第33話 コード『ローマ劫掠』
「そんな訳でだ。
こっちで2回も防ぐ羽目になった電力会社攻撃とか鉄道運行会社に対する攻撃とか。最低でもこのレベルの攻撃だろうと思う。
そして嫌な噂もある。コード『ローマ劫掠』。中身はわからない。ただそう名付けられた計画があるらしい。それだけの噂だ」
また知らない単語が出た。
「『ローマ劫掠』とは何だ」
「1527年5月、神聖ローマ皇帝兼スペイン王カール5世の軍勢がイタリアに侵攻、教皇領のローマで破壊と殺戮の限りを尽くした事件だ。この事件で盛期ルネサンス時代は終わりを告げた。
つまりそれと同じくらいの打撃をサイバーテロで与える。サイバーテロでネットの最盛期を終わらせる。そういう計画のような気がしてならない。
そしてもし『ローマ劫掠』が正規の作戦名なら、発生日はおそらく5月6日だ。ローマで衝突が起こったのが5月6日だからな」
僕は思う。
「神経質になりすぎなんじゃ無いか」
「ならいいのだがな」
花月朗はふっとため息をついた。
「この世界、セキュリティが甘い処などいくらでも残っているからな。幾らでも攻撃の足がかりはある。今だと金をかけられない環境の機械とか、そもそもコンピュータだと見做されていないような機器とか」
金をかけられない環境の機器なんてのはわかる。
例えば前回こっちがクレジットカードのデータを壊した端末。
あれは正規のOSで無いが故にアップデートを受けられない端末だった。
他にも旧式すぎてアップデートが出来ないスマホ等、幾らでも例がある。
でもコンピュータと見做されていない機器とは何だろう。
「それはどんな機器だ」
「例えばホームセキュリティ、例えばハイテク家電。こういった埋め込み型の機器は元々あまりセキュリティが高くない。BIOSのアップデート等も遅いからな。しかも十数年の間平気で使っていたりする。
他にもルータのような接続機器もそうだな。利便性のあまりセキュリティが大分おろそかになっていたりする。デフォルトの管理者名やパスワードが全部同じだとか。
パソコンやスマホ、大型コンピュータだけがネットワーク上のコンピュータじゃない。そういった埋め込み機器まで含め全てがコンピュータなんだ。ただセキュリティ意識にはそれぞれ差がある。攻撃側は当然、意識が甘い方をつく訳だ。
最近はその辺の機器も標準化されているからな。一層攻撃はしやすくなっている」
理解した。
ネットワークに接続されている以上、それらもコンピュータと同等という訳か。
「事前に攻撃を防ぐ方法は」
「無い」
花月朗はあっさり断言する。
「例え自分のコンピュータをどれだけ対策してもだ。防げない攻撃はある。
一番わかりやすいのはフラッド型DDos攻撃だな。巨大なデータを送りつけたり利用要求を出しまくる等して、コンピュータを落としてしまう。
個人のパソコンならネット接続を外すまで。だがネットサービスが主のコンピュータならそうもいかないだろう。
ルートサーバ群をはじめとしたDNS辺りが狙われたら。いわゆるインターネットのかなりの部分が機能不全になりかねない。
そうなったら私も身動き取れなくなるな。最悪、私を構成するプログラムやデータの連係が取れなくなる。これは私という人格の消滅と同義だ。私のような存在に人格という言葉を使っていいかは不明だが」
なるほど。
こいつの危機感ももっともだ。
「対策方法は」
「今の状態では情報収集に努める以外は無いな」
今日の花月朗はため息が多い。
それだけ深刻な事態なのだろう。
僕はそう理解した。
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