タレコミ

 「残土を持ち込んでる現場があるんだが調べてみないか。国道沿いの外車のスクラップ置き場の裏だからすぐにわかるよ」陣内が伊刈に電話してきた。

 「大きくなりそうなんですか」

 「ああ派手にやってるな」

 「どうして教えてくれるんです?」

 「世話になったからな」

 「誰がやってるんですか」

 「名前は知らねえが長野から流れてきた稜友会のヤクザだそうだ」

 「縄張り荒らしってことですか」

 「勝手なことされちゃあこっちも困るからな」

 伊刈は電話を切ると県警から出向している奈津木警部補に耳打ちした。警察官とは思えないこざっぱりしたインテリ風の男だった。

 「稜友会系の流れ者が残土を始めたそうなんです。陣内からタレコミなんですけどどう思われますか」

 「陣内は大耀会ですからね。あんまり組同士の争いにはかかわらないほうがいいんじゃないですか」

 「僕も対抗組織の現場だからタレこんできたとは思いますけど、陣内はこの間の指導の恩返しのつもりだって言うんですよ」

 「ヤクザが役所に恩を返すなんてことはありえないですね。でも伊刈さんが陣内を信用されてるって言うなら私も関心ありますね」

 「試しに行ってみようと思うんですが一緒に来てくれませんか」

 「かまいませんよ。稜友会だっていうのなら気をつけて行きましょう」

 伊刈は陣内のタレコミを信用して現場に向かった。場所は探すまでもなかった。国道上まで順番待ちのダンプが数珠繋ぎになり戻りのダンプが引き出した泥で国道の路面が真っ黒に汚れていた。

 「道路がドロドロだ。ひどいなあ」夏川が言った。

 「これじゃタレコミがなくてもわかりますね」喜多が切り返した。

 「長野からの流れ者ってのはほんとかもしれないですね。地元の者ならこんな真似はしないですからね」奈津木が言った。

 「道路がこれじゃ場内はもっとドロドロだろう。車で入るのは危ないな」伊刈が言った。

 「歩いて行くしかないですね」夏川は順番待ちしているダンプを追い越して国道の路肩に車を停めた。

 全員が車を降りて歩道づたいに現場の指導に向かった。まだ始まったばかりの残土捨て場のようだったが、奥は深い谷津なので地主の承諾をもらえればいくらでも広げられそうだった。ユンボが二台場内で稼動していた。案の定場内はドロドロで、鉄板が敷かれていない場所を歩くと半長靴がずぶずぶ潜った。夏川が写真を取り始めたとたんダンプの誘導をしている男が近付いてきた。上半身に汚れたティーシャツを着ただけのガタイのいい若い男だった。

