一日目「青春と小さな……」

 神様のイタズラ、というやつだったのだろうと思っていた。

 その日は、朝から何かおかしかった……。

 七月。窓から見える空は濃い青色。白い雲がくっきりと浮かんでいた。

 私は時計のアラームと夏の暑さで目を覚まし、そのスヌーズ機能を、ボタンを押して止める。

 それはいつも通りの――寝ぼけたって間違えないような、慣れた行動。

 ――止まらない。

 おかしい。

 時計のスヌーズストップのボタンの横にある、アラーム『設定』ボタン。

 ふと気になって、それを押した。

 ジリリリリ、と鳴り続けていたアラームが止まった。

 私は不思議に思いながらも、時間が無い。学生の朝は忙しいのだ。朝食を終えて、学校に向かう。

 今朝のアラームは、きっと寝ぼけて間違えたのだ。

 自分にそう言い聞かせたけれど、やっぱり納得出来ない自分もいた。

 私は家を出て、マンションのエレベーターで一階へ。

「あっ」

しまった。手が滑った。1と間違えて、3を押してしまった。

「はぁ」

三階に止まる分の、タイムロス。

 私は溜め息を吐いた後、エレベーター内でずっとムスッとしていた。

 エレベーターが止まって、扉が開く。

 乗っている間に一階のボタンを押しておけば良かったと気付いて、また気分が沈む。

 朝からなんなんだ。アンラッキー過ぎる。

 開いた扉を閉じようとボタンを押そうとして、扉の向こうの景色に驚く。

 ――一階!?

 私は扉を閉じるのをやめて、急いでエレベーターを降りた。

 扉が閉まったエレベーターを振り返る。

「?」

確かに、三階のボタンを押してしまったはず……。

 ――なんだったのだろう。

「ま、いっか!」

タイムロス無し!

 私は深く考えずに学校へと向かった。


 * * *


 ――んー、やっぱり何度考えても、今朝のあれは不思議だ。

 二つ起こった、今朝のボタンの謎。

 ――なんだったんだ?

 教室の窓際。前から四番目のその席は列のちょうど真ん中。

 学校に来た私は、そんな自分の席に座り窓の外を見ながら今朝の事を考えていた。


 ――あ、センパイだ……。

 窓からは丁度、グラウンドと通用門が見える。

 大好きな、憧れの先輩が登校してくるところだった。

 通用門からグラウンドを突っ切り、昇降口まで歩く先輩を観察して、私は視線を教室内に戻した。


 ――ラッキー。




 そんな、ラッキーかアンラッキーかわからないような一日のはじまり。

 ――から、数時間。

 放課後になり、私は部活に顔を出していた。

 私の所属する部活は『放送部』。

 朝、運良く観察していた先輩は、放送部の元部長だったりする。

 とても優しい先輩で、後輩思いな人だ。

 馬鹿でワガママで、気難しい私なんかも甘やかしてくれる。


 先輩として、大好きだった。

 入部当初から、ノリの良い部長と居るのは気が楽で、帰る方面も一緒だし、何かと一緒に居る時間が長かった。

 同学年の部活の仲間に自覚させられたりしたが、いつの間にか好きになっていた。

 数か月前。部長が元部長になった今年の春に告白して、フラれた。

 先輩後輩の関係でいたい、という部長らしい優しい振り方だった。

 部長――いや、先輩だ。

 もう、新しい部長が私達二年の中から決まり、部長は交代した。

 先輩は元部長で、先輩で、部長とは呼ばなくなっていた。


 告白して、フラれて、それでもお互いに今まで通りに接していた。

 それが、苦しい時もあったけれど、心地良かった。

 基本的に私も先輩も、今までの関係が好きなことにかわりは無かったから。


 私は出来れば少し先に進みたくて、先輩はそう思っていなかっただけ。

 ――ただ、それだけだ。


 三年になったと言うのに、今日も先輩は大好きな部活に顔を出していた。

 後輩一同は思う。

 ――「この人、受験生の自覚あるよね!?」


 そんな先輩と、いつも通り今まで通りお喋りをする。

 私は、先輩に今朝から起こったボタンの謎を話していた。

「それ、機材触らない方が良いんじゃないか?」

先輩はおかしそうに笑いながら、冗談でそう言う。

 私の大好きな笑顔で、そう言う。

「えー、大丈夫ですよー」

私も笑って答えた。

 切なくも楽しい、もう慣れた日常。


 ――告白するタイミングを間違えたんじゃないか。

 告白をしていなかったなら、こんなに切なくないのに。

 後悔とも呼べないくらいの、小さなことを思うこともあるけれど、どんなに切なくても、―― 一緒にいるだけで、楽しい。

 恋ってそんな気持ちかも知れない。


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