第94話 復旧の始まり
本国に戻っていたせいで、ずいぶん時間がかかった。
でもこれでしばらくは北方に滞在できる。
もう彼も来ていることだろう、彼にも彼の周りの者たちにも興味が尽きない。
予想以上に短期間で修繕が進んだ門を抜ける。
といってもまだ補修中らしく、うちの国から派遣されたドワーフの職人や、大きなオーガー族の者たちが見える。
門を抜けると人間や獣人の職人が岩を切り出していたり、住居の整備をしているようだ。
中にはドワーフと話している人や、オーガーと談笑している人もいる。
思ったより仲良くできているようでほっとする。
最初はかなり反対もあり、特にドワーフやリザードマンはここに来るのを嫌がっていた。
それを私やトッカスが強引に説得してつれてきた上に、しばらくトッカスとスウに任せて放置してしまっていたことが気がかりだった。
しばらく行くと大き目の建物が見えてくる。
もともと領主館のような役割をしていたのかもしれない。
今はそこを幹部の寝床として使っている。
私達と人間側の国で折半しているらしい。
こちらはともかく、相手側は嫌がると思っていたけど、むしろ向こうからしばらくこの建物を共同の拠点にしようと提案があったそうだ。
私が馬車から降りると、人間側の幹部の一人で、確かランドルフという男が出迎えてくれた。
私はひそかにツリ目の男と呼んでいる。
「お待ちしておりました。会談資料の準備などはできております。先に目を通して頂けると。」
「ええ、ありがとう。ところで貴方だけ?そちらの師団長様は?」
私の期待に反して待っていたのは物静かな彼の参謀だけ。
たしか復興作業の支援ぐらいしかまだすることはないはずだから、視察にでもいっているんだろうか?
けれど、私の予想に反して、ツリ目の男はむすっとした顔で答えた。
「我が主は、魔物狩りに出かけられました。」
「魔物?」
建物に入り、歩きながら話す。
「魔物がでるの?」
「そのご様子ではそちら側ではあまりでないようですね。リントヘイム周辺でたびたび目撃されることが増え、一度合同で盗伐してしまおういうことになり、本日の早朝から作戦を開始しています。」
「なるほど…そうですか。合同ということは我が部隊も出ているのですか?」
「はい、当初はローレンス帝国軍が森に近い南部を、そして我がシュイン帝国軍が北部に分かれて掃討作戦を行う予定でした。」
「当初は?でした?」
私はこのツリ目の男の言い方にひっかかった。
もし掃討作戦を実行するならきちんと組み分けして共同で行うべきだと思う。
が、この男はまるで予定通りいっていないような言い方だ。
「いろいろとありまして、現在、共同軍を2つに分け、それぞれ北門から南に東西から掃討を行っています。」
「そうですか…まぁそれの方が効率もいいかもしれませんね。」
リントヘイムの周りをきれいにするだけなら理想的ではある。
それなのにこのツリ目の男はなぜ不機嫌な顔をしているのだろう?
「で、トッカスとスウはどちらに?」
「トッカス殿は西から回り込んでいます。スウ殿は東ですね。」
…ん?
「トッカスとスウが別々に分かれているのですか?ではどちらかが師団長殿と一緒に?」
「そうなります。」
「資料を確認したら私も激励にいこうかしら。我が隊はどちらに?」
案内された部屋の資料の量を見ながら話を続ける。
これぐらいならすぐに読み終わるだろう。
「両方にいますが?」
…両方?ああ、なるほど、面倒な言い方をする男ですね。
「ごめんなさい。本隊がいるのはどちらですか?」
けれど、ツリ目の男は私の問いに困ったような顔を見せた。
「本隊…トッカス殿のいる方が本隊ですか?それともスウ殿が率いる側が本隊ですか?」
「…ちょっとまって、少し話がかみ合っていない気がします。確認ですが、我が隊をトッカスかスウのどちらかが率いているというわけではないのですか?」
「違います。」
「では軍を分けていると?」
「……なるほどそういうことですか。言葉が足りませんでした。最初からご説明します。」
私の勘違いに気づいたような顔をして、ツリ目の男が説明を始めた。
「実は、我が2番隊長のガレスとトッカス殿が意気投合しまして、現在は我が軍の2番隊とトッカス殿の精鋭部隊が共同で西側から回っています。残りの一般兵士をスウ殿が率い、我が第四師団長とその近衛、警邏兵と共に東側から作戦を開始しました。」
「なぜそのようなことに…。」
「私も現場にいたわけではないのでわかりませんが、ガレスとトッカス殿は先に出発してしまい、取り残された兵士をスウ殿が率いて逆から掃討作戦を開始したときいています。兵力的に不安があったので我が主がスウ殿に同行すると。」
私はその説明を聞いて頭を抱えた。
確かにトッカスは脳筋な一面がある。