 「なんだおまえら。勝手に写真撮るんじゃねえよ」男がお決まりの文句で毒ついた。

 「市のパトロールです」夏川が冷静に応えた。土木技師だけあって現場の対応は慣れていた。

 「見てわかんだろう。産廃じゃねえよ」

 「残土でも条例の規制があります」

 「そんなの俺は知らねえよ。親方に言ってくれよ」

 「親方はどこかな」伊刈が言った。

 「今はいねえ。後で来てくれよ」若い男は無視を決め込んでダンプを誘導する仕事に戻った。

 「おいさっさと入らねえか。あとがつかえてんだろう」若い男はパトロールチームの前で搬入を躊躇する運転手に向かって叫んだ。

 「どうします?」喜多が伊刈を見た。

 「親方を探すしかなさそうだな」

 「それにしてもすごいダンプの数ですね」夏川が言った。

 「やっぱりここもマンボを使ってるよ。あれ見てみろ」伊刈が言った。

 「ああそうですね」喜多が言った。誘導役の若い男は隠すそうともしないで運転手からチケットを回収していた。

 「これだけのダンプはマンボがなければさばけないからね。陣内は流れ者と言ったけど組織があるんだろうな」伊刈が言った。

 「どうしてですか」喜多が聞いた。

 「組織がなければマンボを売りさばけないよ。どこの馬の骨かわからないやつのマンボなんて誰も信用しないだろう」

 「そうかそうですね」

 伊刈は順番待ちをしているダンプの運転席にするすると近寄った。

 「市のパトロールだけど、マンボいくらで買ったんだ?」

 「えっ?」

 「マンボだよ」

 「ああこれのこと。こんなもんかな」運転手は符丁でVサインを作った。陣内が売っていたマンボより千円安い。これが陣内が不満の理由らしかった。

 「安いのか」伊刈がわざと聞いた。

 「安くなきゃこんな遠くまで来ねえよ」

 「よそはいくらだ」

 「いろいろっすけど、近場だったらこんなもんすかね」運転手は掌を広げた。五(千円)の意味だった。

 「どっから来てる?」

 「都内っすよ」

 「一日何回入れてんだ?」

 「うまく行って三回ってとこっすかね。回数が少ない分安いんすよ。油代も余計かかるし結局トントンすよね」

 「マンボは誰から買った」

 「親方っすよ」

 「誰のことだ」

 「それは言えないっしょ」運転手は窓を閉めると搬入口に向かった。

 「やっぱり出直そう」伊刈は現場を引き上げた。奈津木警部補は最後まで無言で伊刈たちのチームの指導ぶりを見守っていた。

 伊刈は陣内に連絡を取った。「ちょっと会いたいんだけどいいかな」

 「今どこですか?」

 「国道」

 「現場見たんすね」

 「そのことでちょっと聞きたいことがある」

 「いいすよ。じゃ坂下の釣堀に来てくれますか。今そこにいますから」

 夏川が運転するCR-Vは指定された釣堀に直行した。五分で着いた。陣内は一人ぼっちで浮桟橋の奥で釣り糸を垂れていた。どうやら朝から伊刈を待っていたようだった。

 「目立つから適当に座ってくれよ」

 「気がつかなくて。釣れるか」

 「つまんない挨拶はいいですよ。こないだはお世話になりましたね。あっちの現場はどうすか」

 「派手にやってたね」

 「旦那らが行ったくれえじゃやめないでしょう」

 「そうだな」

 「どうするんすか。あいつらは俺みてえに交渉には乗らないすよ」

 「それより値段なんだがマンボを四千円でさばいたみたいだな」

 「そうなんすよ。それで行列になってんだ。残土で千円安いのは大きいすからね」

 「親方から買ったって言ってた」

 「都心からこっちへ向かうダンプを仕切ってる親分がいるんすよ」

 「それが稜友会ってことか」

 「組はどこだって関係ないすよ。ちゃんとリベート払えばいいんすよ」

 「リベートはいくらだ」

 「残土は一台五百円なんすけどね。はねるのは一人じゃないからね」

 「親方は何人いるんだ」

 「四人すね。だから全部で二千円てとこすね。ゼネコンの現場から出るときのダンプの手間は二万くらいすよ。そこからまず元受に二千円抜かれるから一万八千円すよね。それで親方のリベートが四人で二千円でしょ。あと捨て料はね、四便運べる近場で五千円すよね。そうするとダンプの手取りは一回で一万くらいすね。それ以上遠いと回数運べないんで安くするんすよ」

 「一日四往復で手取り四万円になるってことか」

 「四枚ないとダンプは食えないすから。月に八十万は必要すからね」

 「そんなにかかるのか?」

 「ローン代、車検代、タイヤ代、油代、高速代いろいろかかりますからね。車検は毎年だしタイヤは十本もあるから中古(再生タイヤ)だってばかになんないすよ」

 「犬咬に残土の捨て場が少ないのは四回運べないからか」

 「そのとおりすね。三便じゃ食えないからインターから遠いとこはだめ。かといって高速代があんまりかかるとこもだめすよ。船で運べれば別だけどね」

 「船もあるんだ」

 「船持ってれば全然違うんすよ。一杯でダンプ千台だからね。岸壁からなら一日十便くらいピストンで運び出せるんだから儲かってしょうがないよ」

 「産廃の方がもっと儲かるんじゃないか」

 「そりゃあそうだけど産廃は捕まるでしょう。それに夜は疲れるし体が持ちませんよ。俺も昔は不法投棄やったけど仕事は昼間がいいですよ。孫もいるしね」

 「お孫さんがいるの?」不法投棄やってたことは無視して伊刈はあえて神内の孫の話題にふった。

 「孫の顔見るのが楽しみだから」陣内は伊刈を見ずに釣り糸を垂れた。

 「伊刈さん、陣内と話があるんでちょっと外してもらえますか。」無口な奈津木が初めて口を利いた。

 「いいですよ」伊刈は夏川と喜多を連れて先に車に戻った。

 奈津木は陣内の隣にしゃがみこみ、五、六分小声で話して戻ってきた。

 「何を話されてたんですか」喜多が奈津木に聞いた。

 「昔話です。陣内にはいろいろ前(科)がある。それからなんで国道の現場ちくったのか聞いてみましたよ。伊刈さんに恩があるからって言ってました。指導したのに恩があるってどういう意味ですか」

 「現場が揉め事もなくうまく収まったってことでしょう」

 「はあ」奈津木は納得できないという顔で伊刈を見た。その目つきは同僚ではなく警察官だった。毎日一緒に回る相棒ではないので、相手の懐に飛び込む伊刈の仕事の流儀がわからなかったのだ。

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