第52話 お父さんの銃

 話は数時間前に遡る。


 諸々の話の後に、千鶴子は押し入れから木箱を一つ引っ張り出して十魔子の前に置いた。


「これを持って行きなさい」


 千鶴子が木箱の蓋を開けると、そこには一丁の拳銃であった。大きくて無骨なリボルバー式、装弾数は5。


 十魔子はこれに見覚えがある。父、照彦が愛用していた銃だ。


「これって、お父さんの?」


「そう、照彦さんの拳銃。なんでも五十口径だとかなんとか。弾はいま弾倉に入っている5発だけだから、あとは自分でなんとかなさい」


 そう言うと、千鶴子は木箱を十魔子へ押し出した。


「ち、ちょっと待ってよ!」


 十魔子は木箱を押し返す。


「これ、お父さんの大事な形見じゃない。なんでわたしに!?」


「使えるものをわざわざ遊ばせる事もないでしょ? 結晶銃だってただじゃないんだから」


 千鶴子は再び木箱を押し出す。


 もちろん、これは本物の銃ではない。


 霊気が凝縮した霊気結晶を銃弾に加工した結晶弾を撃てる、結晶銃と呼ばれる拳銃だ。わざわざ本物の銃を模する必要はないのだが、そこは製作者の趣味らしい。


「せっかくだけど、わたしには人霊術があるし……」


 十魔子も再び木箱を押し返す。


「なら、健作さんに使ってもらいなさい。あの子には必要でしょ?」


 三度、千鶴子が押し出そうとする木箱を、十魔子が押さえつけた。


「待ってよ。なんでお父さんの形見を健作君にあげなきゃならないのよ!?」


「あら、勘違いしないで。これはあなたにあげるのよ。あなたがどうするかはあなた自身が決めなさい。人に預けるのが嫌なら自分で使うのもいいでしょう」


「使うったってこれ……」


 父の使っていた銃は、扱いやすさやコストパフォーマンスを度外視し、とにかく威力を求めた怪物銃である。


 モデルになった拳銃も、世界最強を追い求めた結果、実用性を度外視したロマン砲である。ひとたび撃てば、腕が痺れて字も書けない日が続くという。


 サイズも大きく、そして重い。


 魔術によって身体を一時的に強化できるといっても、平均的な日本の女子高生の体格をもつ十魔子には手に余る。


「まぁ、なにかの役に立つかもしれないし、お守り代わりに持っておいて損はないでしょ。ウチに置いといても埃を被るだけなんだし」


「だ、だけど……」


 なおを受け取りを渋る十魔子を、千鶴子は鋭い目で見据えた。


「十魔子、あなたは頭が固すぎるわ」


「え?」


「伝統に縛られた従来の魔術師にとっては、頑なさは武器になるけど、あなたの人霊術は自由な心でこそ真価を発揮するの。あなたは人霊術を器用貧乏というけど、器用貧乏で終わるか、万能の魔術にするかはあなた次第なのよ」


「……」


 俯く十魔子の手に、千鶴子は銃が入った木箱を持たせた。


「あなたが出来ると信じればなんだって出来るんだから、もっと柔軟に構えていてもいいのよ」


「う、うん……」


「もちろん、健作さんとのこともね」


「いや、それいま関係ないでしょ!」


 このようなやりとりの末、父の銃は今、十魔子の手にある。


(お父さんが今の状況を知ったらどう思うかな……)


 十魔子の記憶の中の父、竜見照彦は、優しくて強い理想の父であった。


 詳しくは知らされていないが、どうやら国防に関わる仕事についていたらしい。


 なので、家を空ける事が多かったが、家にいる時はいつも十魔子のそばにいてくれた。


 人霊術の他にも沢山のことを教わったし、十魔子が幼さゆえに失敗した時も、滔々と優しく言い聞かせるように叱ってくれたものだ。


 そんな時にも、魔術師としての父を訪ねて、多くの人があの山奥の小屋を訪ねて来た。


 大企業の経営者、大物政治家、誰もが知ってる芸能人、警察関係者、暴力団の幹部、そして同業の魔術師たち。


 父はその誰もを分け隔てなく話を聞き、そして助けて来た。


 彼らの話を聞いている時の父は、普段とは違い、厳しく冷静な目で相手を見据えていた。その時の父を、十魔子は怖いと思うのと同時に、かっこいいと思った。あんなふうになりたいと。


(もし、お父さんと健作くんが出会ったら……)


 父はどんな顔をするだろうか?


 十魔子に向けたような優しい眼差しを健作にも向けてくれるだろうか?


 はたまた、あの厳しい目で健作を見据えるのだろうか?


 それとも、もっと違う目を……。


「あーもう! こんな時に何を考えてるのよわたしは!」


 十魔子は頭を振って煩悩を振り払い、銃を懐にしまう。


「集中、集中!」


 自分の頬を叩き、改めてトイレの中を見渡す。


 と、言っても一階のトイレと全く同じ事造りで大して変化はない。行き交う幻影が一階のよりもやや大きい程度だ。


 相変わらず邪悪な気配はない。しかし、何かはいる。そして、穢れも相応に溜まっている。これだけ古い建物だ、定期的に清めたとしても穢れの残りが染みつく事は避けられない。


 この積り積もった穢れを求めて悪魔が入り込む事はままある。邪悪な気配はしないからと言って油断は出来ない。


 十魔子はメフィストの前例を思い出す。


(万が一は起こる。そう考えるべきよね)


 十魔子は細心の注意を払いつつトイレを点検し、最後に窓際に立った。


 この窓は校庭に面している。


 窓の外は青く晴れ渡り、子供たちが元気に思い思いの方法で遊んでいる。


 校庭の真ん中よりやや旧校舎寄りのエリアではドッジボールで遊んでいる集団がいる。


 その中の1人、一際元気に動き回っている少年が目についた。


 なんとも能天気な顔つきをしていて、腰にはウエストポーチをつけている。邪魔臭くないのだろうか?


 ウエストポーチの少年が投げたボールが相手陣営の1人に当たった。最後の1人だったので少年のチームの勝ちだ。


 少年は大袈裟に喜んでコート内を駆け回る。


 その時、チャイムが鳴って子供達が新しい校舎に引き返して行った。少年も新校舎に向かう。


 ふと、少年が足を止め、何気なしにこちらを見た。


 少年は米粒に見えるほど遠くにいたが、間違いなく目が合った。


 胸の奥に高鳴るものを感じた。

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