第2話 クスクス+クミン+ミント

 ゆっくり時間をかけてのランチ。


 皮付の新ゴボウは香りもよく、ほどよいえぐみで、赤ワインビネガーと調和している。

 添えてあるクスクスといっしょに口に入れたら、意外な香ばしさが広がった。

 よく見ると、クスクスには、同じ生成りのつぶつぶのすりゴマが和えてあった。


「ゴボウを酸味で食べるのって、珍しい。皮付だけど食べにくくないし、むしろ、ゴボウの味がしっかりわかって美味しい」


「それはよかったです」

「それはよかったです」


 また、二人がハモった。


「クスクスは、ベイクドトマトとごいっしょに、も、おすすめです」

「ビネガーのすっぱさ、トマトのすっぱさ、どちらも、おすすめです」


 今度は、別々におすすめを教えてくれた。

 では、おすすめに従って、味わってみましょう。

 

 ベイクドトマトをフォークの先で潰して、クスクスといっしょに口に入れる。

 ビネガーともまた違った酸味がひろがる。


「どっちの酸味も美味しい。潰したトマトがクスクスと絡まってるのも美味しい。クスクスって、デュラム小麦粉の極短パスタだったのもうなづける。うちで食べようと思っても、こんなによい加減や分量にもどらない」


「それは、たいへんですね」

「それは、たいへんですね」


「クスクスって、もどす時、いっつも量を多しくすぎて、ムクムクとボウルから溢れそうになっちゃうのよ。お湯でもどす前の見た目は、細くて粒々みたいだから、ついこれじゃ足りないっておもっちゃって、たっぷりもどしてしまって、食べきれない、なんてことになるのよ」


「今度、うちのマスターに教えてもらうといいですよ」

「時々、突発的にアルバイトを募集してるので、タイミングの合った時に、キッチンへどうぞ」


 空気のような男の子のフェザリオンと、水のような女の子のティアリオン――二人は、ここカフェハーバルスターのホール係。


 その二人から、アルバイトのお誘いとは。

 現在、職探し中なのを見透かされたのかな。

 そんなにせっぱつまってあせっているように見えるのかな、私。

 いきなりフルタイム復帰はきついから、週3くらいのバイトだったらいいかもしれない。

 と、勝手に算段が始まる私の脳。

 せっかくの失業休暇中なのに何もしないでぶらぶらするのができないのは、貧乏性なのかせっかちな性格だからなのか。


「考えておくね。ごはんの美味しいカフェで働くのは悪くないものね」


 そう言って、メインディッシュに取り掛かる。


 ミートボールのサワークリーム煮。

 最初のひと口はそのまま、次はクスクスにかけて。

 これもまた、酸味だ。

 酸味だけでない、エキゾティックな味わいは、クミンと刻んだミントが演出している。


 酸味もう一押しは、グレープフルーツと春菊のサラダ。

 ドレッシングは無しで、グレープフルーツのにがすっぱさで食べる。


 これは、大人でないと味わえないかも。

 どちらの食材にもある苦味の調和に春を感じる。


 でも、この苦酸っぱさは、人を選ぶのではないかな。

 だいたい、サラダ用のと思しきやわらかい春菊だけれど、春菊を生で食べるのは抵抗ある人が多そう。

 多そうだけど、私には、美味しい。

 そう、このカフェのランチは、今の私が欲しい風味が揃っているのだ。


「ごちそうさまでした。ハーブやスパイスと野菜の取り合わせが自分ではしない種類だから、おもしろいし、味もいいし、なにより美味しい! 」


 みんな、おいしい。

 素直に笑みがもれる。

 ああ、美味しいって言えるようになった。

 少し復活したかも。

 とりあえず、外でゴハンする気力が出てきた。

 ランチするゆとりが、まだ生活費にある。

 ずれた会話が、少しずつすり合っていくのに和める。


 壁掛けの箱型からくり時計が、午後2時を告げて陽気に動き出した頃、食後のコーヒーオリオンブレンドと、「本日のおたのしみ」柚ピールのマドレーヌが運ばれてきた。


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