第14話 暮斗という名のヒーロー 3
「……切り出し方が悪すぎるだろ……。適当に礼から始めたらいいものを」
「わかるわけないでしょ! 人にいい人か尋ねる経験なんて生まれて初めてよ!」
「それにしても不器用すぎるだろ。『あのぉ、実はあたしのこと気遣ってくれてたんですよね? ありがとうございます! あたし、上司さんのこと大好きです!』とか言ってりゃいいんだよ」
「媚びすぎでしょ。あの人はそういうの一番嫌いなのよ」
「コエー上司がいるもんだな。絶対下で働きたくねーや」
茶化すような口調でそう言った暮斗だったが、表情は苦々しくあながち冗談ではなさそうだった。本気で嫌がっている。
そのことから派生したのか、話題は仕事云々へと変遷していった。
「つーかなんであまねは怪人連盟にいるんだよ。正直向いてるようには見えないけど。上司に文句があるなら尚更だ。さっさとやめちまえ」
「そういうわけにはいかないのよ」
「力が欲しいからか? そういう理由ならヒーロー協会の方が向いてると思うけどな」
「そういうわけでもないの。……ヒーロー協会にいたら絶対に達成できない目的があるから怪人連盟にいるのよ」
「達成できない目的ねぇ……」
暮斗はあまり考える様子もなく漠然とあまねの言葉を繰り返した。今のところ深く聞いてくる気はなさそうだった。
それに聞かれたところで話す気にもならない。
さて、これで本当に話すこともなくなった。別に運命的な出会いをしたわけでも仲良くなったわけでもない二人にこれ以上交わすべき会話はない。
先に切り出したのはあまねだった。心身ともに疲れ果てていたが故に、さっさと帰って寝てしまいたかった。
「……それじゃあ、そろそろ帰るわ。色々ありがとうね。助かったわ」
「お、帰るのか。まぁ行きずりの男の部屋にいたところですることもねーしな。また会ったらよろしくな」
「……あんたほんとにそれでいいの? あたし怪人よ?」
「構いやしねーっつってんだろ。俺が動くボーダーは人を殺したかどうかってくらいだ。怪人に向いてない可愛らしい女の子相手にどうこうしないって」
「こ、このスケコマシが……まぁ、暇だったらまた会いましょ。それじゃ」
連絡先も聞いていないというのにどう会うというのか。あまりにストレートすぎる社交辞令しか出てこない自分の頭に思わず苦笑した。
あまねは暮斗に見送られる形でリビングを退出し、玄関で靴を履く。
お優しいヒーローとの最後の時間だった。多少名残惜しくなるも、ヒーローという役職からイマイチ親近感を抱けないことから余分な感情をスパッと切り捨てようとした。
先ほども考えたが、ヒーローと怪人の共存など無理なのだ。
お互いに出来た溝は深すぎる。
とんとん、と靴先を叩いて調子を整える。具合はバッチリだった。
そして最後の挨拶。
「それじゃあ、ありが――」
――そこであまねの中の唐突に時間が止まった。
まさに運命。そう言っても過言ではない瞬間だった。
あまねの目は玄関に飾られてあった一つのフィギュアに釘付けとなっていた。妙な造形をしたゆるキャラらしきそのフィギュアに。
「どうした?」
そんなあまねに違和を覚えたのか、暮斗は眉をひそめて声をかけた。
「ちょ、ちょちょちょちょちょっと! あんたなんでこのフィギュア持ってんのよ!」
「ん? これか? ああ、このフィギュアは俺が一番やり込んだゲームのフィギュアだからな。そりゃ持ってるに決まってんだろ」
「やり込んだ⁉︎ なによつまりあんたこのゲーム持ってんのの⁉︎」
「当たり前だろ。絶版になって売ってないんだし、売るわけがない……って、まさかお前……!」
そう、このゲームはあまねが心血注いで探していた幻のゲームのキャラだった。売れ行きは微妙だが、一部の界隈で異様な人気を誇る幻の格闘ゲーム。名前は『戦士ファイター』だった。
佳奈や愛梨沙が言っていたネットサーフィンは、戦士ファイターを探すためにやっていたにすぎない。
それにしてもネーミングは最低である。
「こ、このゲーム探してたのよ! 昔家にあったんだけど壊れちゃって! やってる人も周りにいないし持ってる人もいないし、ネットでも探したけどないし!」
「うおおおおおおおおお! お前戦士ファイターのプレイヤーか! まさかこんな形で出会えるとは思ってなかったぜ! ヤバイ、泣きそうだ」
「あたしもよ! どうしよう、あんたのことが急に大好きになってきたわ」
「俺もお前のこと大好きになってきたよ」
「ね、ねぇ、ちょっとやっていい?」
「当たり前だろ! ファイターは出会ったら即対戦だろうが!」
「わかってるわね。それじゃあやりましょ!」
あまねと暮斗は、先ほどまでの冷めきった雰囲気はどこへやら、突沸した湯のように湧きあがり部屋に引き返した。
異常な手際の良さで本体とソフトとコントローラーを準備。ソファに座ってゲームをする体勢に整えた。
「はぁぁぁぁ♡懐かしい……♡やりたかったのよこれが!」
「俺もファイターなんてもういないと思ってたから久しぶりだ。オンラインも人いねーし」
「嘘、過疎ってるの?」
「まぁ発売して随分経つしな。幻のゲーム扱いされてるゲームのオンライン対戦が賑わってたらそれはもはや幻でもなんでもないよ」
「それもそうね! 対戦するわよ!」
「よっしゃ負けねーぞ」
勢いのままにゲームを開始し、流れるような速さで対戦画面まで行き着く。
その瞬間あまねは、自分が怪人であることと目の前の男がヒーローであることもなにもかも忘れてただゲームにだけのめり込んだ。
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