第38話 返答

「アドレスを入力して、ファイルを添付して、送信。届いた?」


「ちょっと待って、えっと……」


 十魔子はスマホの画面を睨みつけ、震える指を画面に近づけていく。


 昼休みの体育館裏。ゴミを捨てていた二人組の写真を渡している最中だ。


「メール。メールを開くのよね? ……メールのボタンが無いんだけど」


「ボタンじゃなくてアプリね。ちょっと見せて」


 健作は十魔子のスマホを覗き込んだ。


 切り株から持たせられているスマホだが、画面は雑多なアプリでびっしりだ。


 電子書籍、映像配信、音楽配信、地図、天気予報、姓名判断なんてものもある。そして、様々なゲームアプリ。


 画面を何度かスライドさせて、画面の隅にメールアプリをようやく見つけた。


「あった、あった」


 手を伸ばしてメールアプリを押す。


「で、受信箱に……。あった。このファイルを開く。と」


 スマホの画面に、逃げ去るトラックの画像が写される。トラックは豆粒くらいの大きさだ。


「……小さいわね」


「で、写真を押して、メールで送る。メール作成に行くからお義母さんアドレスを入れて」


 十魔子がたどたどしい手つきで千鶴子のアドレスを入力する。


「送信と。これで届いたはず」


「あ、これでいいのね。こういうの慣れてないからわかりにくくて。……ていうか、近い」


 いつの間にか健作は十魔子に密着していた。


「あ、ごめん」

 瞬時に離れる健作。ごまかすように笑う。


「……まぁ、あとは向こうで何とかするでしょ」


 十魔子はスマホを仕舞って、健作に向きなおった。コンクリートの地面に正座で座る。


 つられて健作も正座になる。


「……」


 十魔子は、まるで決闘に挑むかのように険しい顔つきになる。


「正直に言うと、あなたの事は嫌いじゃない」


「本当!?」


 健作の顔がパァっと明るくなる。


「でも、好きかと言われると、それも違う。よくわからないと言うのが正直なわたしの気持ち」


「そ、そう……」


「これが、もし、普通の女の子だったら、とりあえず付き合ってみて、好きになったり嫌いになったりするんだろうけど━」


「ふむふむ」


「それが私にはできないの」


「なんで?」


「私はこの学校に異界造りをしにきたの。メフィストがそう言ってたでしょ?」


「あぁ〜」


 異界造りとは、あらかじめ無害な妖怪を異界に住まわせる事によって、有害な妖怪がやってくるのを防ぐという手法である。それが十魔子の仕事なのだ。


「私は自分を知ってる。あなたとお付き合いしながら異界造りをこなすなんて器用な事はできないのよ」


「そうかな? ドラマとかだと仕事も恋愛も両立してる女の人も多いけど……」


「その人達は器用なんでしょうけど、私はちがう。それに、もし、いい加減な異界を造ってメフィストみたいなのが入り込んで誰かが襲われたらどうするの? あなたが分霊人になって助かったのは奇跡みたいなものなのよ? 私は奇跡が二度起こるのを期待するほと楽観主義者じゃないの!」


 十魔子は捲し立てた後、目を伏せ、遠慮がちに話し出す。


「だから、あなたの気持ちは嬉しいけど、お付き合いする事は、その……」


 声が段々とか細くなる。


 健作は目を閉じ、小さく頷いた。


「……わかった。大丈夫。皆まで言わなくてもいいよ」


「……ごめん」


「つまり、異界造りが終わったら、お付き合いができるって事だね?」


「……はぁ!?」


 予想外の理屈に十魔子の声が裏返った。


 健作が希望に満ちた顔を近づけてくる。


「いや、あの、まだお付き合いできると決まったわけじゃ……」


「じゃあこうしよう。俺が十魔子さんを手伝って、なるべく早く異界造りを終わらせるから、その後で返事を聞かせてほしい。YESかNOかで。それでいい?」


「え? あ、はい……。あれ?」


 健作の勢いに、十魔子は思わず頷いてしまった。


「いぃぃやったぁぁぁぁぁぁ!!!」


 喜びのあまり、健作は跳び上がり、校舎が震える程の歓声を上げた。


「ちょ、ちょっと、声が大きい」


 その時、昼休み終了5分前のチャイムが鳴った。


「おっと、もう終わりか。じゃあ十魔子さん。明日、いや今日から頑張ろうね。イヤッフー」


 健作は足取り軽く、スキップしながら教室に向かった。


 残された十魔子は一人頭を抱える。


「……なんだろう。取り返しのつかない事態になった気がする」


第二章 終わり

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