第67話 祖の名は悪原響 2

 奥には如何にもなテンキー。ここに番号を入力して鍵を開くのだ。



 原始的なパスに見えるが、一つでも番号を間違えると即座に危ない薬を打ち込まれ、記憶の操作がされる。



 二十ケタにも及ぶ長いパスを打ち込んでようやくキー解除……となるのだが、実はそちらもダミー。



 正しい番号を打ち込んだところで誘われるのは明かり一つない真っ暗な部屋。



 入室した瞬間部屋に閉じ込められ、二、三日放置されたあと外に排出される。暗闇で二、三日というのは丁度人間が耐えきれなくなり、精神を病むまでのギリギリの時間である。



 わざわざ気が狂うかどうかのラインを攻めるというのはなかなか悪趣味である。



 ちなみに、真の正解はテンキーを外して・・・中のスリットにカードキーを挿入することである。



 悪原は限られた人物にしかカードキーを渡していない。つまり限られた人物しか中に入ることは出来ないのだ。パスワードが漏洩した場合こうはいかない。



 カードキーを挿入してしばらくすると、どこかに設置されたスピーカーから気だるげな女の声が響いた。



『あー……このタイプのカードキーを渡したのは一人しかいない。君だね、暮斗くん。とりあえず入ってくるといい』



 いい終わると同時にガチリ、と重々しい金属の解除音。その音の重厚さから、かなり頑丈であることがうかがえる。



 扉を越えてから悪原の研究室まではそう遠くない。元々広くないバーを改造して無理やり作ったスペースである。



 薄暗く、一寸先も見えないほどだったが、少し歩いただけでガラス張りになった部屋がそこにはあった。さながら大学の研究室を彷彿とさせるものだった。



 もっとも、暮斗は大学に行ったことがなかったが。



 静かなこともあり、足音で気がついたのか悪原は隈が酷い目をこちらに向けた。にっこりと笑い、ダルダルな白衣の袖を小さく振っていた。



 ――どうやら怒ってはいないようだ。



 暮斗はガラスの扉を押し、中に入る。途端アロマの香りが鼻孔をくすぐった。



 そこにいたのは幽霊のような女。



 サイズの合っていない白衣に伸びきった髪。しかし少し動いた際に髪の間からちらりと覗く素顔は目を見張るほどの美人である。隈が酷いせいでそうは見えないが。



「……お久しぶりです、先生」

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