第9話 解決 と 解雇


 優衣達の償いも解消し、和気藹々わきあいあいなごんでいた俺達。

 そんな優衣の声かけで……まぁ、万事解決したのだからと、立ち上がろうとしていた俺達兄妹を襲った悲劇。

 いや、足がしびれてバランスを崩した小豆が倒れこんできただけなのですが。

 しかし、直後俺達兄妹を中心に……更には、あまねるも加わり始まった突発イベントを実施していた工場内。

 そんな余韻よいんが全員を包む中。先に立ち上がっている小豆とあまねるを見上げて、俺は地面に座って足をのばしていたのだった。 


「……うん……」


 もうすっかりと足の痺れもなくなっているし、これなら大丈夫だよな?

 上半身を起こした状態で、完全に足の痺れがなくなっていることを確認していた俺。

 思わぬハプニングで大幅に時間が経過しているとは言え、足が完全に回復しないことには最初から身動きが取れなかったんだし、結果オーライなのだろう。

 とは言え透達もいるし、染谷さんだっている。だから大事には至らないだろうとは思っていた。

 染谷さんは、有数の財閥――しかも次期当主であり、御両親にとって大事な一人娘である彼女の側近。そう、直属の執事を任されているだけあって、武道の心得はある。いや、実力で言えば俺より上なのだ。

 一応、染谷さんも俺の親父と江田さんに柔道の指南しなんを受けている。

 だからそんな関係上、先に指南を受け始めていた俺が『兄弟子』とはなっているが……彼は執事になる為に、小さい頃から武道の鍛錬たんれんおこたらなかったそうだ。

 つまり、偶然知り合ったから親父達に指南を受けているだけ。そう、受ける前から実力は相当なレベルに達していたのである。

 要するに俺なんかじゃ足元にも及ばないレベルだってこと。そして形式上の兄弟子なだけなので、実際には年上だってこともあり、俺の方が染谷さんのことを「兄貴」だと思ってしたっているのだった。


「……ふっ、はっ……くっ……」

「……お兄ちゃん、何やっているのぉ~?」

「どうしたのですかぁ~、お兄様?」

「いや、なんでもないぞ? うっ、くっ、ほっ! ふぅ。――よいしょっと……」


 色々な意味で強張っていた体をほぐすように、地面に座ったままストレッチを始める俺。準備運動は大事だからな。

 既に立ち上がっていた二人は俺を見下ろし不思議そうに声をかけてきた。

 そんな二人に言葉を送りながらも、ストレッチを継続する俺。

 すっかり体もほぐれたことを確認して軽く息を吐き出した俺は、勢いよく立ち上がるのだった。

 さてさてさぁて……そろそろ『授業』を開始しましょうかね?

