第63話 白雪姫は永遠に眠る 16
「魔法の鏡、これは・・・」
「箱庭の王国にあるのと同じ・・・」
全ての決着を終えた四人は、約束通り、魔法の鏡を貰い受ける為に王妃の部屋に来た。
「だとしたらこれは、ヒーローの魂を呼び寄せる力を持つという事になるのか?」
「呼び出したヒーローの魂を魔法で作った器に入れて、分身として処刑される役割を全うさせる、これなら死なずに済むというわけね」
それは、白雪姫と王妃が歴史を繰り返していく中で辿り着いた抜け道である。
王妃が生きているのなら、互いに舞台から消えた後に共に生きる道もある。
それが、グリムノーツの世界に示された白雪姫の救いである。
「・・・ちょっとまて、この鏡、映る姿が、逆になっているぞ」
「・・・本当だ、右手を上げたのに左手が上がってる、これは一体・・・?」
「・・・この鏡、もしかして・・・」
アリシアが鏡に触れると手は鏡の中へと、貫通し、鏡の中のアリシアに触れた。
それと同時に鏡の中から手が伸びてきて、アリシアに触れる。
「あん、この胸の感触、紛れもなく私だわ、つまりこれは・・・」
「ど、どういう事だよ」
「
「複製の力だって?」
「ええ、私達が普段使ってる魔法の鏡だって、要らないのに同じヒーローの魂がぽんぽん出てきては紙切れに変わるじゃない?」
つまりこの世界に於いては人間の魂など簡単に量産できる程度の物に過ぎないという事。
「・・・なるほど、この鏡に写った者は、魂を複製出来るということか」
「ええ、この鏡で複製すれば容易く自分の分身を産み出せる、魔法の鏡が救いになるとはこういう事だったのね」
「・・・だとしたらあの王妃が、お嬢サマの望むように実母だった可能性もあるのかもしれないな」
「でも私は、逆の可能性もありかもしれないと、今は思っているわ」
「・・・どうして?」
「実母の愛はね、重いのよ、娘に綺麗な道を用意してやりたいと思い、永遠に子供でいて欲しいと独りよがりな愛情で甘やかす、箱入りにして大事に育てられるのが愛娘なのよ」
「・・・まるでお嬢サマとは対極にあるような存在だな」
「・・・そうね、だからこそ、甘やかした結果生まれたどうしようも無い馬鹿娘を躾けるという、その自分には出来ない嫌われる役割を、義母という存在が担う事になるのは、物語として当然の帰結になるんじゃないのかしら」
「・・・白雪姫が成長の物語なのだとしたら、そういう解釈もあるのかもしれないな」
換骨奪胎。
どうせ白雪姫の原作者など、遠の昔に屍となっている。
だからこそ新解釈とは、今を生きる人々の為に。
この想区という世界の現実の中で抗う人達の為に。
良き物語を紡ぐ為に、新解釈はあるべきなのだろう。
「さて、それじゃあ、おチビの居場所を尋ねるとするか、あいつも首を長くして待ってるだろうしな」
「そうね、レヴォルくん、やっちゃって!」
「じゃあいくぞ、鏡よ鏡、エレナの居場所を教え給え!!」
「・・・」
レヴォルが問いかけても、魔法の鏡は反応しなかった。
「やり方が違うんじゃないのか?、鏡よ鏡、この世で一番あんぽんたんなお姫さまの居場所を教えてくれ」
「・・・」
ティムの問いかけにも、鏡は反応しなかった。
「どういうこと・・・、まさかもう、エレナちゃんがこの世にいないとか・・・」
流石にそんなはずは無いと、アリシアは問いかけてみた。
「鏡よ鏡、エレナちゃんは生きているの?」
「生きている、怪我も病もなし、健やかに暮らしている」
今度は反応した。
どういう事だろう、生きているのに居場所が分からないなんて。
三人が頭を悩ませていると、今度はノインが問いかけた。
「鏡よ鏡、渡り鳥のお姫様の居場所を教えて」
「・・・」
「ありゃりゃ、こっちも空振りか、もしかしたら、あのお姫様、居場所がバレない様に結界を張っているのかもしれないわね」
「だとしたらどうするんだ、これ以上手がかりなんて無いし、また一から捜索するしかないぞ」
「・・・どうしたものか」
四人が頭を悩ませている所に白雪姫がやってきた。
「どう?、渡り鳥さん、渡り鳥さんのお姫さまの居場所は知れた?」
「それが、尋ねても答えが帰ってこなくて・・・」
「なるほど、それじゃあ鏡の中の世界にいるのかもしれないね」
「「鏡の中の世界!?」」
四人が揃って驚いてみせると、白雪姫は説明してくれた。
