第96話 馬車の中

 ゴトゴトと揺れる馬車の中、俺は向いに座るミアとララの寝顔を見ていた。

 二人とも一応護衛で同じ馬車に乗り込んだはずなのに、すぐに眠ってしまっている。

 …いや、外の馬上には他の近衛隊の面々もいるし、この馬車はライラさんが操縦してるから二人は寝てても護衛に問題はないんだけれど…いいのかこれ?

 まぁ…まともに馬に乗れない俺が悪いんだけど。

 いや、馬に全く乗れないわけじゃない。ただそんなに早く長時間乗ってるのが苦手というだけで…。

 お尻とか股関節が痛くなるんだよな、あれ。


 こうして三人でいると昔を思い出す。

 町の外の依頼で途中まで商人さんの荷台に乗せてもらったことも多かった。

 それにしても、ミアはいま俺と同じぐらい?いや、俺の方が少し背は高いか?最近また伸びたから、俺ももうすっかり大人らしくなったと思う。ガレスさんやカシムさんほどではないけど、平均的な身長なはずだ。昔は人より背が低いのを気にしてたけど、ここ数年で一気に伸びた。

 それに比べて、ララはあったころからほとんど変わっていない気がする。

 確か寿命は俺よりずっと長くて、すでに俺よりずっと年上なのにおかしな感じだ。


 気持ち良さそうに寝るミアの顔を見ていると、昨日のアウラとの会話を思い出す。


 ーーー

「そういえばさ。猫人族(びょうじんぞく)の子いるでしょ?」


「…猫人族?なにそれ…。」


 ベッドに横になりながら隣にいるアウラの方を見る。


「ほら、あなたの近衛の、いっつも真っ先にこの部屋に入ってくる。」


 同じような格好で見つめ返してくるアウラ。顔が近い。


「……ミアのこと?」


「そんな名前だっけ?付き合いは長いの?ずいぶんなつかれてるじゃない。」


「なつくって…確かに付き合いは長いけど、ミアがどうかしたの?」


「気をつけなさいよ?猫人族は扱いが難しいわよ?」


「扱い?ていうか、ミアはハーフだよ?」


「だから猫人族でしょ?」


「…?」


 アウラが呆れたような顔をした。


「まさか知らないの?猫族っていう種族と人族のハーフが猫人族よ。」


「種族的にすでに人族とのハーフってこと?もしくはハーフを猫人族っていうの?」


「ちょっと違うわね。猫人族と猫族、猫人族と人族がいくら子供をつくっても、生まれるのは猫人族よ。決して猫族も人族も生まれないわ。」


「ということは…ミアの両親は片親が人族とは限らない?」


「そういうことね。猫人族の時点でハーフだし。そもそも、うちの国ではそれはハーフとは呼ばないわね。猫人族と狼人族みたいに全然違う種族が交わってできた子ですらハーフとは呼ばないわ。ほとんどの場合、両親の特徴を受け継ぐことはなくて、どちらかに偏るから。私達がハーフって呼ぶのは全く違う他種族から生まれ、両親の特徴を両方とも受け継いでいて、更にその子供が同じ特徴で生まれない場合だけ。要するに一代限りってことね。ちなみに子供も、その特徴を受け継ぐようなら新しい部族になるわ。まさに描族と人族の間である猫人族みたいにね。」


「へぇ…。」


「だからハーフなんて滅多にいないし、現在でも私があったことがあるのは数名だけよ。」


「そうなんだ…じゃあミアはそっちではハーフじゃないんだ。」


「そういうことになるわね。ちなみに私達、ヴァンパイオ族と人族が掛け合うとどうなると思う?」


「んー?なんだろう。ヴァンパイオ族がさっきの例でいう猫族にあたるのか、猫人族にあたるのかによって違うってことだよね?」


「正解。ちなみにヴァンパイオ族は……なんなら試してみる?」


「……遠慮する。」


「あら、照れてるの?すでにこの状況を端から見れば明らかに事後のピロートークじゃない?お互い話し方も砕けていて、仲のいい恋人のよう。」


「……端から見れば?」


「ええ。」


 そういわれて周りを見回した。

 そしてアウラに目を止めてハッキリ言ってやる。


「ないな。」


 アウラの眉がひそめられる。


「なんでよ!」


「いや…ベッドの血!」


 そう、明らかにおかしな量の血がベッドについてる。

 ちょっと手を切ったレベルではなく、殺害現場みたくなっている。


「…は、破瓜の血とか…。」


「普通は致死量だよね。これ。」


「……あ、それよりどう?気分はよくなった? 」


「…その怪しげな薬のおかげでね。」


「怪しいって何よ。これがないとアレイフ、とっくにミイラよ?」


 事前にアウラに飲まされる怪しい薬、どうやら無理矢理血の量を増やす薬らしく、減った分をすぐ補填してくれるまさにアウラの種族のためにあるような………違うな。アウラの種族に血を吸われる相手のためにあるような薬だ。

