第三十七話 少しでもわかりたい
背中に冷や汗が流れ始めた時、タイミングよく両手に冷やしたトマトを持ったツバサさんが戻って来てくれた。
場の空気が何となく重い事を察したのか一度私たちの顔を見て、困った様に眉を下げた。
どうやら心を今の一瞬で読んだようだ。
手に持っていたトマトを私たちに差し出しながら、ツバサさんは自分のトマトを一口かじると、口を開いた。
「アォウル国は、五年ほど前に王が交代となりました。前王は心のお優しい方で、私たちの村の事にも理解があり、領土とは関係無しに良好な関係を築きたいといっていました」
「いいじいさんだった」
二人の穏やかな表情を見る限り、本当にいい人だった事は分った。
「しかし、その前王が病に倒れ、即位を今の王に継がせたのです。彼は前王の息子ではありますが、昔からかなりわがままな方で」
「そいつは自分の領土を広げる事ばかり考えていて……一度村に攻め入ってきたこともある」
一瞬にして二人は険しい顔になった。
過去のそのときを思い出しているのか、苦痛の表情が伺える。
「結論からいいますと、返り討ちにしました。前にもお話しをしましたが私たち村人は、武術や剣術などに優れた才能がある者が多いので」
「だけどそれからというもの、御手洗とあったときの様に無断で森を抜けて入ろうとするやからが増えてな。こっちとしては迷惑な話だ」
「……あの国王が綾様を呼んだということは、また何か企んでいるに違いないと思います」
「ケッ相変わらずムカつく王様だよ。さっさと交代した方が国の民の為になるっての」
不機嫌そうなセイゴさんと、辛そうな表情のツバサさんにかける言葉が私には見つからなかった。
まだ一口もかじっていない冷やされたトマトが、私の体温を奪っているようなそんな気がしてならなかった。
「さて、この辺で話は終わりにしましょう。収穫したものの選別作業もありますから、一度城に戻りましょう。セイゴ、警備に戻る前にコレを運んでください」
「面倒」
「夕飯はあなたの好きなものにしますから」
まるで本物の家族のように話をし始める二人。
そんな二人の会話が、どこか遠いもののように感じる。
今まで平和に暮らして来た私には、領土だの攻め入るだの、分らない話だ。
でも、二人が辛そうにしているという事は、この話以外にも色々あるに違いないと思った。
きっとこの二人には、もっと大きな傷があるんだ。
「綾様、明日は収穫祭です。あと少しなのでがんばってくださいね」
優しく私にかけてくれるその言葉が、なぜか無理をしているように見えた。
だけど、今は口を出せる訳も無く「はい」と小さく返事をして立ち上がった。
スズメさんの言っていた事を思い出した。
『彼らに協力してほしい』
あの人が一体何者なのか未だに分らないが、でも今の二人を見ていたら、私は出来るかぎり協力してあげようという気持ちになった。
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