吸血鬼
吸血鬼の屋敷に行く期日になった。指定時間は午前2時。丑三つ時だ。人外の者が一番活発に行動する時間帯だ。本来ならば陰陽師の装束(狩衣)を着るところだが俺は普通のスーツで行く事にした。
狩衣は目立ってしょうがない。ネクタイは付けない。戦闘になった場合不利になるからだ。
内ポケットにはソーマの入った瓶。反対のポケットには密教の仏具ヴァジュラを入れておく。ヴァジュラにはいろいろな種類があるが俺が使うのは独鈷杵という両端が槍の刃みたいになっている物だ。長さは20センチ弱だ。ヴァジュラは自分の持っている霊力を高めてくれる。そして吸血鬼との交渉に使うためのスーツケースを持って俺は家を出た。タクシーを使い吸血鬼の屋敷まで向かう。1時間程で屋敷に着いた。
屋敷の門を開け中に入ると・・・そこはもう普通の場所では無くなっていた。世界が魔界か地獄と重なりつつある。普通の人間がこの場所に来ると、嫌な感じがする、寒気がする、といったところだろう。
俺の目にはまるで異世界が見える。空中を半透明なクラゲかアメーバのような物が漂っている。大きさは小さい物は数センチ、大きな物は1メートルくらいか。ゆらゆらと漂いながら次々と形を変えていく。くねくね動く芋虫が急に苦痛の表情の男性の顔になり歓喜の顔の女性の顔に変わったかと思うと、目がつり上がり牙が生え額から血の付いた角がめりめりと突き出し笑ったかと思うと突然消失する。庭の奥にある巨木は正面がまるで人の顔の様だ。大きな枝が手の形になってこちらを手招きしている。
強大な魔力を持った吸血鬼の存在がこの場所を魔界と重ねてしまっている。
今回はあくまで平和的交渉で、誘拐された女性二人を連れ帰る事が目的だ。左手にスーツケースを持ち俺は屋敷の玄関に近づいた。
玄関の前には鬼が立っていた。身長2メートル位で筋骨隆々上半身は裸で下半身は獣毛で覆われている。手には棍棒を持っている。
物凄い形相で俺を睨んでいる。全身が赤いオーラで覆われていた。この赤いオーラは俺に対する敵意を表している。さながら門番というところだろう。さらに俺が近づくと鬼は棍棒を振り上げた!
俺はすかさず真言を唱え早九字を切った。
「ノウマンタリマクバサラダンカン! 臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前!」
右手の人差し指と中指を真っ直ぐ伸ばし指が刀になったイメージを込めて俺は横、縦、横と9回空を切り裂いた。鬼はバラバラに切り裂かれ消え去った。どうやら吸血鬼が魔力で作り出した傀儡だったようだ。
俺は屋敷の扉を開けて中に入った。入り口を入ると目の前は広間になっていた。吸血鬼が静かに佇んでいる。古めかしい衣装にマントをまとい杖をついて立っていた。髪はオールバックで口の両端からは牙が覗いていた。初老の男性のように見えるが何百年も生きているに違いない。赤いオーラをまとっている。オーラの量がさっきの鬼と比べると桁違いだ。俺は冷や汗を流した。吸血鬼の両脇にはさらわれた二人の女性が立っている。二人とも20歳前後だろうか赤いドレスを着せられている。美人でスタイル抜群だ。この吸血鬼の好みなのだろう。吸血鬼が口を開いた。
「わざわざ人間が我が屋敷を訪ねて来るとはな。要件を聞こう」
「その二人の女性を返して頂きたいのです。謝礼は払います」
「謝礼とは?」
俺はスーツケースを開いて中を見せた。中には血液の入ったビニールパックがびっちりと詰められていた。
一瞬吸血鬼の目が輝いたように見えた。だが
「残念だがそれは私の美意識に反する行為だ。私は若くて美しい女の生き血を吸うのが好きなのだよ。君は面白い素材になりそうだ。我がしもべにしてやろう」
吸血鬼のオーラが一段と輝きをました。ゆっくりとこちらに近づいてくる。交渉決裂だ!
俺はヴァジュラを取り出し右手で握りしめて真言を唱えた。
「オン バザラナラ ソワカ!」
吸血鬼は炎に包まれた。が、一瞬にして炎が消え去った。顔をしかめているがダメージはなさそうだ。
俺はさらに強力な呪文を唱えようと身構えた。その刹那吸血鬼は杖を振った。
その瞬間俺の両脇には囚われの女性二人が立ち俺の両手を掴みヴァジュラをもぎ取った。すごい力だ。もはや人間のそれでは無い。吸血鬼が素早く近づき俺の首に牙を突き立てようと迫ってきた。牙が俺の皮膚に触れた瞬間俺の胸の皮膚を破りシャツを引き裂き白い狼の頭が飛び出し、吸血鬼の喉笛に食らいついた。
俺の中に棲みついている狗神だ。
犬神が物質化して具現化したものが狗神だ。
顔はまるで白狼だ。目がルビーのように赤い。吸血鬼は微動だに出来ない。俺に憑いている狗神に咬まれると魔物は動けなくなり魔力も使えなくなる。両脇の女性が崩れ落ちた。
俺はすかさずポケットから魔封じの護符を取り出し吸血鬼の額に貼り付けた。吸血鬼は白目をむき意識を失った。狗神は咥えていた吸血鬼の首を放しこちらを見上げて笑った。
「なあ、この女たち食っちまおーぜ。もう10年も食ってないんだ。な食おう食おう」
狗神は首を伸ばして女性に食らいつこうとした。俺は急いでポケットからソーマを取り出して飲んだ。
狗神はすぐに目を閉じて眠りに入り俺の体内に戻った。
そう俺は人間を食べた事がある。
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