 入り口の時の意気込みとは少し違っているけどさ。あの時は優衣達含めた『彼女達全員』にするつもりだったし。

 でもまぁ、臨機応変りんきおうへんってことで問題ないのだろう。

 俺はエンドカードに向けての『ラストシーン』を始める為、気持ちを切り替えて行動に移そうとしていたのだった。


◇6◇


 結局、優衣達との件はあまねるが解決してくれた。俺には何もできることはなかった。

 えらそうに出向いたところで、結局二人に頼るしかなかった。

「そんな自責の念が植えつけられていた」のは事実だ。

 しかし。

 それは『俺達三人と優衣達との話』でしかない。当然だけど、それ以外の話は含んでいない。

 そう、ここから先は『俺にしか解決できない』問題であり、『俺がするべき仕事』なんだと思っている。


 まぁ、染谷さんがいたのは想定外だったけどさ。

 透達がいる時点で、例え俺が麻痺まひによる拘束時間。うん、足が痺れて動けなくても――

『なせば大抵なんとかなる!』とは思っていた。完全に丸投げしている俺だけど。

 きっと透達のこと。何が起こっても――

『なるべく諦めない』でいてくれると信じている。俺は諦めたけどね。

 ……そうだな。

『挨拶はきちんと』してくれていたし。あっ、俺できていなかった……彼女達への自己紹介は、きちんとしていたけど。しつこいくらいに……。

『よく寝て、よく食べる』は……寝ているひまはなかったけど、メンチカツをよく食べていたな。半分合格。

『悩んだら相談!』は……悩んだけど誰にも相談しなかったなぁ。いや、この状況では相談できなかったんですが。


 ……結論。俺は勇者にはなれないようだ。

 そんな訳で俺はしぶしぶ就職を決意……いや、普通に進学できないと思うので決意しているだけです。

 って、今考えることではないし……なにより、異世界転生の予定も勇者になりたい訳でもないのだがな。話を戻そう。


 だから俺は明白な危惧きぐを理解しながらも、土下座をするなんて無謀むぼうな行動を取れていたのである。

 そう、仮に俺が動けなくても、透達が小豆達をフダツキの暴走からまもってくれるって、さ。

 まぁ、俺が先手を打っておいた牽制けんせいが効果絶大のようで、透達の存在は徒労とろうに終わったのだがな……。

 とは言え。


「――それでは、本当に今日のところはお開きにしましょう?」


 ゆきのんの笑顔に添えられた声かけのもと、妹達は清々すがすがしい笑顔で了承していた。そう、エンディングを迎えようとしていたのである。

 だけど、このままエンドカードを迎える訳にもいかない。迎えることは許されないんだ。


「……」

「……お兄さん、どうかされました?」

「……あぁ、ゆきのん……いや、ちょとな?」


 俺は和やかなムードに包まれている妹達に背を向けて歩みを進めていた。

 妹達とは少し離れた場所――ちょうどフダツキ連中と妹達の間にいたゆきのん。

 まぁ、師匠と一緒に帰り支度じたくをして戻ってきたからなのだが。

 彼女は自分の方へと歩いてくる俺に気づいて眺めていたのだが、俺がそのまま素通りしたことに疑問を覚えたのだろう。

 背中越しに疑問を発する彼女の声が響いてくる。

 俺はゆきのんを通り過ぎて、少し歩いてから後ろを振り向き声をかけていた。まぁ、別に彼女を見つめていたのではないのだが。

 そんな俺の視界の先、俺の方へと歩いてくる透達の姿を確認する。

 きっと俺の考えなんてお見通しだと思っていたからさ。特に透達に言葉をかけることもなく、前へと歩き出していたのだった。


 なお、俺の会話でわかるように彼女のことを「ゆきのん」と愛称で呼ぶことになっていた。

 うん、結局あの直後……妹達全員の名前を呼び捨てにすることになる。まぁ、当たり前なんだけど。

 世の中はそんなに甘くないのですよね……。

 いや、優衣達を呼び捨てにしていたし、他の妹達も普通に呼び捨てにできたんだけどさ。ゆきのんだけは少しハードルが高かったんだよね……なんとなく。だから言いよどんでいたのだった。

 そうしたら――


「では、雨音……は、ともかく。愛乃のこと『まで』も、愛称で呼んでいるのですから……私を愛称で呼ぶことに問題はありません わ よ ね?」


 なんて提案を、ロイヤルスマイルに添えて突きつけてくる彼女。弱冠じゃっかん不機嫌さを感じるのは気のせいでしょうか。と言うより、『師匠』って愛称なのだろうか。まぁ、彼女が恐いので従っておこう。

 アレかな? 溺愛できあいする妹や、自分のメイドが愛称で呼ばれているのに自分だけ「他人行儀」だからなのか? いや、気のせいだな、きっと。

 あと、彼女が「愛乃のこと『まで』も、愛称で呼んでいるのですから」と言い切った直後。わざわざ、『まで』を強調して。

「ギロリッ」って効果音が似合いそうな視線で師匠をにらんでいると――

 隣で「ハァハァ」なんて鼻息荒く、ひざをガクガクとふるわせ、恍惚こうこつな表情を浮かべて身悶みもだえていた師匠のことも気のせいにしておきましょう。そこは、ついていく気はありませんので。


