　カナリア王国、王立魔術学園リドミナ。

　それは美しく儚い女王の名を冠する国が、私財を以て支援する、この国で最も優秀な者が多い学園である。もっとも、魔術師の才能があるならば貧民から平民、貴族も入学出来るという間口を広げた特殊な体制である為か学園内での派閥争いやライバル関係なども多く、その空気に押されてしまう者や、自分より下の階級と共に過ごすことが無理だという貴族の人間は別の学園へ行ってしまうという点が難点だろうか。

　メインストーリーやイベントストーリーにおいて、リドミナ学園と魔術対決での交流や祭事の共同開催などで、ここ以外の学園と絡みも普通にあったり、アプリ後期では普通に別校に通う貴族の天然ボケ魔術師や魔術師お抱えの性癖にズンと来るオールバック毒舌執事とうたわれたキャラクターも最高レアで実装されて皆の財布を食い潰しにまわっていたのが思い出される。

　慈愛のマトゥエルサート、アプリの主人公でありプレイヤーが主に操作するのはヒイロ・ライラックという短髪で勉強が大好きな瓶底眼鏡のガリ勉キャラクター。性格も優しく、悪い子では無い。決して悪い子にはなれないし、平民生まれの未熟者がこんなに高貴な方に教えを乞うていいのだろうかと悩んだり、ただ守られる役立たずなヒロインなどではなく努力し、反省すべき点は自分で少しずつ直していったり、と。最初こそ弱虫な女の子ではあったがメインストーリー後半では立派に育った魔術師になっていた。

　しかし、そのあまりの善性ぶりを、「イイコチャン」が大嫌いなエリーゼはとにかく毛嫌いした所から、ヒイロが学園に中途入学した際に第一の障害として彼女の前に立ちふさがることになる。そして、その怒りの感情をぶつけすぎたが余りにやりすぎてしまい、罰が自分にかえってしまうという何とも因果応報な結末になるのだ。

　正直ヒロインも僕にとっては推しである。というかこの作品のキャラクター全員が推しと言っても過言では無い。いや何せシナリオが素晴らしく、最初は苦手だと思っていたキャラクターも過去を知ったり成長具合を見たり、その過程を目に映すことで全員好きになってしまう。嫌いになるようなキャラクターがいないのだ。変にヘイトが誰かに溜まることもなく読了後はいつも尊さに心が満たされていたのを覚えている……。

　悪女であるエリーゼ・リースも物語上退場はしてしまったが、熾烈なまでに自分に正直に生きた姿と、退場時の潔い描写等が効をなしたのか。学園序盤のヒロインの障害として現れてから取り払われ、その後一切描かれることは無くともファンアートは途絶えなかったし、ゲーム運営も運営で「エリーゼの退場は決まっていたこと、彼女のその後を考察することはファン活動として楽しく拝見しておりますが今後はゲームに出ることはありません」と言ってくれたお陰で余計に愛しさが増したのだ。人気だからという理由で、ホイホイもう一度登場させたりしない！キャラを曲げてまで再登場させたりしない！運営が描きたい物語についてこられない奴は勝手に振り落とされてろ！という姿勢がかっこいいとさえ当時は思った。その宣言のおかげで、エリーゼの退場はより華々しいものになったから。

　こういうのを、「推しが愛されている」のだろうとその時確信した。

「は、はぁ、はっ、っ、ぜ、ぜひっ、ひぃ、へぇ、」

　エリーゼに思いを馳せつつ。そんなこんなで王都まで、ようやく、到着した。まあ転生出来たからと言って何もかもがかっこよく一瞬でチートで解決出来ますなんて世の中を舐めきった真似が出来るなんてことは全くないことは知っている。この日が来るまでしっかり準備して来たのだから今のこの結果があるのだ！

さてさて！息も絶え絶えだよ！！なんせ山道から王都に至るまでの距離は前の世界の単位でいうなら１００キロくらいはある。僕の住んでるお山からもかすかに見える程巨大で広大なこの王都は、前世のもので例えるなら「どこからでも見えるスカイツリー」のようなもの。そう、そんな遠い場所だとしても、長い時間かけて準備をしていればこのように半日かからずしてたどり着けるのだ。

　魔法のようだと思うでしょう、だって実際魔法を使っていますから。

「し、しぬ、魔力切れてる切れてる…………オエッ…………今日だけで一生分魔力補填剤飲みまくった気がする……」

　ただのモブキャラでは終わらない、ノア・マヒーザは山奥で家族の形見の畑を耕す平民ではあるが、一応少しは魔法を使える才能持ちだ。ただ、前世で見た異世界もののライトノベルのように簡単に強くなったり最初からチートなんて話は、実際に転生してみれば有り得ない程うますぎる話なのである。

　この日の為にしばらく前から王都までの道のりの中に、秘密基地を作る要領で何個か移動用の為に時限式の魔方陣を展開し隠蔽、ただの子供の悪戯に見せるように誤魔化して。それに加えて貯めに貯めたお小遣いで、魔法を補助できる高価なアイテムを買い揃えて。

　僕の苦労がお分かり頂けるだろうか、まだエリーゼにも会えていないというのに、今日だけでもうこんなに尽力してへばりそうになっているのである。

　――ああ、急がなければ。もう少しで、エリーゼの断罪は始まってしまうのだから！

　懐から身分証と、リドミナ学園からの「見学希望者へのご案内状」という手紙を取り出し。息を整え、何回もイメージトレーニングしたことを思い出す。緊張するな、タイミングが大事だ。彼女の味方になるには、初手で周囲にインパクトを与えるのも大切だ。

　全く、リドミナ学園が年中見学希望者を受け入れてくれていて本当によかったと思う。侵入者としてお邪魔するよりも、この日に見学希望を入れておいて自然に入っていけば少しはリスクが減るのだから。……大丈夫。悪いことはしませんから。ただ、見学の最中にちょーっと嘘ついてちょーっとエリーゼ達のいる場所へ行って。そして告白してくるだけですから。君を幸せにしてあげたいのだ、と！

　……行き交う人々の波にゆらりと混じり、ノア・マヒーザの姿は更に王都の深くまで。ベニアーロ王とカナリア王女が座する宮殿へとも繋がりが強い、あのリドミナ魔術学園へと足を運ぶ為。彼の姿は飲まれていったのだった。