(戊)

「ありがとうございます、ひおりたま」

「……お前がおらぬと、詰まらぬ故な」


 そう言って冴を見ながらも、どこか遠くを見る目。


 いなくても詰まるようになったら、もう助けてもらえないのだろうか。などと思いながら、冴は、打ちひしがれて動かないでいる女へ目を遣った。


「ひおりたま……」


 何か、大儀そうに息を吐いてから、氷織は腕を上げた。


「――お主の子は、あそこだ」


 氷織が指さす方を見遣れば、川の上で、蒼白い炎がゆらゆら燃えていた。それは、見る間に小さな子供の姿になったかと思うと、母さま、と囁いた。女の垂れた瞼の奥から一筋、透明な涙が頬へと伝った。すると、火傷痕だらけの痛々しい肌が、一瞬で白磁のような滑らかな美しい肌になった。おそらくは、これが元の顔なのだろう。慈愛に満ちた笑み。感じたことのない感情がどこからか湧き上がって、冴の胸が、ツキリと痛んだ。

 いよ、と零すと、女は駆け寄り、光ごと抱き締めた。


「……嗚呼……いよ。私の子。……今度こそ、今度こそ放さない……」


 光が弾けた。眩しさに思わず目を閉じる。笑い声がして、再び開いた時には、子供も、女の姿もない。


「……あのおんなのひとも、もう、しんでいたですね」

「子が心配で彷徨っていたのであろ。そういうものらしい。母とは」

「……さえの母さまも……?」


 おそらくの。そう応えて、氷織は小さな頭を撫でた。

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