「い、いや、その……」


 彼女の言葉に困惑の表情を浮かべる俺を眺めて、いつの間にか復活していた師匠がニンマリとした含み笑いを浮かべて――


「そうですね? ……でしたら『ゆきのん』などは、いかがでしょうか?」

「――ッ!」

「あら、それ……いいですわね? では、私のことは遠慮なく『ゆきのん』と呼んで く だ さ い ね?」

「――ッ! ……わ、わかったよ、ゆきのん……」

「はい、お兄さん♪」


 師匠も実は小豆と同じくエスパーだったのではないかと疑うような、核心を突く愛称を提示してきた。

 いや、ごめん、それは嘘。

 とあるアニメ作品の『ゆきの』って名前のヒロインの愛称が『ゆきのん』なのである。それで俺も愛称を決定していたのだが、師匠も彼女も知っているようだ。

 ――って、さっき師匠が彼女のプライベート情報を投下していたから知っていましたけどね。

 師匠の提案に嬉々ききとした表情で賛同した彼女は、俺に向かって『ゆきのん』と呼ぶように。

 ロイヤルスマイルで『強要』してきた。うん、お兄ちゃんに対して、少しは遠慮をしておこうね?

 とは言え、心の中では既に愛称で呼んでいる訳だし。

 少し違うけど、いつぞやの『あまねる』の時のようにボロが出ないとも限らない。相手は俺ですから間違いなく出すでしょう。

 そう考えた俺は苦笑いを浮かべながらも了承して『ゆきのん』と呼ぶ。そんな俺に向かってロイヤルスマイルで返事をする彼女なのであった。

 ……なお、当たり前のように「だったら、私だって『あずにゃん』って呼んでってばー!」と駄々だだをこねてきた小豆のことを、真っ赤な顔で無視していたことは言うまでもない。『にゃん』は無理だってば……。

 さてと、話を戻すにゃん。

 

 透達から少し遅れて、染谷さんと師匠も歩いてくる。

 染谷さんは当然だけど、師匠もそれなりに武道の心得こころえがあるらしい。そんなことを和気藹々としていた時に染谷さんと、ゆきのんから聞かされていた俺。本人は恥ずかしそうに謙遜けんそんしていたけど。

 でも、あまねると同様に、ゆきのんだって有数の財閥――しかも次期当主であり、御両親にとって大事な一人娘。そんな彼女の護衛ごえいを一人で任せられるくらいの実力はあるのだろう。いや、知らないけどさ。

 染谷さんと師匠もまた……俺が「これからすること」を察して、主人の護衛を目的として壁役として歩みを進めていたのだと思う。

 つまり、透達と同じってことさ。

  

