第11話 目覚めた場所は 2

 






「……ということで、今はヒーローの家にいるんです」



『……本当に馬鹿かお前は。なーにが、私が今まで失敗したことありますか? だ。万年失敗続きのポンコツ野郎じゃねーか』



「せ、成功したこともありますし」



『ああ? 口答えすんじゃねぇよ出来損ないのクソ下っ端が! 一人前になってから立派な口きけってんだよ! とりあえず作戦時間を三時間延長してやるから、さっさと来い!』



「ヒッ」



 雷が落ちたような激しい怒号を一方的に放ったあと、間は有無を言わさず通話を切断した。



 あまねの口から短い悲鳴が漏れる。



 相変わらずの粗暴な口ぶりに辟易したが、時間の延長を図ってくれたことには素直に感謝だった。



 だが、延長可能なら初めから延長可能な時間までを視野に入れていてほしかった、というのは贅沢な悩みだろうか。



「うへぇ……まぁでも、三時間あれば大丈夫よね。うん大丈夫」



 根拠のない自信が生まれてきたところで、あまねは踵を返して、扉越しのリビングの中へと戻って行った。



 その瞬間、あまねは再び後悔した。リビングに戻らず、そのままこっそり抜け出せばよかったのである。



「よう、おかえり」



「……ただいま」



「どうした? 変な顔して」



「あはは……あたしって本当に馬鹿だなって」



「……よくわからんけど、強く生きてくれよ」



 男は何もわからないながら、あまねの様子を見てとりあえず同情した。しかし、初対面の男に同情などされても何も嬉しくはない。あまねはなんの心もこもってないであろうそのセリフを、なんの感慨もなくスルーした。



 と、ここであまねはまだ男の名前すら知らないということを思い出した。男にいまいち親近感を抱けない一因はこれだろう。



「そういえばあんたなんていうの? 助けてもらったのにお礼すらできてないってのはちょっと申し訳ないし、助けてくれた人の名前くらい知っときたいわ」



 いちいち迷うタイプではないあまねは率直に名前を聞いた。



「俺か? よくぞ聞いてくれた。俺は御門暮斗みかどくれとだ。土御門の御門に、お歳暮の暮に北斗の拳の斗で御門暮斗。大人だぜ。よろしくな」



「なんでわざわざまどろっこしい自己紹介すんのよ。そもそも土御門がなにかわかんないわよ」



 そんなことより見た目ばかり大人相応で、年齢相当に態度や行動が伴っていないことが気になった。



「いやだって御門なんて単語、漫画で出てくる土御門ってかっこいい苗字でしか使ったことねーし……。暮れっていったってどのくれかパッとわかんねーし……。斗なんて北斗の拳の斗でしかわかんねーよ」



「北斗でわかるわよ! 『の拳』はなくてもいいのよ! 世間一般での北斗の知名度をなんだと思ってんのよあんた!」



「北斗なんて単語北斗の拳でしか使わねーだろ! 日常で北斗を使う時ってなんだよ!」



「ほら……北斗七星とかあるじゃない」



「やっぱ北斗の拳じゃねーか」



「あんたまさか北斗七星の元ネタが北斗の拳だと思ってたりしない?」



「えっ違うの?」



「違うに決まってんでしょ馬鹿! 北斗七星って星の並びがあることが大前提で、ケンシロウの胸に似たような並びで傷がつけられたから北斗七星っつってんのよ!」



「嘘だろオイ! 俺ずっと北斗七星は北斗の拳のものだと思ってた! 目から鱗だ」



「あんたよくそれで今までの人生通用してきたわね……。ある意味尊敬だわ」



「ウッ、馬鹿っぽい奴に馬鹿って言われた。人生の恥だ」



「恥なら最初っからかきっぱなしだしそこんとこは安心しなさいよ。……まぁともかく、助けてくれてありがと。あの時助けてくれなきゃ今頃どうなってたか」



 あまねは脱線しかけていた話を元の方向に軌道修正した。普通、なにがどう繋がれば自己紹介から北斗の拳の話に繋がるのかがさっぱりわからなかった。



 どうやら暮斗は相当とぼけた性格をしているようだった。あまねはやれやれ、と小さく肩を竦める。



 もっとも、あまね自身も負けず劣らずとぼけた性格だったが。



「そういえばそっちの名前は? まだ知らないんだけど」



「えっ? あー、そ、それもそうなんだけどね」



 初対面の者に相手に名前を聞いたら名前を聞き返されることは当然なのだが、あまねはその辺を折り込んでいなかった。



 やはりマヌケである。



 あまねは細い眉をひそめた。まだ恐らく素性はバレていない上に自分を助けてくれた人間である。だが、暮斗はまぎれもなくヒーローなのだ。自分とは敵対する組織の人間である。



