第2章 傭兵団時代

第15話 加入申請

「ねぇ、傭兵団に加入するにはどうしたらいい?」


 いつもどおり、パーティーを組んで依頼をこなしている途中、僕はメンバーのララとミアに聞いてみた。


「おぉ!ついに加入する気にニャったのかにゃ!?」


「正式に入るの?」


 2人とも嬉しそうにこちらを見てくる。


「うん、もし入れるなら入りたいんだけど…どうしたらいいんだろう?」


「そりゃーあれにゃ…えっと…ダンチョーに入る!って言えばいいにゃ!」


「ダンチョー?」


「ちがうの。そういうのはライラに相談するの。」


 そういえばライラさんは副団長だといっていた。

 これまで何度か合って話をしたことはあるけど、いつも道端で偶然合うぐらいだ。

 集合場所の酒場で会ったことはない。


「ライラさんにはどこに行けば会えるの?」


「ライラは…どこかにゃ?」


「ライラは私と同じ宿に泊まってるの。伝えといてあげるの。」


「そっか。じゃあ頼むね。ララ。」


「まかせるの。」


 ここまでの会話をしたのが一昨日の夕方になる。


 そして、現在。

 僕は何故かガタイのいい銀鷹傭兵団の団長と向かい合っている…。


 ほんの1時間前、僕はいつも通り、ミアやララ達と待ち合わせしている居酒屋で、

 ワッカーさんに手紙を渡された。

 彼も銀鷹傭兵団の団員だ。詳しいことは知らないけど、あまり話さない人で、いつもじっと見てくるぐらいで話すことはほとんどない。

 それどころか顔がマスクで半分隠れていて表情すら満足にわからない。

 何度か面識はあったけど、別に親しいわけでもない。


 渡された手紙にはこう書いてあった。


『ガキの遊びに付き合ってもらったことは感謝する。が、売り物をキズモノにされても困る。もし2匹を助けたいと思うなら、覚悟を決めていつもの広場までこい。勝負に勝ったら2匹をくれてやってもいい。』


 …意味がわからない。

 なんだこの内容は…。そもそも誰からの手紙だ?

 2匹というのはララとミアのことだろうか。売り物?キズモノってどういう意味だろう…。

 ものすごい誤解があるような気がする。

 行くべきだろうか。

 でも、無視して2人に何かあっても困るし…。

 …ていうか、そもそも「いつもの広場」ってどこ?


 僕が困った顔をしていると、ワッカーさんが珍しく声をかけてきた。


「どうした。いかないのか?」


「いや…いつもの広場っていわれても…どこでしょう?」


 ワッカーさんに手紙を見せる。

 彼は意味がわかったのか、大きめのため息をつき「ついてこい。」とだけいって僕の前を歩き出した。


 そしていつもの広場らしいところには、人がたくさん集まっていた。

 みんなもれなくガラが悪そうだけど、半分ぐらいは酒場で見たことがある気がする。


「おおぅ!来たか!まずは褒めてやろう!」


 黒髪短髪で、顔や身体そこらじゅうに傷痕のある大柄の男は大声で僕に向かって話しかけてきた。

 どうやら彼が手紙の主らしい。


 隣にライラさんもいることから傭兵団の関係者だろうか…。


「さて、てめぇが手を出そうとしてるガキはな!めずらしいハーフなんだぜ?ガキの頃はそうでもねぇが大人になったら高値で取引される。物好きな貴族が多くてな!」


「団長、まずは名乗りを。」


 いきなり本題?を話し始めた男にライラさんが声をかけた。

 …団長!?


「おっと、俺は銀鷹傭兵団で団長はってる、カシム・ドレイブだ。」


 …入団希望の件がおかしな感じで伝わったのかな?

 僕が押し黙っていると、団長が話を続けた。


「えっと、どこまでいったか…。ああ、そうだ。おめぇ、ミアやララとパーティ組んでんだってな。」


「はい。組ませてもらってます。」


「あの2人…いや2匹はな。大事な団員...いや、売りもんなんだよ。だから簡単な採集しかさせてなかったってのに、おめぇと組んでいっぱしに討伐任務するとか言い出しやがって!」