 細かい成分までは知らないけど、副作用は対価に魔力と体力を消費する程度。おかげ致死量とも思える量を失ってもすでにほぼ回復してる。


「薬あるからって、これはさすがに…飲む量と飲み方、何とかしてほしいんだけど…。」


「わ、わかったわよ。」


 頬を膨らましながらも一応善処してくれるらしい。

 彼女は静かに血を吸うだけでなく、最近ではまるで浴びるように飲むのだ。

 身体にも血の匂いをしみこませるのが流行りだといっていた…本当か嘘か確かめようがないんだけど。

 にしても、いつもより仕草が子供っぽくてドキリとした。


「そ、それよりミアの扱いがなんだって?」


 それかけた話をもとに戻して誤魔化した。


「あ、そうそう。猫人族は依存がすごいから気を付けた方がいいって話。」


「依存がすごい?」


「そう。猫と同じ性質をもつからそっけないような印象を持たれることが多いんだけど、ある意味猫人族は獣人の中でも主に対する依存度がすごいわ。主と寄り添い、文字通り命を懸けるの。相手が異性なら尚更ね。」


「忠義深いってこと?」


「まぁ、そうなんだけど、例えば貴方の部下にいる狼人族がいるでしょう?仮に貴方が誰かに殺されれば、彼らはきっと敵をとろうとするわ。そして敵をとったあとは新たな主を探す。」


 うん。クインならそうするかもしれない。


「ミアは違うと?」


「ええ。彼女はたぶん貴方の後を追うわ。敵討ちなんてせずに。」


「…まさか。」


 ミアの性格からそうとは思えない。

 どちらかというと、数日で立ち直るか、もしかすると敵討ちぐらいはしてくれそうな気がするけど。


「昔、獣人の国があった頃、主が死んで猫人族が集団で自害するって問題になったぐらいだもの。自ら命をたたなくても、無気力になってそのまま死んでしまうケースまであったのよ?主を無くした猫人族はそれまでとは人が変わったように沈みこむのよ。本当に別人みたいに。」


「それだと、子孫が途絶えるんじゃ…どう考えても数があわなくなるんじゃない?」


 そんなに後追いしてたら一族がすぐに途絶えそうだ。


「普通はそうね。けれど、彼らは欲望に正直で、子を残しやすい性質だったの。特に女性はすごいのよ。子供がいたらさすがに後追いもしないしね。」


「それは…どういう。」


「…言葉のままよ。貴方も気を付けた方がいいわ。本当の意味である日突然襲われるわよ?」


「ミアが?まさか。」


「本能には逆らえないんでしょうからね。まぁ、そうなったときに恥をかかないために、お姉さんが色々教えてあげましょうか?」


 この人もブレないな…にしても…。


「おねぇさん?」


 なんとなく声に出した言葉だったが、これは失言だったらしい。

 場の空気が一気に冷たくなった。


「あら?なに、私の年齢のことをいっているのかしら?種族差があるんだから見た目で判断した方がいいと思うけど、それともなに?見た目も私はお姉さんではないと?まさか…おばさんだとでも?」


 口は笑っているが、目は笑っていなかった。

 ここから彼女の機嫌を治すのにかなり時間がかかった。


 ーーー


 ………ないな。

 ミアが猫人族だとしても、俺に襲いかかってきたり、殉死したりするところは思い浮かばない。


 にしてもだらしない…ヨダレが。

 ミアとララは完全に正反対だ。

 片やヨダレをたらしながら幸せそうに小さく寝言を。

 片や静かに彫像のように眠っている。上品だ。


 顔をじっと見ていると、ミアの耳が急にピクッと動いて眼がパチッと開く。


「ど、どうしたの?」


 ……ビックリした。


「戦いの音がするにゃ。」


 ミアが起きてキョロキョロする。

 その動きでララも目覚めた。


「うぅん?」


 ミアが外を見ようとしたのか、行者台の方へ行く。


「主様!前方で」


 そとからクインの声が聞こえる。

 俺もミアに続いて、馬車の御者、ライラさんの方へ行くと、ミアの後ろから顔を出す。


「ライラさん?」


「正面で戦闘が起こっているようですね。イチが言うにはうちの部隊と魔物が戦っているらしいです。」


「うちの部隊?…一番隊かな?」


「でしょうね。このまま合流しますか?」


「劣勢になるとも思えないけど、どうせ行きがけだし、合流しようか。…全員戦闘態勢を!」


「全員、戦闘態勢!このまま前方の友軍に合流する!」


 俺のセリフをライラさんが大声で複勝する。

 ミアが剣をとりながらライラさんの横に付いた。

 俺も補助魔法の用意をする。

 後ろでララが杖を握っているのがわかる。


 段々と地下ずくと、ゴブリン系やアント系の魔物相手に一番隊が戦っているようだ。

 こちらに気づいた一番隊の面々が大きな声が上がる。


 さぁ…とりあえず魔物を打ち滅ぼそう。

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