セブンワンダー
あらゆらい
序章 始まりの始まり
第1話
祖母の月命日の朝にはいつも彼は墓参りに訪れる。
この話をすると、
祖母が眠る墓石は、入り口からも備え付けの水道からも近く、お年寄りのことを考えてか坂も段差も少ない。
故に、本当に感心すべきなのは、墓参りに来る自分よりも、墓参りに来る泰生のことを考えて、こんなに条件のいい場所を確保した祖母の方であるのだ。
しかし、流石に夏になってくると、どれほど素晴らしい立地条件でも墓参りは大変なものだ。
祖母が亡くなって初めての夏は全国的に猛暑であり、思い返せばゴールデンウィークにはすでにその兆候が現れていた。
七月十九日には、早朝七時に降り注ぐにしては厳しすぎる日光は彼を容赦なく焼いた。
もう既にどこに出しても恥ずかしくない猛暑である。
「だー、暑いな」
墓石を磨く手を止めて額の汗を首に巻いたタオルで拭う。
一応、祖母が生前使用していた麦藁帽子は被ってきたが、その護りはどうも
「いっそ保冷剤でも持って来ればよかったなぁ」
そんな考えが浮かんだ地点で素直に持って来るべきだったと後悔するが、今更口にしても仕方のないこと。せめて一秒でも早く終わらせるのが最善である。
故に、それ以上は口を開かずに黙々と作業をこなす。
花立てに持参した花を献花し、水鉢に並々と水を注ぎ、墓石の周りを軽く掃除する。
「あと、これは忘れちゃダメだよね」
そう言って取り出したのはゴルフボール大の大きさの白い饅頭。彼の祖母が生前に好んで食べていたもので、如月駅前に店を構える創業一〇〇年以上の銘店「
これは毎月一つを祖母の墓前に供えることにしている。
供えた後は膝を曲げて墓石ーーというよりも祖母に向き合うようにしてその場にしゃがみ込み、目を閉じて手を合わせる。
時間にしてキッチリと五秒。
そうして、祖母の死を悼む一連の
「婆ちゃん」
しかし、それはあくまでも形而上のもので、過ぎ去った以前に彼の心は囚われたままだ。
※
墓参りが終われば当然だが家に帰ることになる
桶と柄杓を返却し、供えた饅頭を回収して一口で胃に納めてから帰途につく。
最初は通ることに違和感を感じていたこの道のりも今ではすっかりと見慣れたものとなっていた。
「ーー」
いや、道のりだけではない。
祖母がいなくなり、広い家が寂しく感じること。
家事の分担もなくなり、生活のリズムが、大きく変わったこと。
周りの人たちが気を遣って様々なことを手伝ってくれたこと。
思えば一年前とは全く違う生活をしているのにもかかわらず、自分にとっての日常になっていることを思い知る。
それは世界が祖母の死を受け入れたように感じて、どこか気に入らなかった。
それは「もういい加減慣れてしまえ」と祖母に耳元で囁かれているようでーー。
「って、いやいや」
そんな妄想めいた考えを追い払うように頭を振ると、足を速めた。
ピリリリリリリ、と所持していた携帯電話が鳴りだしたのは丁度そのタイミングであった。しかし、それは友人からの電話でも、知人からのメールでもないことは分かっていた。
片手でパカリと折りたたまれた携帯電話を開けば、それは自分で設定したアラームで画面に映っていたのはたった三文字の言葉。
終業式。
そんな予定が書き込まれていた。
祖母が亡くなってから屋敷を引き継ぎ、地域の行事の手伝いを行なっていると言っても、彼はまだ高校生であり学生として勉学から逃れることができるはずもない。
「明日から夏休みかぁ」
今日というこの日、彼は自分の生活が変わる大きな変化が現れることになる。
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