「ふっ……なぁ、優衣?」

「なんでしょう、お兄様?」


 透達と染谷さん達が、妹達から距離を取って歩みを止めたのを確認した俺。

 そして、小さく笑みをこぼしてから優衣に向かって声をかける。

 俺の声に反応するように、優衣が俺の方を見つめて返事をする。 

 俺は妹達の方を向いているが、五人がフダツキ連中の方を向いている。だから俺は安心して言葉を紡ぐのだった。


「もう、俺達兄妹と優衣達の間には……対立するようなことは何も残っていないんだよな?」

「……やはり、私達を信じてくださらない……いえ、お許しいただけないのでしょうか?」


 俺の言葉に途端に表情を曇らせて、こんなことを言ってきた優衣。そんな彼女に反応したように同じような表情を浮かべる新人妹達。

 うん、聞き方を間違えたのかもな。

 確かに「対立する意思が残っているのか?」なんて聞けば――

 彼女達が自分達から「妹になりたい」と言ってくれたことを、俺が未だに信用していないように思われたって仕方のないことなのだろう。

 妹になるって、都合よく言ってしまえば全面降伏。そう言うことだと思うから。

 もちろん俺だって理解しているし、その上で受け入れたつもりだ。

 そう、俺は別に『そう言うこと』が聞きたかったのではない。


「い、いや、そう言うことじゃなくて……俺達兄妹に危害を加えようとしないかってことなんだけどさ?」

「――ッ! ……それだけのことをしてきたのは自覚しております。簡単に信用してもらえるとも思っておりません」

「……あ、あれ?」

「ですが、私達は心の底からお兄様の妹になりたいと思っているのです!」

「え、えっと……」

「……どう、すれば、信じて、もらえ、ますか……どう、すれば、許して、もらえ、ますか……おにぃ、さまぁ? ……ぅ、ぅ、ぅぅぅぅ……」


 だからつとめて穏便おんびんに伝わるようにと、優しい微笑みを浮かべて彼女へ言い直していたのだが。

 語彙力ごいりょくのない俺では上手く意図を伝えきれず。

 俺の言葉を受けて、更に表情をゆがめて泣き出しそうな顔で俺にたずねてくる彼女。縋るような表情で俺を見つめる新人妹達。

 と言うより、泣き出しちゃったんだよね。困ったな。

 まぁ、結局「信用していない」って言っているようなものだしな。危害とか、余計に悪いじゃん。

 ……本当、どうすれば信用してもらえるんだろう。俺の方が泣きたくなるよ……。

 

「ぅぅぅぅぅ――ふわぁ! ……ほ、ほひぃふぁふぁ?」


 ――なんてことを考えるよりも体が動く俺。どうも俺の体には『泣き出しそうな妹への対処法』が染み込んでいるようだ。これも日頃の鍛錬たんれん賜物たまものなのでしょうか。いや、たまわりたくなかったんですけど。

 俺は優衣の前までけ寄ると、自然の流れで優衣を俺の胸へと引き寄せていた。

 うつむいていたからなのか。突然引き寄せられ、額が俺の胸に当たった感触を覚えて驚きの声を発した彼女は、視線だけを俺に合わせて声をかける。

 咄嗟とっさのことだったので、セクハラだとか痴漢だとか。それを理由に妹を辞任して、更に俺をうったえることになっても言い逃れができないことを覚悟しつつ。

 俺は抱きしめたまま、彼女の頭を優しく撫でてあげながら言葉を紡ぐ。


「……信じてもらえるかは、その、わからないんだけどさ? 俺は優衣達が妹になってくれて本当に嬉しいし、優衣達を妹だと思っているぞ? だから、ちゃんと信用しているからな?」

「……」

「……優衣?」

「……ふぁ~い♪」

「……」


 俺の言葉を聞きながらジッと俺を無言で見つめている優衣。

 理解してもらえたのか不安だった俺は彼女に声をかけていた。

 そんな俺を見上げて少し顔の赤い彼女が笑みを浮かべて返事をしていた。

 ……汗はかいていないはずだけど、もしかして気分が悪くなったのかな。少しウットリしているようにも見えるし、微かに震えている彼女。と言うより、更に涙があふれていないか?

 彼女の表情が笑みを浮かべているものの、少し違和感を覚えていた俺。

 つい、先輩妹達……いや、小豆を基準にしてしまう悪いくせが出たようだ。

 そう、アニオタの妹と一般の妹は「基本的につくりが違う!」ってことを忘れてしまう癖が……。

 きっと彼女は俺に抱かれて相当無理をしているのだと判断していた俺。

   

「――ッ!」

「……お兄様?」

「わ、わかってくれたら嬉しいよ。ありがとう」

「いえいえ……こちらこそ、ありがとうございます♪」


 咄嗟とっさに罪悪感にかられて勢いよく体を離した俺。

 そんな俺を名残惜なごりおしそうに眺めている優衣。

 ――なんて言う『俺得フィルター』を排除はいじょすると、解放されて放心状態なだけだと思う現実の彼女の表情が映し出されるのだった。あり得ないのに『俺得フィルター』を通している意味がわからん。

 そんな苦労人の彼女が声をかけてきた。本当に俺得でしかなくて、ごめんなさい……。

 とりあえず苦笑いを浮かべて理解してくれたことに感謝すると、満面の笑顔で礼が返ってくるのだった。


 なお、優衣と俺のことを表情を曇らせながらジッと見つめていた新人妹達。俺の取った愚かな行為の人身御供ひとみごくうとなった友達をあわれんでいるのだろう。うっ、罪悪感が……。

 そんな俺の鼓膜に――


「あ、あの、お兄様……もし、よろしければ、か、彼女達にも、そ、その……同じことを、してあげて、もらえませんか?」

「え? ……」


 少し興奮ぎみな優衣の提案が聞こえてきた。……はい? 優衣ってば、そう言う子なの?

