第81話 エクス・オデッセイ3
「あ」
「あ」
お城に向かう途中の森にて、エクスはリュセットと鉢合わせた。
リュセットは美しく着飾っていたものの、華美なドレスは膝や肩が見える程に破かれていて、腰まで伸びていた筈の髪は乱雑に短く切られている。
そんな明らかに不審なリュセットを見て、エクスは何があったのか尋ねた。
「えっと、リュセット、それともシンデレラって呼んだ方がいいのかな?どうしたの、その格好」
「あー、うん、リュセットでいいよ、シンデレラでもどうせ代役だし、別に大した事じゃ無いんだけどね、舞踏会に行ったつもりだったのに、武闘会が始まっていたから、だからちょっと暴れて来たって感じかな」
本当はエラの代わりに囚われのお姫様を演じるつもりだったが、カオス化したフェアリー・ゴッドマザーと問答の末、説得に成功した為に事態を収束させる為、自力でヴィラン達を蹴散らして、そのまま誰にも会わずにファムの役割に切り替えようと家に帰って支度に戻ろうとしていた所である。
カオス・フェアリー・ゴッドマザーの主張は「エラの母親と約束したエラの幸せの為には、王子様と結ばれる運命よりも渡り鳥と結ばれる運命が必要」だったが、ファムは「あの子は誰かに与えられた幸せなんか無くても、自力で幸せを掴む強さがある」とカオス・フェアリー・ゴッドマザーの独善を要らぬお節介だと断じた。
自分で栄光を勝ち取りに行く強さ。
そんなシンデレラの性質を、確かにファムは受け継いでいるのかもしれない。
閑話休題。
「武闘会って、ええ!?、闘かう方の?、なんでそんな事に・・・」
予想も付かないその出来事にエクスは混乱するが、リュセットは追求されても困るので話題を逸らした。
自分がファムである事は向こうに気付かれるまで知らせない。
そんなファムの
「それにしても、ここに来たって事はエラの事フっちゃったんだねー、もう、あんなに可愛くて完璧なお姉ちゃんをフるなんて信じられないよ、どうしてフったの?」
ファムは遠慮なしにエクスの本心を聞いた。
ここで「心に決めた人がいるから」とでも答えてくれれば心配事が一つ無くなってくれる訳だが。
エラの妹であるリュセットには正直に答えなくてはいけないと、エクスは正直に今の気持ちを告白した。
「僕とエラの運命は一緒に居なくても繋がっていられる、だからお互いの夢を叶えた先でまた会おうって、そう約束したから」
「・・・そっか、エラと同じ夢を見られたんだ、・・・いや描いたって言った方が正しいのかな、だったらきっと、それはとても美しい未来に繋がってるね」
エラとエクスの「再会の結末」がどこにあるのかは分からない、そもそも現実での幼なじみのエラはとっくの昔に天寿を全うしているのだから。
だからこそ、この世界のエラとエクスが生きて再開する可能性は低いのかもしれない。
だが、ゼロでは無い。
自分が死して尚魂が残留し、こうしてエクスと二度目の邂逅を果たしているように。
現実のエラも、同じようにエクスとの縁に導かれてここにいたのかもしれない。
記憶が無くとも、確信となる根拠が無くとも。
夢の中であっても、同じ理想と縁によって結ばれた絆は、紛れも無く本物なのだから。
だからきっと、エクスがいつか天寿を全うし、その体を失ったとしても。
その魂を受け継いだ誰かが、同じく魂を受け継いだエラと
「・・・それで、渡り鳥くんはこれからどうするの?」
「旅に出るよ、エラとの約束を果たす為に、災厄の魔女を倒す事、それが一番やらなくてはいけない事だから」
「そうなんだ、奇遇だね、私も旅に出るんだ、だからまた会うかもしれないね」
何気なくそう言ったリュセットを見て思う所があったエクスは、一つの疑問を口にした。
「・・・もしかして君は、ファムなの?」
リュセットが想区を離れて旅に出る理由をエクスは他に思いつかなかった。
それに、初めて見た時からファムの面影を感じていたし、現在の髪を切って活発な印象を与える姿はファムの生き写しのようだ。
ファムは既に死んでいるが、ヒーローとして魂が残っているのも知っているし、ここにいる彼女が、エクスの知るファムでも驚きは無い。
