第4話
「俺の血を飲ませてやったんですよ、この二日間」
自慢気な口調でそう言ったのは若い仁科研究員である。
「さっきも二百CCばかり取って哺乳瓶に入れてね。ゴクゴクと飲みやがった。可愛いもんだ」
試験台の上に四肢を固定された「M136」の黒髪を撫でながら仁科研究員はさも感慨深げに言った。私のチームでは最年少の二十四歳。髪を茶髪にした少々チャラチャラとした男である。
「えー人間名は○○※※子。品川太陽中学校の三年生だったのですが、四月九日の授業中に突如変身。そうして担任の教師を殺害してクラスメイト数名を負傷させて逃亡。その後ハンターに捕獲されたというわけです。元家族からは献体の承諾も取れています」
仁科研究員が二枚の書類を私に見せた。一枚はその元家族の承諾書である。
「まあこういうのは家族としてどういう気分なんでしょうねえ。特に母親はね。恥ずかしくて穴に入りたいとか、今頃自殺しちゃってるんですかね」
「おい」
吉沢研究員が目と口調で窘めたので仁科研究員は肩をすくめた。何とも軽薄すぎる若い男の態度に私はどういう顔をしたのやら。もう一人の諏訪研究員はいつもの通りに控え目に苦笑していたばかりである。
この三人と私で一つのチームになっている。男が二人に女が二人。私と諏訪研究員は既婚で男二人は独身だ。女は家庭を欲しがり、男はフラフラと遊びたがる……というのは普遍的な傾向らしい。まあ何やらこれでバランスの取れたいいチームなのである。
「M136」は試験台の上で眠っていた。栗の花から抽出した成分が新生物に対して麻酔として効くことを発見したのは本研究所の成果の一つである。あちこちの要塞町の周囲で防風林ならぬ防獣林として栗の林が作られているという。研究成果がすぐに実用化されるのは私たち研究者にとって最も誇らしいことである。
この研究所に運び込まれたつい二日前と比べて「M136」は別人のように変化していた。ナメクジめいた皮膚は滑らかな人肌に戻り、般若のように歪んでいた容貌は愛らしい少女の顔になっていた。いくらか色つやが悪いことを別にすればまるで人間そのものである。この新生物の一番の得意技が変身であることを知っている者にとっては驚くべきことではないのだが。何しろ二十一世紀の始めにシャンハイで捕獲された個体はたったの一晩で人間からタコみたいな姿にその身を変えてしまったという。個体偏差の大きな新生物の中で最も変身自在なタイプを「シャンハイ型」と言うのはそのためだ。
「こーんな 可愛い子の服をハサミでジョリジョリするなんて危ない気分になりますね」
「よせ仁科」
私たちは「M136」の着ていたセーラー服やスカートを取り去るためにハサミを手にしていた。仁科研究員がおちゃらけて吉沢研究員が窘めるというのはいつものパターンである。私と仁科研究員と二人がかりで「M136」の服を切り裂いていた。下着として身につけていた白いスリップ、白いブラジャーにパンティーも取り去られた。只の布切れとなった衣類は諏訪研究員が手際よくゴミ箱に運ぶ。彼女はこんな風にサポート役を演じるのに全く躊躇しない人だった。
「おいおい妖精ちゃんみたいな体をしてるじゃないか。いよいよ新生物にしておくのは勿体ない」
いささか下品に仁科研究員が口笛を吹く。実際の所とても化け物とは思えないような若々しく均整のとれた肢体が私たちの前に晒されていた。下腹部の陰毛も豊かで、その全く手入れのされていない草むらが逆に清純な香気すら発していた。仁科研究員が眠れる「M136」の髪を撫でて、そうして赤い乳首の一つを摘み上げた。私が睨むと仁科研究員はおどけた表情を見せてその指を離した。
「ではこれから再生テストに入ります。長く使えそうな試験体ですから切り過ぎないように注意して下さい」
「はい」「はい」と三人が揃わない声で答えた。私たちはそれぞれメスを手にした。
生々しい若い牝の裸体は視覚的に私を圧倒しようとしていた。私は息を飲んで、唇を噛み、そうして改めてメスを握り直した。さっき仁科研究員に弄ばれた乳首は小ぶりで形のいい乳房の上で可憐に上を向いていた。私がその乳房の山の麓、脇の下の前の部分にメスを突き入れると、眠っているはずの「M136」が微かに身じろいだような気がした。私は構わずにメスを動かして、ぐるりと右の乳房の周りを一周させた。深くメスを入れて乳腺も断ち切り、私は「M136」の片方の乳房を切り取った。
「じゃあ俺は下の方にするかな」
仁科研究員は「M136」の下肢を開かせて、その股間を覗き込んでいた。
「おお、やっぱり処女膜があった。実にいい。可憐だ」
仁科研究員が乾いた笑い声を上げた。
「するとこの子は永遠の処女なのかな。新生物の再生力でもって処女膜まで再生したりすると。これは実に興味深い」
「子供を産めば処女膜はなくなる」
吉沢研究員が冷ややかに言った。
「確かに。するとそこまでテストした方がいいのかな? 俺がこの子の赤ちゃんのパパになってもいいよ」
「アホ」
仁科吉沢両研究員のくだけたやり取りを聞きながら私は「M136」のもう一つの乳房も切り取っていた。銀色をしたアルミパンの上に二つの乳房が赤い乳首を上にして並べられる。胸に二つの赤い更地を作った「M136」がまた微かに身じろいだように見えた。血はさほど流れることもなく、自ずと止血されてしまう。しかしその胸の丸い断面から立ち上る血の臭いは霧のような確かな実在感でもって私の鼻腔に侵入し、気化した酒であるかのように私の神経をおぼろに刺激した。
そう、なぜか酒のように。
その時私はどうしたわけか腰骨の辺りに甘い痺れを感じ、若い獣の裸身を前にしたまま軽い立ち眩みを覚えていた。
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