第41話 偶像ショッピング
明くる日の放課後。
「こ、こちらになります。ごご、ご確認ください」
作業着を身に着け、溶接用のかぶり面を被った男が、少しどもりながら一本の木刀をカウンターに置いた。
健作は木刀を手に取って、控えめに振ってみる。
「すごい。木刀なんか触った事ないけど、いい感触ですね。馴染むってこういう事を言うのか……」
ここは、黄麻台から電車で30分ほどのとある歓楽街にある模型屋である。
偶像器とは、魔術の基本である霊質変化を補助するための道具。すなわち魔術師用の武具である。
異界で採取できる異界物質をふんだんに使い、特殊で奇怪な方法で作られたそれは、武具の形をした神仏の像である。これに霊気を流し込む事で、霊質をモデルとなった神のそれへと近づけるのである。当然だが、異教の神の偶像器を用いても、その効果を十全に発揮することはできない。
しかし、この木刀は別に偶像器というわけではない。先日、十魔子の母が管理してる山の異界で妖怪の切り裂きジャックと戦って倒した後、そこに生えている木霊から、切り倒された自分の幹を貰ったのである。
その幹を切り出して作った木刀であり、霊気が染み込んでいるため妖怪や幽霊を殴ることができるが、それだけである。
ちなみに、今日十魔子はその山へ行っている。里帰りというわけではないが、何やら用事があるようだ。
「ありがとうございます。これでその辺の粗大ごみを武器にしないで済みますよ」
健作は木刀をウエストポーチに閉まった。
「……あ」
ポーチの中で何かに触れた。取り出すとそれは小さな瓶であった。その中にさらに小さな結晶が転がっている。
これは魂魄結晶。妖怪を倒した後に残るこの小さな結晶には、その妖怪の情報が全て詰まっている。切り裂きジャックを倒した後に手に入れたものだ。
「……」
健作は無言で結晶を睨んでいる。
「つ、作りますか? 偶像器」
「あ、いや……」
健作は言い淀んだ。
偶像器は極めて高価な
偶像器は武具であると同時に偶像。つまり芸術品でもある。
その製法は製作者のインスピレーションがもととなる。
何月何日にどこで作るというのは序の口で、木に吊るすだの池に沈めるだのといったわけのわからない工程も挟まれる。そうした複雑怪奇な過程を経て、初めて霊質を変える力を備わるのである。
工房の壁に掛かっている世界各国から仕入れられた偶像器。健作にはただの武具にしか見えないが、しかし、その一つ一つが製作者の閃きと多大な労力によって作られた作品なのだ。
そんな偶像器は最低でも一千万円はする。材料と労力を考えれば当然であろう。
だが、健作が持っている魂魄結晶を使えば話は別だ。
魂魄結晶に霊気を通せば、その霊気は魂魄結晶の妖怪のものとなる。
偶像器の役割である霊質変化が、この石ころ一つで賄えるのだ。
なので、魂魄結晶を組み込んで偶像器を作れば、最も費用が掛かる製法の部分を一気になくせる。そのため、値段が材料費の百万円程度で済む。
しかし、この魂魄結晶も最低一千万円ほどの高値で取引される。
「う~ん……」
魂魄結晶を売って高値で偶像器を買うか、魂魄結晶を使って安く偶像器を作るか、健作はこの一週間、悩みに悩み続けて、そして今も大いに悩んで―
「保留で」
結論を先延ばしにするのであった。
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