第43話 多勢に単騎


旅館から真東に行った先には洞窟があった。

入口に立つだけでも分かる。ここは近づいてはならない場所だと、人間を拒絶しているのだと。

奥の方からは冷気が流れ、地や壁は濡れている。

数歩踏み入れればもう光はない、真っ暗だ。


『貴方は夜目が効かん。私の尾を離すなよ』


腕に巻きつく黒蛇を支えに、ゆっくりと歩く。

濡れた岩場は不安定だ。

転びそうになってはアルに支えられ、進んでいく。





最奥部には滝があり、天井が開いていた。

空は赤く染まりゆっくりと夜が近づいている。

滝をのぞき込む十六夜の隣に小さな古びた祠があった。


「十六夜さん!」


「ヘルさん、アルさん、来てしまったのですか!」


「一人でなんて無茶ですよ」


「ウサちゃん達もいます! 一人ではありませんよ」


白と黒のウサギが十六夜の足元を飛び跳ねる。

アルが僅かに後ずさったのを背後に感じながら、祠を調べる。

古い祠には苔がこびりつき、中の札はボロボロだ。

鏡、それに酒…? どれも年代も分からない程に古い。


鈍重に、だが確実に洞窟の中は暗くなる。

太陽が沈んだのだ、穴の空いた天井からは煌めく星々が見えた。

月は見えない。まだ位置ではないのだろう。


バシャン、と微かな水音と共に滝の奥から長い影が現れる。

長い長い、龍のような海蛇。

恐ろしい雄叫びをあげ、足場に突っ込んでくる。


「ウサちゃんズ、首落双撃ラビットギロチン! そして……撹乱連打ラビットジャブ!」


破裂音が幾度となく繰り返されるが、海蛇はそれに何の反応も示さない。

ウサギ達は一旦足場に戻り、十六夜の足元に構えたまま待機した。


「うぅ……月がまだ来ない。天使様もまだだし。あ、悪魔さ〜ん。少し待って頂けません?」


そんな情けない声を無視し、水弾が降り注ぐ。

水弾は岩を砕き、足場はどんどん崩れていく。


『ヘル、下がれ』


「アル、どうするの? 天使が来るらしいけど」


『月が昇るまで後どれだけある? そもそも私は天使を信用していない』


僕に来た道を戻らせ、水弾の降らない位置まで押し込む。

アルはまだ様子見をしている、空中戦、或いは水中戦は得意ではないという事だろう。

懐に入れた本をそっとなぞる。

ゾッとする程に冷たいそれは、僕に安心感を与えた。

もう少し……もう少し様子を見て、危なくなったらマルコシアスを呼び出そう。


十六夜は僕らの一歩手前に戦線を引き、どこからともなく取り出した銃から光弾を撃ち込んでいる。

魔道具であるそれは所有者の魔力を弾数とするものだ、後何発残っているのだろうか。





穴の空いた天井から人が落ちてくる。

それは真っ直ぐに海蛇に向かい、踵落としを決めた。

海蛇は僅かにぐらつき、その主を睨みつける。

一瞬の出来事に十六夜の手も止まった。


「はぁい! ヘル君お久しぶり! お届け物だよ!」


蒼いグラデーションの髪には見覚えがある、娯楽の国で会ったあの青年だ。

変わったスーツに身を包み、羽のついた帽子と靴。

手渡されたのは弓だ。銀に輝く美しい弓。


「ヘルさん、どうしてここに?」


「可愛い娘に頼まれ……配達のバイトだよ、気にしない気にしない。ほら、弓を構えて。この弓は月が美しい程に威力を増す、だから矢は必要ないよ」


弦を引くと光り輝く銀の矢が形成され、真っ直ぐに海蛇の眉間を射抜く。

倒れこそしないものの、鱗に傷はつけられた。


「上手い上手い、盗って来た甲斐があったよ。ねぇの物なんだよね、それ。流石に本領発揮とまではいかないけど。ま、それでも十分でしょ」


海蛇はそれでも水弾を飛ばす。

効いているのかいないのか、怒りを買っていることだけが明白だ。

洞窟が崩れると思う程の咆哮を轟かせ、体を地に叩きつける。


「うわっ…怖。それじゃ、俺もう行くね、他にもバイトあるし」


トン、と一飛びで天井の穴を抜け、その姿を夜の闇に溶かした。

彼に渡された弓は光り輝いている。


「誰かは知りませんが感謝しておきます! ヘルさん、その弓で援護を!」


「わ、分かった」


光弾と銀の矢は少しずつその光と威力を増していく。

気がつけば天井の穴から美しい満月が覗いていた。


『おい小娘、満月が見えているぞ!』


「ほ、ホントだ! ウサちゃんズ、満月掌底ラビットアタック! 」


これまで以上の破裂音が響き渡る。

海蛇はついにぐらつき、その頭を地に触れさせた。

見ればウサギ達は月の光を吸収しているかのように輝いている。


『あのウサギ、私よりも……いやいやそんなはずはない』


「ヘルさん! もっと援護射撃を!」


「え、でも、ウサギに当たるんじゃ」


「大丈夫です! 気合いでなんとかなります!」


ずる、と体が足場に上がってくる。

這いずるようにこちらに向かい、爛々と輝く瞳が僕を捉えた。

恐ろしくなって弓を引くと、銀の矢は海蛇の目を射抜いた。

横を見れば十六夜の光弾はもう片方の目を潰している。


悲痛な叫びをあげてのたうつ海蛇。

それにとどめを刺すように空から光線が降り注いだ。


『月光の使者……オファニエル参上!』


「天使様! 遅いですよ!」


輝く甲冑を身にまとった月色の天使がゆっくりと降り立つ。


主人公ヒーローは遅れてやってくるものだ』


「な、なるほど……勉強になります! 」


長い巻き髪を揺らし、輝く翼を広げて決めポーズらしきものを決める。

十六夜の妙な仕草はオファニエルから教わったものなのか。


『また頭の弱そうなのが来たな』


「失礼だよアル、せめて声抑えて」


海蛇はもうピクリとも動かない。

本当に倒したのだろうか。

いや、待て。倒していいのか?

呪いは術者が死んだところで解けないと聞いた。

ならばこの状況は、全く意味のないものなのでは。

呪いを解きに来たと言った十六夜を信用してそのあたりは考えていなかったが、今になって不安になってきた。


『……魔の気配が多いな』


「彼らは協力者ですよ天使様! 彼らがいなくては天使様が来るまで持ちこたえられませんでした!」


『そうか、礼を言うぞ。魔性のモノ共』


『言い方が気に入らん、頭が高いぞ』


「僕は人間で……って、アル! やめてってば!」


頭を軽く下げるオファニエルに文句を言うアルを諌める。

魔物だというだけで襲ってくるような奴らよりはマシなのだから、と。

オファニエルは辺りを見回し、首を傾げた。


『同族の気配を感じるのだが……いないのか?』


「天使様の他に天使なんていませんよ、ねぇヘルさん」


「ここには僕らしか居ないはずですけど」


『そうか? だが確かに感じるのだが。どこか怪しい……不気味な同族の気配を』


「不気味って……それ天使じゃないと思いますよ、ねぇヘルさん」


「えっ? ど、どうだろう」


二人につられて僕も辺りを見回すが、天使どころか人影すら見えない。

そっと踏み出し、海蛇を見やる。

ピクリとも動かないそれは、本当に死んでいるようだ。



ふと、滝の方を見る。

どこともつかないどこかに黒い影が見えた。

それは一瞬にして消えたが、代わりに頭の中に声が響いた。

それは、この洞窟の場所を教えた声と全く同じ声だった。

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