Ⅶ 言葉の魔法
次の文を日本語に訳しなさい
Words and sounds have mysterious powers like glamour.
glamour : 魅力, 魔法
「もう、どうすればいいのー!?」
自分の部屋で今日出された課題に頭を悩ませていると、ポキポキというLINEの通知音が聞こえてきた。あ、珀からだ。わたしは霞たちとのグループLINEを開く。
「夏祭りで吹けたらいいなって思って曲を作ってみたんだ。どうかな?」
わたしはイヤホンを取り出して、メッセージと一緒に送られてきた動画を見てみた。画面は真っ黒だけど、スマホからきれいなピアノの音が聞こえてくる。鍵盤を叩く瞬間に出てくる力強い
次の日
珀から連絡があって、わたしたち7人は食堂に集まった。たくさんの譜面を持った珀を中心にみんなが集まって、それぞれに手渡されていく。見てみると、1ページ目の一番上に『みんなの行進曲』と書いてあった。これ、この曲のタイトルなのかな?
「初めて作曲したから、たぶん譜面上の間違いとかたくさんあると思うけど、みんなで調整していこうね。」
珀の言葉に、みんなが頷く。わたしはもう一度配られた譜面を眺めてみた。この譜面には、昨日スマホから流れてきた曲が書かれているんだよね。なんだかワクワクしてきた。でも、自分もうまく譜面を読めるようになるのだろうか?
「澄、どう?なんとかなりそうかな?」
珀がわたしの顔を覗き込むようにして話しかけてきた。
「なんとかなりそうかはまだちょっと……。譜面だってまだ読めないし、正直吹いてみないと分からないからさ。」
みんなから「あー」という声が上がる。そして、わたし以外の6人で何やら相談を始めた。少し時間が経って、焔がわたしの方に顔を向ける。
「澄、じゃあ空きコマを使ってみんなで教えるっていうのはどう?」
焔の一言で、わたしの心に日が差し、少しずつ晴れていく。みんなからも笑顔があふれてくる。
「そうしてくれると嬉しい!」
「じゃあ決まりだね!」
霞のはしゃぐ声が聞こえてくる。わたしの抱えていた不安が、霞の笑い声で少しずつ洗い流されていくように感じた。
今日は最初の練習日。陽の光や暖かさを感じながら、わたしはオーボエのケースを肩から斜めにかけて、スキップをしながら大学へ向かう。今日空きコマで教えてくれるのは、ホルン担当の凪。怒ったら怖そうだけど、いつも優しく話してくれるから安心して吹けそう!わたしは笑顔を浮かべながら、最初に受ける授業の教室へ向かった。
授業が終わって、わたしはドキドキしながら練習する教室へ向かっていく。この前、大学へ練習場所の相談に行って、この教室が空いていることを教えてくれたの。わたしたちがいつも使っている棟とは違うんだけど、しっかり防音対策がされている教室を教えてくれて、みんなで歓声を上げたんだっけ?わたしはその教室のドアを恐る恐る開けようとする。けど、その教室のドアは重い鉄製になっていて、開けるのに少し手間取った。体全体を使いながらドアを開けると、中ではもう凪がケースの中から金色に輝くホルンを準備して待っているのが見える。
「ごめん、待った?」
「ううん、大丈夫だよ。少しウォーミングアップしたいなって思って早く来ただけだし。」
「そっかそっか。」
わたしは荷物を下ろし、素早くオーボエを組み立てていく。凪は、自分の譜面を真剣なまなざしで眺めていた。オーボエの準備を終えたわたしは、凪の隣に置かれた椅子に座る。うわぁ、急に緊張してきた。
「澄、ちょっと譜面見せてもらってもいい?うちが澄の譜面を見てる間、音出ししてていいよ。」
わたしは頷いて凪に譜面を渡す。その後にわたしはオーボエを構え、息を吹き込んだ。自然と指が動き、教室中に艶やかなオーボエの音が響き渡る。楽器を吹いている間、自分がぐっと大人びたように感じた。それに、防音室の中って空気が重く暗い感じがするけれど、その空気がわたしと音で揺らされて、きらきらと輝き始めたように思える。わたしがその光景に目を奪われていると、横から凪がため息をついた声が聞こえた。
「凪、どうかしたの?」
「それがね、うちと澄は曲中であんまり同じ動きを吹いてないみたいなんだよね……。」
「え?そうなの?」
「うん。うちは伴奏を中心に吹いているんだけど、澄は譜面を見る限り旋律を中心に吹いてるような気がする。一回音に出してみないと何とも言えないけれど……。」
「どうしようか?」と呟く凪の表情が次第に曇っていく……。
「じゃ、じゃあ質問。凪は、譜面を見たときにどうやって音符の羅列に抑揚をつけていくの?」
「え?」
凪は目を丸くしてから、あごに手を当てて考え始めた。そして、ポツリと呟いていく。
「うーん……。難しい質問だね。これ、ちゃんとした演奏家にちょっと怒られちゃいそうなことなんだけど……。」