強いものや豪快なものを好み、力比べや腕試しをしたがる。
普段は冷静な副官のような顔をしているが歳を経て落ち着いたにすぎない。
若いころを知る私からすると、内面はさして変わっていないように思っていたが、やはりその通りだったようだ。
「それは…ご迷惑を。」
「問題ありません。我が主も了解済みですので。」
いきなり迷惑をかけているようで恐縮してしまう。
…にしても、あの人間嫌いが人族と意気投合。
信じられないことではあるが、目の前の男が嘘をつく必要はないように思う。
「そのガレス殿とうちのトッカスが意気投合しているというのは本当ですか?」
「はい、ここに来た初日には少しもめたようですが、以降は毎晩のように酒を酌み交わしているようです。どうようにトッカス殿の部隊と我が2番隊は合同で訓練をしたり、警邏を分担したりとよい関係を築けているように見えます。」
「申し訳ありませんが、資料に目を通したら南門で彼らを待ち受けることにします。どれぐらいで到着すると思いますか?」
「そうですね…予定では夕刻を見ていましたが、おそらく太陽が傾きかけた頃には到着するのではないかと思います。」
そこで私はちょっとした話を振ってみる。
「どちらが早く着くか、賭けをしませんか?」
「賭けですか?」
「ええ、もちろん国など関係ないちょっとしたゲームです。勝ったときの報酬もお互いのちょっとした融通で。」
「…まずは話を聞かせていただきましょうか。」
予想通り、ツリ目の男はのってきた。
あとはうまく誘導して勝つだけだ。
さぁ…彼が信頼する知恵袋のランドルフは私より上手かどうか。
面白くなってきた。
南門につくと、そこにはすでにガレスさんやトッカスさんが待っていた。
けっこう怪我をしている兵もいる気がするが、雰囲気で大成功だったことがわかる。
こちらも大体目的は達成できたのでそのまま南門前に合流すると、なんとアウレリア殿下とランドルフが揃っていた。
そういえば今日着くと聞いていたが、なぜここにいるんだろう?
心なしか、ランドルフがこちらを睨んでいるような気がするが…。
「アウレリア殿下、ようこそといいたいところですが、なぜこんな場所に?」
「いえ、うちの者と仲良くしてくれているそうで、様子を見に来ました。」
そう言ってアウレリア殿下はガレスさん達の方を見る。
人族とリザードマンが座って手当てしあっていたり、談笑している姿が見える。
「少し前からは信じられない光景です。」
「トッカス殿やスウ殿には本当にお世話になっています。」
「見たところ大成功のようですね。」
「あちらの状況はわかりませんが、様子を見る限り成功でしょうね。」
「今晩はお祝いですか?」
「でしょうね。といっても店もないので、少し騒ぐ程度でしょうが。」
俺とアウレリア殿下が話している間も、なぜかランドルフがこちらを睨むように見てくる。
なんだろう?
「ランドルフ、どうかしたのか?」
気になって聞いてみる。
「いえ…ずいぶん遅れましたね。」
「そうか?もともと後から出発したんだから順当だろう?」
「しかし、東部の方が森までの距離も短く、見るべき場所も少ないはず。団長のフォローがあればもっと早く終わったのでは?」
遅かったことを気にしてるんだろうか…この後何か予定でもあったか?
アウレリア殿下との会談ぐらいしか思いつかないけど…待たせていることを怒っているのか?
「この際だから訓練も兼ねようという話になって、スウ殿と相談して連携も試していたんだ。」
「ほぉ…そういうことでしたか。」
ランドルフの目が細められ、その視線はなぜかアウレリア殿下に向かった。
「どうかしたのか?」
「…いえ、なんでもありません。」
聞いてみたが教えてはくれなかった。
「さて、兵達を中にいれて、休ませましょう。責任者だけあとで招集して報告させればいいでしょう。」
「そうですね。戻りましょうか。会談はすぐに?」
「少し休んでからでもいいですよ?」
「ではお言葉に甘えて。少し時間をください。」
「では、雑談しましょう。」
「…?」
「難しい話はあとでということで気楽に雑談しながら過ごしましょう。」
「…いや、そういう話じゃ…。」
「あら、アレイフは私と話すのが嫌なのですか?」
「いえ、そういうわけでは…。」
「なら構わないでしょう。とりあえず移動しましょう。」
そういいながら、ずんずんと手を取って歩いていく。
フィーはいつの間にか水の精霊、水連(すいれん)の頭の上に移動してるし、完全にペースに巻き込まれていく気がする。
…交渉もこの調子でいかれないように注意しないと…。
誰かが言っていた、俺は交渉ごとに向かないと。
本当にそうかもしれないと思い始めた。
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