青のカケラが突き刺さる
「果たして、君は幸せだったのかい」と
青の春に生きた自分へ問いかける
「幸せなわけがないだろ」と
私に刃物を突き立てる、睨みつける
「でも私からしたら幸せだったよ」と
すがりつくみたいに、私は言う
「過ぎた景色が綺麗に見えているだけ」と
いじけるように、春の私は言う
「たしかに、そうなのかもね」と
春の私にボールを投げるふりをする
「ほら見ろ、やっぱりそうじゃないか」と
春の私はボールを受け取ったふりをした
「でも君は今がどんな今なのか知らないよね」と
私は今度こそボールを投げた
「そんなの関係ない、今は今、未来は未来だ」と
春の私は、ボールを当てられて揺れた
「言い訳だよ、そんなの」と
転がって返ってきたボールを拾う
「言い訳じゃない、これが私の言葉」と
再びナイフの刃先を私に向ける
「言葉も、こんな世界じゃ意味がないんだよ」と
再びボールを春の私に向けて投げた
「それならお前のその言葉だって無意味だ」と
飛んできたボールをナイフで切りつけた
「そうだね、誰かに響かなきゃ、無意味だ」と
私は響かないボールの落下音を聴いていた
「中途半端な空洞じゃあ、何も響かないね」と
春の私は空気の抜けていくボールを見て、ニヒルに笑った
「大きな空洞ほど、良く響くんだよ」と
私も不器用に笑った
「この空しさが小さなものだなんて、ね」と
春の私は、ナイフに反射して映る空を見つめた
「結局、世界は何もかも相対的なんだよ」と
私はナイフに水滴がつく瞬間を見ていた
「それじゃあ、私が私でいる必要なんてないのかな」と
春の私は黒板の上に膝から崩れ落ちた
「でも君は君、私は私、それ以上でもそれ以下でもない」と
私は涙を白チョークに塗りつけた
「言い訳だね、そんなの」と
春の私は空の色を盗んでナイフの刃先に塗った
「言い訳だよ、こんなの」と
私は黒板の上に大きくて不器用な円を描き始めた
「……みんな、もっと必死になれって言う」と
沈黙の後、ぽつりと春の私は呟いた
「いつだって必死じゃない時なんてなかったのにね」と
私は後ろ向きに歩きながら、円を描いた
「私は私、あんたはあんた、他人は他人なんだね」と
春の私はふらふらと立ち上がる
「そうだよ、それが本当のこと」と
私はチョークを頭上の教卓に投げつけた
「それでいて、逃げるための言い訳」と
春の私は砕け散ったチョークのカケラを一粒拾った
「それもまた、本当のこと」と
私は髪についたチョークの粉を払った
「わけわかんないじゃん、世界なんて」と
春の私は青い刃先を自分の喉元に当てた
「どうして自分に刃先を向けるの?」と
私は春の私に駆け寄った
「いい加減、うるさいんだよ、お前!」と
春の私は私に刃先を向けた
「私が私を大事にして、何が悪いの?」と
春の私が向けるナイフに臆せず歩み寄る
「黙れ、お前はお前で、私は私だ!」と
私の心にナイフの青い刃を突き刺した
「やっぱり、言い訳だよ、そんなの」と
春の私に抱きついた、痛みなんてなかった
「それでも私は未来の私が嫌い、お前が嫌い」と
春の私はナイフを抜いて、その赤に震えた
「君が私をいくら嫌おうと、私には君が必要だった」と
泣き始めた春の私の短い髪を撫でた
「どうして私は、あらゆる私を嫌ってしまうのかな」と
春の私は震える声で言った
「人はそういう生き物なんだよ、それでいい」と
私はその背中をさすった
「……もう、疲れたよ」と
春の私はうつむいたまま、呟いた
「どうして私たちは他人にはなれないんだろうね」と
私は空を見上げて、呟いた
「どうして私たちは独りじゃ生きていけないんだろうね」と
二人して呟いた
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