そう言って、凪は自分のスマホを取り出した。そして何やら操作をしていく。すると、きれいなピアノの音が聞こえてきた。
「一つは耳コピをすること。これが一番手っ取り早い。でも、これをやっちゃうといつまでたっても譜面が読めるようにならなかったり、ほかの曲での応用ができなくなったりするの。だから今後のことを考えると、あまりお勧めはできない方法かな。もちろん、参考程度に聞くことはあるけどね。」
わたしは頷きながら、凪の話を聞いていく。
「もう一つは、自己流になっちゃうし、ちょっと恥ずかしいことなんだけど……。適当に歌詞を付けて、ひたすら歌う。抑揚の付け方を研究するにはもってこいなんだけど、場所を考えて歌わないと変人扱いされちゃうんだよね……。」
わたしはその言葉にぷぷぷと笑ってしまった。凪が頬を膨らませる。
「ご、ごめん……。あまりに真剣な表情でそんなこと言うから、ツボに入っちゃって……。」
「もー!」
凪が頬を赤らめ、わたしの笑い声が教室に響いた。
「でも、聞いてみたい!」
「えー!」
凪はムッとした表情をしたものの、了承してくれた。譜面に書き込みしてもいいかって聞いてから、何やらアルファベットを書いていく。その後に、ホルンを構えて吹き始めた。ホルンの伸びやかな音が教室に響いていく。まるで、この教室から自然豊かな牧場へ、場所が移ったみたい。
「じゃあ、歌うよ。」
わたしが頷くと、凪は目を閉じて思いっきり息を吸った。
「♪何かの偶然で出会ったわたしたち
思いもかけなかった今を描く
♪変哲もない普通の日常
きらめく魔法をかけよう」
凪のきれいな歌声。そして素敵な歌詞。わたしは目を輝かせた。
「凪すごい!この先も聞きたい!」
「やめてよ、恥ずかしい……。」
凪は再び顔を赤らめる。わたしは頬を膨らませた。
「えー、いいじゃん。もっと聞きたい!」
「じゃあまた今度ね。」
凪がこう言った瞬間、急にガタンと縦揺れが起こった。地震かと思って、わたしは素早くドアのところへ行き、開ける。すると、廊下から悲鳴や混乱して逃げ惑う人たちが見える。近くの窓から、ディソナンスが暴れているのが見えた。
「凪!ディソナンス!」
凪が頷き、部屋の外に出た。そばに人がいないことを確認して、凪と一緒に呪文を唱える。
「「グラマー 」」
アイレ!エスパシオ!
「きらめく
「きらめく
「「きらめく音はみんなの力!伝われ、Ensemble!」」
わたしたちが変身すると、また大きな縦揺れが校舎を襲ってきた。近くの教室から悲鳴が聞こえてくる。わたしは目の前にあった窓を開けて、凪と一緒に外へ飛び出した。
「あら、いらっしゃいましたね。今回も2人ですか?」
ディソナンスの影から、フロッシブが現れる。そして、ニヤリと不敵な笑みをこぼした。
「フロッシブ、何しに来たわけ?」
凪が腕を組みながら、フロッシブに釘を刺すように話しかけていく。
「そんなの、あなたたちに関係ないではありませんか?生意気な小娘たちですねぇ……。」
わたしたちとフロッシブとの間に、ぴしりとヒビが入った感じがした。ディソナンスが戦闘態勢に入る。
「ディソナンス、この2人を生意気な口が聞けないように倒してしまいなさい!」
フロッシブの言葉を聞いたと同時に、ディソナンスがわたしたちに向かって飛び出してくる。わたしは剣を握りしめた。すると、凪が扇を手にしてわたしの前に出てくる。そして力を込め、扇を左上から右下に向かって大きく振った。わたしの後ろから、台風を思い出すほどの強い風がディソナンスに向かって吹き込まれる。その風に押されて、ディソナンスの動きが少し遅くなった。わたしは少し後ろに下がり、助走をつけてディソナンスの方へ飛び出していく。そして思いっきりディソナンスを切りつけた。ディソナンスは悲鳴をあげて一度後ずさりしたものの、フロッシブの鋭い視線を受けてまたわたしたちに向かってくる。
「澄、一緒に行くよ!」
「うん!」
わたしと凪は助走をつけて、同時に飛び上がった。それに気付いたディソナンスが、わたしたちを地面に叩きつけようと手を高く挙げる。わたしたちの上で輝いている太陽が隠れて、ディソナンスの巨大な手によってわたしたちを覆い尽くそうとしているのが分かった。わたしがそれを見て体を縮こませていると、右腕が急に掴まれる。そして体がぎゅっと引き込まれて、ふんわりと右側に移動した。すると、わたしのすぐ横をディソナンスの手が通っていく。
「ちょっと、ボーとしてないでよ。」
「ありがとう、凪。」
そのつかの間、凪の横に何かの気配を感じる。凪もわたしの後に気付いたけれど、一足遅かった。ディソナンスがわたしたち2人を横から叩き、その反動で地面に真っ逆さまに落ちていく。落ちていく方向に目を向けると、大学を囲むように存在している森が見えた。
「そんな……。」