 そんな者に名前を教えていいのだろうか。瞬間口を固く結び、視線を泳がせた。



 だが、自分の中の良心の呵責が非常にもどかしかった。相手が敵対しているヒーローだとしても、憎きヒーローだとしても、不義理は働くべきではないだろう。



「えーっと……あまね。みんなそう呼んでるし、あまねって呼んでよ」



 あまねは苗字を教えることなく、名前だけを教えた。これが最大の譲歩だった。



「あまねか。可愛らしい名前じゃないか」



「でしょ。あたしも常々そう思ってるわ」



 あまねは堂々と胸を張り、自信のほどを示した。



 名前の響きの良さにはかなりの自信があった。そして、漢字ではないひらがなでの字面の可愛さにも自負していた。



 この名前は大好きな姉が考えてくれたものだそうだった。あまねはあまねという名前にこれ以上ない誇りを持っており、ずっと自慢に思っていた。



 そんなあまねを暮斗は微笑ましく見た。



 段々と打ち解けてきた、とお互い思えてきたところで、暮斗は話の本題を切り出してきた。



「なぁ、そういえばあまねはなんでさっきの奴らに追われてたんだ?」



「え?」



「あいつら……特にあのリーダーっぽいやつ。あれだけ冷酷な奴でも曲がりなりにもヒーローはヒーローだ。一般人を襲えばそれ相応のペナルティーもあるはずなんだけど……なにか狙われるような心当たりはないか?」



 あまねは再び言葉に詰まった。



「怪人だからよ♪」



 とは口が裂けても言えない。



 逡巡した結果あまねが導き出した結論は、今度はごまかすことだった。いくら命の恩人といえど、友人にすら教えていないことを教えるわけにはいかない。



「さぁー? なんでかさっぱりだわー」



 ぎこちないギクシャクした大根演技で、その場を乗り切ろうとした。



 しかし暮斗は、あからさまに怪しいあまねの挙動に全く気がつく様子もなくしきりに首を捻っていた。



 虚偽の報告に頭を悩ませても無駄でしかないのに、と少々申し訳ない気分になる。




 当たり前だが、狙われる理由を考えてもわからなかったのか暮斗は思考を断ち切った。



「考えるのはやめだ。頭が痛くなってくる」



「そ、そう。難儀な頭を持ってるのね」



「そうなんだよ。最近、なんか考え事が苦手になってなぁ。考えるより先に、感情でしか動けなくなっちまったんだよ。さっきのも完全に賭けだった。さっきの奴らか、あまねかどっちが悪いか考える前に、多勢に無勢なあまねを助けちまった」



 ――それを聞いてあまねの胸がズキリと痛む。ヒーローと怪人なら、自身たちの正義があるとはいえ反社会的なのは怪人の方である。あまねにとって敵であるヒーローも、大多数にとっては社会秩序を守る、言葉通りのヒーローなのだ。



 だというのに、暮斗はヒーローとしての信用や矜持を顧みることなく助けてくれたのだ。いや、助けてしまったのだ。他でもない怪人を。



「そ、そう……」



 あまねはヒーローに個人的な憎しみを抱いていた。世界を破壊したいとか支配したいとか、レゾナンスを持たない一般人への復讐だとか怪人達の悲願などは一切眼中になく、ただ一人のヒーローを倒すためだけに怪人連盟の末席にいた。



 自身の欲望で、敵でありながら恩人でもある暮斗の善意を踏みにじる結果となったのだ。



 あまねはある一人のヒーローを強烈に恨んでいるだけで、それ以外は普通の女の子と変わらない。簡単に他人を蹴落とすことに躊躇いを持たないほど図太くはなかった。



 今からでも本当のことを言おうか。



 そんな考えが湧いてきた頃だったが、当の暮斗は何事もなかったかのように次の話を切り出してきた。



「まぁ考えても仕方ない。とりあえずしばらくあまねのことは匿うよ。買い物してくるから、その間シャワー浴びるなりなんか食うなりなんなりと自由にしてくれ」



 そう言われてあまねは自分の服を見た。何度も吹き飛ばされたこともあり、相当汚れていた。



 着替えはどうするのだろう? とそんな疑問がすぐに湧いてきたが、口にする前に暮斗は袋に入ったままの新品のシャツと短パンを持ってきていた。



「まぁパンツは流石に男物履けとはいえないからあれだけどさ」



「あんた……初対面の女の子によくそんな軽いセクハラ出来るわね……」



「セクハラか?」



「セクハラよ! なんで暗にノーパンか二回目履くのかの選択を迫られなきゃいけないのよ! 変態!」



「だ、誰が変態だ! つーかノーパンぐらい我慢しろ」



「初対面の男の目の前でノーパンプレイなんか楽しみたくないわよ! というか初対面でなくても嫌よ!」



「じゃあどうする? ぶっちゃけ俺はあと二、三時間はお前を帰す気がない。危ないからな。場合によっちゃもっとだ。その間ずっと汚れたままでいるか?」



「ぐ……」



「よしノーパンだな。ノーパン一丁入りまーす」



 あまねは先ほど抱いた罪悪感を撤回した。目の前の男はただの馬鹿だ。



「ま、というわけでうちにあるものは適当に使って時間を潰してくれ。じゃあなんか買ってくるけど、欲しいものはあるか?」
















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