 妹になる前の彼女のことを思い出して「自分だけじゃなくて友達も道連れに……苦しみを味あわせようと考えているのか?」って考えていた俺。

 いや、さすがに兄として……他の新人妹達に迷惑をかける頼みを了承する訳には、な?

 こんな考えに至り、上手く断ろうとしていたのだが。

 他の新人妹達の興奮ぎみに紡がれた「是非お願いします!」って言葉に、唖然となりながらも結局は了承をする俺なのだった。お願いならば仕方がない。

 まぁ、友達の受けた苦労は友達として自分もするのだろう。俺なら絶対にしないけどね。


 そんな感じで――この場にはいない智耶を除いた妹『全員』を抱きしめて頭を撫で終えた俺。うん、全員。

 まぁ、こうなることくらい予想していたから気にしないが。 


「……ふぅ。それで、な? 俺が聞きたかったのは――『もう、あいつらとの縁を切っても問題ないのか?』ってことさ?」

「……あぁ、そう言うことだったんですね?」

「あっ、いや、違っていたら申し訳ないんだけどさ? ……俺達への妨害ぼうがい工作でやとったのかなって思って……」


 元の位置まで戻ってきた俺は再び優衣の方へと振り返り、さっきの続きを口にする。

 途中、握りこぶしで親指を立てるサムズアップを右手で作り「あいつら」の部分で振り返ることなく、その親指を後方にいるフダツキ連中へと指し示しながら言葉を繋いでいた俺。

 あぁ、なるほど……最初からストレートに聞いておけば問題なかったんだな。

 やっと理解をしてくれたようで、胸の前で両手をポンと軽く叩いて言葉を紡いでいた彼女。

 ただ、俺は優衣達とフダツキの関係性を知らないからさ。勘違いだと困るから、苦笑いを浮かべて自分の考えを伝えていた。すると。


「ええ、そうです……お恥ずかしながら、お兄様が不良を雇っていたと勘違いしておりましたし。あのままでは太刀打ちできないので、こちらとしてもわらにも縋る思いでしたからね? その頃、ちょうど学院付近でうわさになっていた、あの者達を雇ったのは事実です」

「でも、もう雇っている必要がありませんから……明日にでも解雇を告げようと思っておりましたけど?」

「そ、そっか……」


 優衣と莉奈の言葉を受けて、俺は心の中で「やっぱりな?」なんて呟きながら苦笑いを二人に送っていた。

 なお、簡単ではあるが『あの日の実状』については、あまねるが説明していた。

 いや、和気藹々と会話をしていた時。

 突然思い出したように、あまねるが――


「そう言えば、お兄様が不良を雇っていたと言う話ですけど……それは二人の勘違いですよ?」


 と言って。


「まぁ? 私達の勘違いだったのですね? ……お兄様、申し訳ありません」


 って、二人が俺に謝罪をしていただけなのですが。うん、簡単ですらないよね。

 たぶん、あまねるにしてみれば聞き耳を立てていた時「これだけは訂正ていせいをしよう」と思っていたのかも知れない。本当に『これだけ』なのには驚いたけど。あと、『これだけ』で納得した二人にも、だけどね。