わたしは固く目を閉じる。その瞬間、バサッという音とともに森の木々に突っ込んだ。それだけではディソナンスによって叩かれた勢いを吸収することができなくて、バサバサという音を耳で聞きながら森の奥へ引きずられていく。体の至る所に痛みが走り、ときにはビリビリと服が破けていく音が聞こえてくる。木の太い幹にぶつかって、ようやく動きが止まった。でも、そのときに背中の方から鈍い音が聞こえて、わたしは力なくその場で地面に向かって落下してしまう。そして地面に強く叩きつけられて、わたしのすぐ横にさっきまで自分で持っていた剣が突き刺さった。あまりの勢いに辺りの木々が全て折れてなくなっている。横にむくと、突き刺さっている剣の奥で、わたしと同じように倒れている凪の姿が見えた。必死に体を起こそうとするけれど、上手く力が入らなくて起き上がれない。ディソナンスに叩かれた体の右側が熱を持って、腕が赤く腫れている。それだけではなくて、服の至る所がビリビリに破れて、体のあちこちに傷ができている。あまりの痛みと熱さに、意識が飛んでいきそうな気がした。
「これでやっと降参ですかね、2人とも。」
フロッシブがさくさくという音をたてながら、わたしたちの方に近づいてくる。だんだん意識が朦朧としてきた。体から力が抜けて、視界が真っ暗になっていく……。
気付くと、わたしの周りは暗闇に包まれていた。なんか不思議。とわたしの体から痛みが消えていて、いつも通りに立ち上がれる。すると、星のような小さな光がサッとバウンドしながら流れていくのが見えた。そして、練習してる時に聞いた凪の歌声が聞こえてくる。
♪何かの偶然で出会ったわたしたち
思いもかけなかった今を描く
♪変哲もない普通の日常
きらめく魔法をかけよう
心臓がドキンと波打ち、どこか優しくて温かなものが体中に広がっていく。わたしは目をつぶり、胸を押さえた。
“ 言葉や音には
魔法のような不思議な力がある”
そんな声がどこかから聞こえてきた。この言葉、小さい頃から同じような言葉を何度も言い聞かせられてきた言葉だ。
“ 不意にでた一言やフレーズによって、
人を幸せに導くことも
どん底に陥れることもできる”
この言葉が、わたしの心に刻まれる。言葉や音に込められている人の心を動かす不思議な力。わたしたちは日々、この力に惑わされている。時々この力が嫌になって、自分の気持ちを力から隠してしまうことだってある。けれど、わたしはこの不思議な力を
わたしが目を開けると、ぼんやりと地面に突き刺さった剣と奥に倒れている凪の姿が見えた。体に力を入れようとしてみると、いつもよりは弱いものの、力が少し入るようになっている。わたしは力を振り絞ってその場でゆっくりと立ち上がってから、凪に向かっておぼつかない足取りで歩いていく。歩みを進めていくたびに、わたしの体がさっきの暗闇の中と同じように、白い光に包まれていく。
「♪みんな力の魔法を使い
素敵な仲間と一緒に
♪幸せの音符探して」
やっとの思いで、凪の前までたどり着いた。そして、凪に右手を差し出す。
「♪一緒に歌を歌おう」
凪が体を震わせながら、ゆっくりと体を起こす。そして、頷いてからわたしの差し出した手を取った。その瞬間に、凪の体が緑色の光に包み込まれる。そして、2人の光から微かに音が聞こえてきた。
「これ、オーボエの音?」
「オーボエだけじゃない。ホルンの音も聞こえる。」
2つの楽器の音に耳を澄ませていると、次第に体中の痛みが消えていった。気がつくと、ビリビリに破れていた服が綺麗に元通りになっている。凪がその場で元気よく立ち上がった。
「いったい何が起こっているんだ!?」
フロッシブの動揺した声が聞こえてきた。わたしと凪は顔を合わせ、2人一緒に頷く。
「残念ね、フロッシブ。これで観念なさい!」
「「ハピネス 」」
アイレ!エスパシオ!
2人を包んでいた光が、手に集まっていく。そして、その光がそれぞれのタクトに姿を変えた。
「「響け!安らぎと再生の
順番にタクトを振ると、それぞれの音が辺りに響き渡った。そして2人一緒にその場で飛び上がり、ディソナンスを囲むようにタクトで円を描く。
「「ハピネス!デスカンソ・リバース!」」
わたしたちが囲んだ円から光が放たれ、ディソナンスがその光に包み込まれた。そして、ディソナンスの悲鳴とともに姿が少しずつ消えていく……。
変身が解除されると、わたしと凪はその場に倒れ込んだ。力が抜け、そのまま動けなくなる。その姿を見て、2人で吹き出し笑いあった。
その日の夜
わたしと凪はグループLINEの方で提案をした。〝珀が作ってくれた曲に、歌詞を付けよう〟って。その提案にみんなからの反対の声はなくて、一緒に続きの歌詞を考えることになった。
え?どんな歌詞になったのかって?それはまた、今度の話。
~Seguito~
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