第11話 木津川サイクリングロード

 梅雨の晴れ間の日曜日。琴はゆりに連れられて川沿いの道を走った。


「もうすぐ一般道に入るけど、路肩が凸凹だから慎重に走ってね。凸に乗っかるとタイヤ滑ってこけちゃうからね。それとグレーチングも滑るから気をつけて。この道も車多いからさ、あたしのハンドサインもよく見ててね」


 確かに路肩は凸凹だった。琴は後ろに気を付けながら、凸凹を避け慎重に走る。


「はーい、次の信号右折するよー」


 住宅地の中の幹線道路を走って、更に川沿いの道を走ってようやくサイクリングロードに着いた。


「へえ、木津川にこんな道があるんだ」 琴には初めての道だった。

「この辺では結構メジャーな道なんだ。嵐山までつながってる」

「あ、嵐山?」


 琴にとって、嵐山は電車で行く観光地のイメージしかない。まさか、自転車で行けるとは。


「往復で百二十キロ位かな?坂がないから割と簡単に行けるんだよ。今日はその半分くらいまでだけどね。じゃ、行くよ」


 二人はサイクリングロードを走り出した。舗装も綺麗で快適だ。


「結構自転車走ってるねー」

「うん、女の人も多いよ。みんな覆面状態だけど」


 暫く走ると前方に赤い橋が見えてきた。


「あー、あれ見た事ある」

「山城大橋だよ。あそこを越えたら休憩ね」 

「あーい」


 橋の下を潜り、更に線路の下を潜ってから二人は休憩ポイントに到着した。


「コト、大丈夫?ここら辺はトイレがないんだよね」

「ふうん、まだ大丈夫だけど、そういう時はどうするの?」

「近くのコンビニ探すしかない」

「なるほどー。スマホが要るわけだ」

「で、コト、名前決めたの?ルイガノちゃんの」


「うん、そうそう、ご報告が遅れました。命名 すずらん号 ですっ」

「おー、爽やかで可愛い。上手くつけたねえ」

「ね、鳥の名前で考えたんだけど、白い鳥ってなかなか難しいのよ。白鳥じゃ大きいし、アヒルってのも可哀想だし。そしたらマンションの植え込みにね、小さい鈴蘭が 咲いてたの。これだっ!てね」

「うんうん、可憐でよろしい」


 再び走り始めた二人。カーブを抜けて茶畑が見えてきたら目的地だった。右手に木の橋が見える。あれがロケに使う橋なのか。


「左の脇道に下りまーす」

「はーい」


 下った先を少し行くと公民館みたいなのがあった。自転車ラックまで備えられている。


「さて、休憩とお昼にします」


 ゆりは宣言し、食堂に入って行った。


「ここしかなくてね。乙女にはちょっと不似合いだけど仕方ない」


 辺りは長閑な農村に見える。確かにカフェやレストランは無さげな雰囲気だった。


「じゃあパンク講習を開始します。コトはすずらん号持ってきて、裏庭に集合!」


 ゆりが高らかに宣言し、講習が始まった。


「まず、後ろのギアをトップに入れて、ブレーキを開放して、ひっくり返してこうやって置く」

「見ててね。こうやってタイヤを外す」


 テキパキとゆり先生の指導が続く。


「でも残念なことに、今空気抜いちゃうと、携帯ポンプで入れるのは大変だから、ここはやったことにしておく」


 は?パンク修理の練習にならないじゃん。琴は気抜けした。まあいいけど。


「家でやっておくことね。ショップに持って行ってコウヘイさんに教えてもらってもいいよ」

「あー、じゃあそうする」

「そろそろ一度、ショップで点検してもらった方がいいよ。ワイヤとか伸びてる筈だし」

「うん、じゃあそうする」


「はい、じゃ、タイヤつけて。ディレーラを押して、ここを引っ掛けて落とすと入ります。そうそうチェーンとかに触ると手が真っ黒になるから、使い捨ての手袋をサドルバックに入れておくといいよ。ない時はさ、コンビニの小さい袋でも代用できるんだ。チェーンが外れて戻す時なんかにも使えるし」

「はあー、達人の技だねえ」

「じゃあ、木の橋を渡ってみよか」


 公民館を後にして、二人は自転車を押して木の橋を渡った。


「うわー、怖いよー。このまま落ちちゃうじゃん」

「そうそう、時々落ちてるよ」

「えー?マジで?」

「ウソだよ。でもさ、みんな真ん中に寄って渡ってるでしょ」

「あー本当だ」

「このはし渡るべからずって書いてあるんだ」

「それはウソでしょ」


 木の橋は欄干がなく、歩くとポコポコ音が出た。琴は少々ビビりながら歩いていた。


「でもなんか応急で作った橋って感じだよね」

「応急って言うか、台風とかで川が増水した時にね、この橋は勝手に流れてく仕組みになってるんだよ」

「え?流れちゃうの?せっかく作ったのに?」

「うん、でもロープで繋がっててまた引き戻すと元通りに組み立てられる」

「なにそれ?ジェンカみたい」

「そんな簡単には出来ないけどね。何カ月もかかってすごい工事やって戻してるよ」

「へえー。見当つかないや」

「一度台風とかの後で、流れた後に来て見れば判るよ。百聞は一見に如かず」

「うーん。渡らせない橋か」


 帰りは来た道を引き返すだけだった。サイクリングロードから街中に入り、住宅地を抜けて川沿いの道を走って集合地点に着いたらもう陽は傾いていた。


「んー、走ったって感じだね」

「ああ、草臥れたよ。足パンパン。ゆりは足大丈夫なの?」

「ま、ちょっと痛い気もするけど、まだ大丈夫だよ。今日はお風呂でよくマッサージしてね」

「うん、有難う。でも明日の体育はまた恐怖だ」

「はは、時間割変わらない限り、その試練は続くのよ。じゃ、あたし帰るわ」

「うん、また明日ね。お疲れさま」


 こうして琴の2回目のツーリングは終わった。六十五キロって凄いじゃん。大阪まで行って帰って来られる。


「ただいまー」

「あ、お帰り。随分へたばった顔だねー」

「うん、だって京都の方まで行ったんだよ」

「へえ、じゃあ滋賀まであと一歩ってとこね」

「でも多分、その一歩が大変大きい」

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