「…売り物?」


「さっきいっただろ?大人になるまでうちで面倒みてるだけだ。元々奴隷だしな。大人になったら売っぱらっちまうから傷が付いたら困るんだよ。」


 少なくとも2人は大事にされているといっていた。

 傭兵団の一員だと。

 それが売り物?2人が騙されているということだろうか。

 でも、団長の少し後ろのライラさんの表情も気になる…。

 なんだろう。あの、気まずそうな表情は。


「おい、見せてやれ!」


 そういうと、ライラさんは横においてあった大きな箱をこちらに見えるように開けた。

 中には、ミアとララが手足を縛られ、気を失っているのか、力なく倒れている。


「ミア!ララ!」


 僕の声に反応する様子はない。

 怪我はしてないんだろうか?ここからだとわからない。


 僕の焦りを感じたのか、団長は嬉しそうに笑いながら、剣を構えた。


「2人を取り戻したけりゃかかってきな!なに、手加減はしてやる。1撃俺に当てることができたらそっちの勝ちにしてやるぜ。」


「えっと…。」


「なんだ?怖ぇのか?ならおめおめ帰ってもいいぜ?そんときは2度とミアとララには近づかせねぇけどな。」


 団長が挑発してくる。

 けど台無しだ。後ろでライラさんが手をあわせて「申し訳ない。」というジェスチャーをとっている。

 ちょっとした悪ふざけだろうか?まさか入団試験ってわけじゃないよね…?いや、でも、毎回こんな規模で試験なんかしないか。ミアはともかく、ララもなにも言ってなかったし。

 ということは、やっぱり試験?僕を試すための芝居?


 けれど、筋書きにかなり無理がある上に、団長以外のガラが悪そうな人たちが笑いをこらえるように肩を震わせている…。

 なんでわざわざこんなことを…あ、そうか。僕がまだ子供だから遠回しに断ろうとしてる?見た目はミアやラララとかわらないけど...まぁ二人は人族じゃないけど。

 入団したいなら、これに乗らないといけないんだろうか。


 僕は戸惑いながら、団長の様子を観察する。


 そして、いまに至る。


 現在、向かい合っている僕と団長の距離は5メートル程度。

 僕の魔法なら射程距離には十分だ。

 ただ、人に使うのには抵抗があるため、フィーに教えてもらった新たな魔法を唱えた。


「風よ、我が意に沿って放て!ウインドアロー」


 風の矢が団長に向かって放たれる。

 この魔法は、術者の求める方向に、求める角度で風の矢を飛ばす魔法だ。

 威力も矢の数も魔力次第だが、今回のは矢が5本、威力は僕が全力で殴ったぐらいの威力なので大したことないはずだ。


 風の矢が団長の方に向かって飛んでいく。

 見物していた人達は呪文を唱えた僕の方を見ていたが、何も起こらないので首をかしげている。

 そう。何も見えないのだ。

 この風の矢の特徴は不可視。

 風なので見えるわけもない。放った僕自身にすら見えないのだから。


 しかし、あと数秒で着弾というときに、団長がブンっと大剣を横凪ぎに振るった。

 これには僕も驚く。おそらく団長は僕の風の矢をすべて振り払ったのだろう。

 その証拠にダメージはなさそうだ。


「おいおい、こんな小細工しかできねぇのか?」


 大剣を肩に担ぎ、つまらなさそうな顔で僕を見ている。


「聞いてた話とだいぶ違うな...がっかりだ。もう終わりでいいのか?」


 そういうと団長がゆっくりと僕に迫ってくる。


「切り札もってんなら早く使えよ?後悔するぜ?」


 その「後悔」という言葉が、僕の頭に響く。

 つい数日前に僕は後悔したばかりだ。


 僕は同じ失敗をしようとしているのか。

 ここで僕が団長に認められないと、もうミアやララとパーティは組めないかもしれない。

 稼ぎがいいので、それは困る。

 それに、もしこれが芝居じゃなく、ミアとララの境遇が本当だったら?

 僕はまた更に後悔するだろう。

 後悔するとわかっていて、僕は魔法を使わないのか?

 時間がないのはわかっていたが、僕は決めきれず、迷っている。


「どちらにしろ苦しむなら、やれることをやってから苦しむ方がいいとボクは思うよ。」


 耳元で聞こえたフィーの声で、僕は動き出した。

ミアやララは団長がとても強いといっていた。僕から見れば二人もかなりの強者なので、団長はきっと次元が違う強さなんだろう。なら僕ぐらいが全力で仕掛けても軽くいなされる...はずだ。

本気でいった方が良さそうだ。





 とてつもなく優秀な魔法使いのガキだと聞いていたが...。

 俺はチラっとライラの方を見る。

 あいつが優秀だというから、どれほどかとこんな小芝居までしたってのに、今のウインドアローつったっけ?

