」


『当然だ』


真ん丸なコウモリを肩に乗せて、アルを連れて一階に下りる。

まばらに机の並んだ広場には誰も居ない。

窓際の席に座り、備え付けのパンフレットを眺める。

適当な仕事を探さなければ、そろそろ生活に困る。


「あ、これどうかな」


『遺跡調査の護衛募集?』


「定員三名だけど、アル連れていったら絶対受かるよ。三日間でこの給料は最高だと思うんだけど」


『危険な場には行かないで欲しいのだがな』


暑さのせいかアルにあまり元気はない。

向かいの席に座って机に頭を乗せて、だらんと翼と尾を垂らしている。

溶けている、と例えるのが最適か。


「セネカさんはどう思います?」


頭の上のコウモリを机に下ろし、求人広告を見せる。

きゅー、と可愛らしい鳴き声をあげて僕を見上げる。


「きゅーじゃなくて何か言ってくださいよ」


きゅう? と不思議そうに首を傾げる。


「可愛い……じゃなくて、アルを説得して欲しいんですよ。遺跡って言ってもそう危なくないだろうし、アルも着いてくるんだから安心ですよね?」


こんなパンフレットにまで広告を出す程だ、ミイラが襲ってくるだとか、古の魔獣が眠っているだなんてあるわけがない。


コウモリはアルに可愛らしい鳴き声を聞かせている。

コウモリの歩き方には見覚えがあった。

歩き方というか跳び方だろうか? 雀のそれによく似ている。


『きゅうきゅう五月蝿い、黙れ毛玉』


羽を垂らし、分かりやすく落ち込むコウモリ。

重い足取りで僕の手に擦り寄り、そっと目を閉じた。


「もしかして、その姿だと喋れないんですか?」


『大体のモノはそうだ、人と獣の両方に化けるモノは人の姿の時にしか喋らん』


「そうなんだ、でも宿で人になられるわけにはいかないし」


きゅう〜、と悲しげに鳴く。

指先を軽く動かして毛並みを楽しんでいると、背後から声がかけられた。


「お前、それ応募するのか?」


大剣を背負った少女だ、急所を守る分厚い鎧に身を包んでいる。

明るいオレンジの髪は後ろで一つにまとめられ、自信満々に揺れていた。


「そのつもりだけど」


「ならアタシと組まないか? そんな魔獣連れてんだ、細っこくて弱そうに見えるけど実は…ってヤツだろ」


少女は僕のカバンを指差し、にっと笑う。


「そのハミ出てんのは弓だよな? 腕の立つ相棒、後ろから援護してくれる奴が欲しかったんだよ」


何か勘違いしているようにも思えるが、僕は気にしないよう努めた。

二つ返事でその提案を引き受ける。

少女は隣の席から椅子を引っ張り、窓の向かいに腰掛けた。

大剣が床を打って鈍い音を立てたが、少女は気にしていない。


「アタシはセレナーデ・シュナイデンだ、セレナでいいぜ」


「僕はヘルシャフト、ヘルでお願い」


「オッケー、ヘル。よろしく頼むぜ」


「うん、こちらこそよろしく。セレナ」


しっかりと握手を交わす。

セレナの力は強く、離されたあと指がくっついてしまっていた。

セレナはアルを物珍しそうに見ている。


『なんだ小娘、ジロジロ見るな』


「うわ喋った。悪ぃな、こんな上級魔獣初めて見たからよ」


「アルはこんな態度だけど撫でられるの好きなんだよ」


「へぇー、こうか?」


『……悪くないな』


セレナに頭を撫でられ、暑さで垂れた耳を更に垂れさせる。

尾がゆっくりと揺れているところを見るに、かなり機嫌は良くなっている。


「可愛げの無い喋り方すんなぁ」


『貴様に言われたくはないな、第一私に可愛げなどいらんだろう』


「その喋り方のお陰でギャップが出て可愛いけどね。擦り寄って来る時とか、眠そうにしてる時とか」


アルは僕を軽く睨みつける。

セレナはそれを見て楽しそうに笑った。


「なんつーか、息合ってんな。羨ましいぜ。えっと……アル、っていうのか? この狼」


『アルギュロスだ、特別にアルでもいいぞ。喜ぶがいい』


「ほいほい、ウレシーウレシー。で、こいつは?」


セレナは手を伸ばし、窓の外を眺めていたコウモリを掴み取った。

急に捕まえられたコウモリは翼をバタバタと羽ばたかせる。


「セネカさん! あ、いや……落ち着いてください、大丈夫ですから」


丸い青の瞳には微かな恐怖が宿ったままだが、翼を動かすのはやめた。

だが二対の羽はまだ落ち着きなく揺れている。


「セネカさん!? 何、こいつ、もしかして強いのかよ。さん付けの上で敬語って……そんなヤベぇ奴なのか?」


「あ、えっと……セネカさんは。まぁ、強いけど」


「見た目で判断するのは危険ってことだな。アタシの悪い癖だぜ、早いとこ治さねぇと」


そっと、壊れ物を扱うよりも慎重にコウモリを机に下ろす。


「すんませんでした、セネカさん。自分まだまだ未熟者っすけど、暫くの間よろしくお願いします!」


「いや、そんな事しなくても……いいと思うよ。セネカさんも怖がらないでくださいよ」


セレナの頭を上げさせ、何故か震え出すコウモリを止める。


仲間が出来たのは心強いが、不安なところも増えたように思える。

面接のある明日の朝に再びここで会うことを約束し、セレナと別れた。

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