だけどファムは、確信に至らないエクスの質問に惚けて返した。
「さぁ、ね、私はファムだしリュセットだよ、その役割が示すのが何かは、私には分からないかなぁ」
自分がファムだとエクスに知られては、現在の心地よい関係が終わる気がしたから。
だからファムは、自分の中にある感情と共に答えを誤魔化した。
彼女の名はファム、善き魔女であると共に、
だからそんな魔性を秘めたしたたかさも、彼女の性質なのである。
「だったら僕と、一緒に旅に出ない?一人だと心細いでしょ」
そんなファムの心境も知らずに、エクスはファムに提案する、彼女がファムで無くとも、ファムの運命ならば放っては置けないからだ。
ファムはいつも自分が一番危険な橋を渡る。
それがファムの復讐と贖罪に起因する自棄的な「死にたがり」による物だったとはいえ、もしも運命を与えられただけのリュセットならば、その運命を一人で背負うのは酷だろう。
空白の書の持ち主に関わった者は運命を変えられてしまう。
だからこそエクスは、渡り鳥の運命の中で変えられる物があるのならば、ファムの結末を一番変えたいのである。
「え、私を誘うの、お姉ちゃんをフったばかりなのに・・・」
だけどファムもまた、そんなエクスの心境を知る事は出来ないので、その提案を単純に「お姫様よりも自分を選んだ」と誤解する。
不意に到来した幸福に舞い上がってしまいそうになるが、社交辞令のような彼の気遣いかもしれないと、自分を律した。
ファムに口説かれたと勘違いされたと気付いたエクスは慌てて訂正する。
「ち、違うよ、僕は単純にリュセットが心配だから、女の子の一人旅なんて危ないし、それに旅って一人よりも二人の方が都合がいいし便利だから」
「・・・そういう事ね、でも渡り鳥くんと二人旅かぁ・・・、なんか色々申し訳ないなぁ」
利点は沢山あるものの、レイナとエラへの後ろめたさからその提案は受け入れ難い。
しかし「ファム」ではなく「リュセット」からしてみれば、幼なじみの渡り鳥の提案を断る理由が無いのも確かだ。
ファムは思案した。
自分とエクスが共にいる事でどんな影響があるのかを。
そして一つ思い至る事があった。
自分が事切れる直前、エクスに背負われていた時の事を。
あの時エクスに背負わせてしまった自分の命、その重責を取り除く責任が自分にあると。
どうやったら取り除けるか、そんなの決まっている。
それは姉が手本を示してくれているのだから。
だからファムは、エクスに最期の別れを告げる為の時間として、エクスの提案を受け入れた。
(そう、これは夢のような物、現実には存在しない出来事になるのだから、だったらここで私がエクスくんと仲良くしても、大丈夫だよね、どうせ私は死ぬんだし、だったら最期に遺言の一つでも残して置かないと無責任過ぎるし、エクスくんが未練を残さないように「思い出作り」をするのも、あの時助けに来てくれたエクスくんに報いる行為として正しいよね)
ファムは正当化する理由をこじつけて、エクスの提案を受け入れる事にした。
エクスの事が好きだからこそ、その提案を拒絶し、受け入れてはならないと本当は分かっていたけれど。
エクスの事が好きだからこそ、その心に自分という存在の証を刻みつけたい、エラのように、一生忘れられない存在になりたいと思ってしまうのだ。
自分はエラやレイナと並び立てるような存在ではない、比べるのも烏滸がましい卑小でぞんざいな小物だと分かってはいても。
エラもレイナも、既に死人である自分の我儘を許してくれると計算し、自分の想いをいかにして成就させるかを思考した。
緩やかな滅びの前に与えられた終末の休息。
やがて死を迎える少女との刹那の恋物語。
それらもまた、一つの物語の形式に違いないのだから。
「じゃあ、これからよろしくね、渡り鳥くん」
自分勝手な自身を嘲笑する、皮肉を込めた笑みを浮かべながらファムは、エクスの差し出した手を握った。
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