 なんだあれは...実戦も知らねぇ貴族のぼっちゃんが使いそうな生ぬるい魔法だ。

 見えないだけで、向かってきたらさすがに分かる。

 わからなけりゃ傭兵なんてやってられねぇ。

 戦場じゃ、見える矢ですらどこから飛んでくるかわからねぇんだからな。


 俺はゆっくりと近づきながら、ガキとの間合いをはかる。

 剣の間合いまでギリギリはいったら、首んところに寸止めして終了だ。


 だが、俺の予想はあっさり掻き消える。

 ガキが前に踏み出してきた。


 俺はとっさに警戒する。


「風爪!」


 声が聞こえたと同時に、俺は背筋に薄ら寒いものを感じ、飛び退く。無詠唱!?さっきは詠唱してたじゃねぇか!

 なんとなくだが後ろじゃなく横に飛び退いた。

すぐ後ろにあった膝ぐらいまでの大岩がスッパリ切れるのが横目で見えた。

...嘘だろ!?


「風牙!」


 驚く俺を現実に戻したのは続いて聞こえた魔法。

 俺はほぼ反射的に頭を逸らす。ほんとうに何となくだが、ガキの視線からこの辺が狙われてる気がしたからだ。

 すると、俺の額当てをかすめるようにすげぇ威力の何かが確かに通った。

 ...なんだこいつ。急に...さっきまでと全く違う。

 経験で分かる...まともに当たればかなりやばい魔法だ。それを平然と急所に放ってきやがる。

洒落になんねぇ。

 さっさと終わらせる為に俺は、ガキの方に踏み込み、予定通り寸止めしようと一瞬で接近した。


「風毛」


 寸止めしようとした刃が止まらず、刃がガキを行き過ぎる。

 凄まじい力で吸い込まれ、抗えない。


「風爪」


 そこでまた、例の魔法だ。

 俺は上半身を大きくのけぞってなんとか躱した。

 肩のプロテクターが弾けたが、身体に怪我はない。


 だが、剣の柄をもつ右腕に違和感があった。

 手甲が粉々に砕けた。

 どうやらさっきの風毛とかいう魔法は攻撃を受け流すだけじゃないらしい。受け流した上で、纏った風に接触した部分を削り取るようだ。

 なんて極悪な魔法だ…。。

 俺は剣を手放し、距離をとろうとしたところで、絶望的な声を聞く。


「風」


 恐らく風牙という方だ。

 俺の頭をめがけて魔法を放つつもりだろう。

 背筋に悪寒が走るのを感じる。

 この体勢は...まずい。避けきれねぇ。こいつ、このまま俺を殺るつもりか!?

 すんどめの雰囲気は皆無。ヤバイと思った俺はなりふり構わず、ガキの身体に向けて、本気の蹴りを放った。

ガキには風の防御があるが、なんとか突き破れるだろう。ちっと痛いだろうが、魔法を唱えさせないのが目的だから仕方ねぇ。


 そして、俺の蹴りは、ガキが魔法を唱える前にはいった。

 俺に腹を蹴られ、そのまま後ろに吹き飛んでいく。

 風の防御は俺の予想よりあっさり破れたようだ。

 ...やばい、まともにはいった。


 吹き飛び、転がるように地面に何度も叩きつけられている...。

 やがて、動きは止まったが、起き上がってこない。

 当然だ。あれは大人でも気絶する威力はあった。


 ライラが走り寄っていくから、あちらはやつに任せよう。

 多少は治癒魔法も使えるから大丈夫だろう。


 問題は、子供相手に大人げなく本気の蹴りを放ってしまったということだ。

 俺を見る団員たちの視線が蔑みに満ちている。

 はたから見れば、完全にやりすぎだろう。

 しかもこちらからけしかけたのだ。完全に俺が悪者だ。


 だが、弁明させてほしい。

 あそこで手加減すれば俺は生きていたか怪しい。

 果たして、何人が俺の言い訳を聞いてくれるか...。


 とりあえず、俺は頭を掻きながらライラの方へ歩き出す。

 そこで気づいた。

 額当ての一部が完全に砕けている。

 角度さえあえば剣の一撃でも弾ける強度のはずだが、それが綺麗に削れていた。

 おそらく、風牙とかいう魔法がかすったときだ。

 まともには受けていたら貫通は間違いなかったということになる。

 もし避け切れてなければ...改めて俺はやりすぎじゃなかったと自分に言い聞かせた。

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