「うん、お姫さまはきっとあの子の所にいるんだと思う、あの子は白雪姫と関わりの深い
「・・・複製された白雪姫の想区の中にいるという訳ね、魂だけでなく想区まで複製できるなんてこの魔法の鏡、万能過ぎじゃないかしら?」
「まぁ俺達が使ってる鏡だって、詩晶石さえあれば無数に魂を呼び出せる訳だし、鏡が万能の複製装置として存在するのは当然なのかもな」
「・・・それで、どうやったら鏡の世界に行けるんだ?」
「簡単だよ、鏡よ鏡、闇を映せ」
白雪姫がそう唱えると、魔法の鏡は真っ黒に染まり、何も映さなくなる。
「これで向こう側の世界にいけるよ、自分の姿を写したままだと鏡の中の自分と入れ違いになっちゃうから、こうして闇で覆い隠さないといけないの」
「なるほど・・・それじゃあ皆、準備はいいか?」
レヴォルの確認に三人は頷いた。
四人は白雪姫と軽く挨拶するとそれぞれ鏡の中に入っていく。
「渡り鳥さん」
これが最期の別れになるだろうと思った白雪姫は、レヴォルを引き留めた。
「ありがとう、白雪の王子さまを演じてくれて、私に本当の愛を教えてくれて、渡り鳥さんのおかげで白雪は、本当の自分になれたから、だから、ありがとう」
本当は熱く抱擁し、もっと近くで愛を告げたいという気持ちもあるけれど、名残り惜しさにまた我儘を言ってしまうかもしれないと自重する。
白雪姫はもう子供ではなく、自分で選択し、自分の道を歩いているのだから。
その道にレヴォルを巻き込む事で、白雪の王子さまを汚す訳にはいかないから。
だから別れは簡潔に、未練を残さないように手早く終わらせるつもりだった。
レヴォルもそんな白雪姫の悲愴と焦燥を察して、多くは語らない事にした。
「・・・実は、君に贈りたい物があるんだ」
白雪姫に真実の愛を授けると決めた時に。
自分の中の「特別」を何か切り崩して渡そうと思って考えた、白雪姫へのプレゼント。
女の子へのプレゼントは初めてだったからかなり悩まされた。
だけど、レヴォルが自分にとって特別な思い入れのある品なんて、それほど多くはない。
だから「それ」を白雪姫に渡すか否か、それを考えるのに時間を費やしたのである。
「綺麗・・・、もしかして・・・これ、誰かの形見とか?」
それは珊瑚で出来たハート型のネックレス。
薔薇のように赤いのは、そのネックレスに込められた想いの色を表している。
男が持ち歩くには華美に過ぎる品だった。
人魚姫がレヴォルの兄である王子の為に作って渡せなかった、人魚姫の悲恋が込められた品ではあるが、託されたレヴォルにはそのネックレスに込められた物語など知る術はない。
「ああ、俺の・・・お姉ちゃんの形見だけど、俺のお姉ちゃんはもう・・・俺の中にいるから、だからそれは、君にこそ相応しいと思う」
レヴォルにとっての特別。
姉から与えられた慈愛とまごころ。
それらを切り崩して、兄として妹に餞別を送る事が、レヴォルの送る真実の愛だと考えた。
「・・・こんなの渡されちゃったら、渡り鳥さんへの気持ち、一生忘れられなくなっちゃうよ・・・」
「・・・え、何だって?」
レヴォルはあくまで兄として、渡り鳥としての気持ちを表現したつもりだったけれど。
それは真っ赤なハート型のネックレスである。
それを女性に送るのがどういう意味を持つのか。
他に選択肢が無かったレヴォルには、そこを失念していたのであった。
「・・・じゃあ、また会おう、約束だ」
「・・・うん」
レヴォルは笑って、白雪姫は涙を堪えながら最後の別れを終えようとした。
レヴォルが振り返って鏡の中へ飛び込もうとすると。
背後から抱きつかれる。
子供の時とは違うその腕の強さに、胸を締め付けられるような錯覚をレヴォルは感じた。
「渡り鳥さん、大好き、だから絶対、また会いに行く、魔女になって、しわくちゃのお婆ちゃんになって、魂だけの存在になっても、私は必ず、渡り鳥さんにもう一度会いに行くから」
みっともなく縋りついて想いをぶちまけると、白雪姫は観念して背中を押す。
白雪姫の終わらされた恋は、最後の最後にまた燃え上がる。
その昂りが燃え尽きる日まで、白雪姫は生き続けるのだろう。
なぜなら彼女は。
───永遠の白雪姫なのだから。
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