第47話 余命幾許
目が覚めて一番に目に飛び込んで来るもので、その日一日の運勢のようなものが決まる気がする。
なら今日はどうだろう。
目を開けると、肩の横あたりにピンクの巻髪。
何故か少女が僕の隣で寝ている。
その少女に見覚えはなかったが、僕には誰か分かってしまった。
「あの、セネカさん? 何してるんですか?」
『ん……おはよ』
「おはようございます、何してるんですか?」
『ここ、すごく落ち着く……あったかい』
寝ぼけ眼で僕を見たかと思えば、また瞼を閉じて僕の肩へ頭を落とす。
一足早く目を覚まし、シャワーを浴びていたアルがその光景を見てため息をつく。
『貴方は魔物使い、その魔力は魔物にとって馳走だ。特に此奴のように人の魔力を吸い取るようなものはその影響を強く受ける。そばに居るだけで魔力が安定するからな』
「へぇ、影響ってどんなの?」
『マタタビを嗅いだ猫を見た事があるか? 同じ事だ、酔っ払う』
「マタタビ……そっか」
尾で器用に体を拭き、アルは窓を開けて風を受けた。
僕は無理矢理に体を起こして洗面所へ。
顔色がいつもより悪いような、いつも悪いような。
髪は白い部分が着実に増えてきている、もうすぐ半分だ。
二人前の朝食を運んできたセネカは、僕の背後に隠れてパンを食べている。
昨日のものと同じだ。
アルは窓辺で食事をとっている、翼が中々乾かないのだと。
『貴様、淫魔のくせに物を喰うのか?』
『分かってるくせに、人から吸えないからものを食べるしかないの』
興味なさげに外を眺めていたアルは、不意に真剣な顔をする。
拗ねていたセネカもそれを感じ取り、不安げに僕の肩を掴んだ。
『貴様、もう長くはないな。もって数年か』
「え?」
アルの言葉に思わず声が出た、数年というのはまさか。
振り返るとセネカは僕の背に頭を押しつけるように俯いていた。
『もはや人よりも魔力が弱い、人に触れたところで生気を吸い取る事も出来んのか』
「アル? それどういう意味なの」
『もうすぐ死ぬ、いや、消えると言った方が正しいな。直接魔力を流し込めば弱った器が裂けるだろうしな』
僕の肩を掴む手が微かに震えている。
アルの言葉は本当なのだろう。
僕からセネカにかける言葉は見つからず、ただ背を貸していた。
昼、セネカの案内で街を歩く。
朝食の時に聞いた話を掘り返すことも出来ず、また彼もそれを忘れているかのように振る舞っていた。
『この街には人間は居らんのか』
アルの言葉に周囲を見回す。
羽や角、尻尾の生えたモノばかりだ、悪魔の類だろう。
『居るよ? まぁ、お店でご飯になってるからあんまり見ないけど』
「ご飯?」
『あ、いや。安心してよ。別に喰われてるわけじゃないから。ただちょっと生気吸われてるだけだよ』
「安心出来ないんですけど」
『お店側もちゃんとサービスしてるから、通貨が生気になってるだけだよ』
まぁボクは生気吸えたことなんてないけど、と付け加える。
この街に住む下級悪魔達の食事は人間の生気、酒や食事は嗜好品らしい。
セネカは人から生気を吸うことが出来ないために、人間の食事で命を繋いでいるのだと。
『吸鬼の類は厄介だ、下級のくせに魔力を溜め込んでいるモノが居るからな』
「吸鬼って何?」
『人から魔力を直接吸い取るタイプの悪魔の事だよ、吸血鬼なんかが有名かなぁ。
吸えば吸うほど強くなるから、中級よりも強くなっちゃう人とかいるんだ』
「へぇ……メルもそうなのかな」
お菓子の国で王女を務めるメルの事を思い出す。
彼女の魅了の力は凄まじく、国中に広がっていた。
『メルちゃんは確かリリムなんじゃなかったかな、あんまり良く知らないけどさ。多分だけど性別はボクと違って固定だよ』
『彼奴は呪いの産物である菓子から魔力を取り込んでいる、故に並の悪魔を越す。帝王の力を微かにでも吸収しているのだからな』
「ふぅん…? ところでセネカさんは何で性別コロコロ変えてるんですか?」
『ちょっと最近安定しなくてさ、勝手に変わっちゃうんだよね』
そんな事を話しながら、大きなレストランに入る。
メルが予約してくれていた店はこの街一の高級店なのだと。
料金は支払い済だ、彼女には頭が上がらない。
『お酒あるけど、ヘルシャフト君は飲めるの?』
『駄目だ。ああ、私はワインを頼む』
『ワインとお冷二つで』
「お冷……別にいいけど。ジュースとかないんですか?」
『この国の飲み物、お酒以外は水しかないよ』
テーブルに並べられていく豪華な料理の横に、コップ一杯の水は少々不釣り合いと言える。
上機嫌にワインを飲むアルが羨ましい。
「セネカさんもお水なんですね」
『お酒飲むと倒れちゃうんだ』
『貴様本当に淫魔か?』
『これでもれっきとした淫魔だよ。実績ゼロのね』
セネカは少し拗ねたようにチキンを頬張る。
ソースを口の周りにつけたその姿は、余計に彼を幼く見えさせる。
パタパタと動く羽から、美味しいのだろうと推測した。
言葉のないコミュニケーションというものが僕に理解出来る日が来るとは思っていなかった。
「淫魔ってどんな種族なんですか?」
『ヘルシャフト君、君以外にグイグイくるね。まぁ……その名の通りのちょっと大声では言い辛い生活を送る下級悪魔だよ』
『性交により人の生気を吸い取る吸鬼だ、主に寝込みを襲うらしいな?』
『せっかくボカしたのに! 第一寝込みを襲うような奴はこの国にはいないよ、ちゃんと働いて吸ってる……ボク以外の人達はね』
先程まで楽しそうに揺れていた尻尾が背もたれに絡まる、本当に分かり易い人だ。
アルは酒が入った影響もあるのか、いつも以上に尾がふらふらしている。
僕の膝に擦り寄せられる頭も、いつも以上に執拗い。
「おい、お前……セネカか?」
『え? うわっ!』
「やっぱりなぁ、セネカ・キルシェだろ。今日は男か? ま、どっちでもいいけどよ」
黒いスーツに黒いマント、裏地は血のような赤──全く趣味の悪い色をしている。
オールバックの黒髪に、爬虫類を思わせる縦長の瞳孔の紅い瞳。
意地の悪い笑みを浮かべた男はセネカの顔を覗き込む。
僕にはセネカの唇が「最悪だ」と動いたのが見えた。
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