 だから彼女は勘違いと断言できていたのである。話を戻そう。


「すべて解決したのですから責任を持って解雇いたしますので、お兄様達に何かをすることもございませんから安心してくださいね?」

「……なぁ? 雇っていた条件って、何だ?」

「……条件、ですか?」

「あぁ、例えば……学院付近で何をやっても黙認するとか?」


 苦笑いを浮かべる俺に優衣は笑みを浮かべて言葉を紡いでいた。だけど俺は怪訝そうな表情を浮かべて質問をする。

 俺の質問が理解できないのだろう。キョトンとした表情で聞き返してきたので具体的に言葉を送る俺。

 そんな俺の問いに―― 


「はい……向こうから条件を提示してきたので、学院の生徒に被害を及ぼさないのであれば『自由に行動してもよい』とは伝えましたけど?」

「あぁ、なるほど……な……」

「で、でもでも……周囲の人達には、きちんと『示談金じだんきん』で納得してもらっていますから!」

「……」


 優衣の言葉に俺は表情を歪ませていた。小豆やあまねるも同じ。小豆はともかく、あまねるは自責の念にさいなまれているのかも知れない。

 俺達の心情を察したのだろうか。莉奈が慌てて言葉を繋いでいた。

 そんな彼女の言葉に、俺と先輩妹の表情が更に曇るのは自然の摂理なのであった。


 いや、まぁ……「そうなんだろうな?」とは思っていたけど、さ。

 これが透達の情報にもあった「フダツキ連中が学院付近でやりたい放題やっている」真相なんだろう。全部をお嬢様が、もみ消していたってことなんだ。

「金さえ払えば丸く収まる」なんて強引な手段で周囲を黙らせてきたのだろう。

 そして、そんな後ろ盾があればフダツキ連中が増長ぞうちょうすることも目に見えているのだ。


「あ、あの……」

「そ、その……」

「……ふぅ。なぁ、優衣……それから、莉奈?」

「は、はい……」


 俺達の表情で理解したのだろうか。顔を青ざめて声をかけてくる二人。

 きっと、あまねるも言いたいことがあるのだとは思うが、兄である俺を立ててくれたのだろう。何も言わずに二人を見つめていた。

 そんな彼女に心の中で感謝をしつつ、二人に向かって声をかける俺。

 俺の言葉にビクビクしながら返事をする二人。


「二人は俺の妹に、なりたいんだよな?」

「も、もちろんです」

「……あまねるの友達に、小豆の友達に、なりたいんだよな?」

「は、はい……」


 淡々たんたんと紡ぐ俺の質問に、シンクロするように答えていた二人。

 

「だったら……何が言いたいのか、理解できるよな?」

「――ッ! ……は、はい。明日にでも謝罪して参ります……」


 可哀想かわいそうだとは思ったけど、少し声のトーンを落として、二人をにらみながら言葉を突きつけていた俺。

 妹だとは言え、自分の信念を曲げてまで甘やかすつもりはない。

 いや、先輩妹二人。それに、ゆきのんだって許容するとは思っていない。だから厳しく突きつけたのだ。

 そんな俺の表情と言葉に一瞬息を飲み込むと、すぐに悲愴な面持ちで言葉を紡いでいた二人。

 そう、優衣と莉奈は……俺や小豆やあまねる。三人のリベンジを見ているんだ。それだけじゃない。

 俺とあまねるの衝突。まぁ、俺のことはともかく、その後あまねるが『自分の非を認めて』周囲へ謝罪をしていたのは知っているはず。金で解決なんて彼女はしていなかったんだ。

 そう、俺達が許容しないことを知っているから、二人は俺の妹として、そして小豆とあまねるの友達として。

 自分達の間違いに気づいてケジメをつけようとしていたのだと思う。

 まぁ、俺も鬼じゃないからさ……「鬼いちゃん」じゃないんだぞ、小豆さん? 

 とにかく、理解をしてくれたのなら徹底的に甘やかすまでだ。


「まぁ……俺も一緒に頭を下げて謝るからさ?」

「え?」


 表情を緩めた俺は優衣と莉奈に優しく言葉を送る。俺の言葉に驚きの声を漏らす二人。

 女の子達だけでは心細いだろう。

 大して役には立たないかも知れないが、妹が頭を下げて謝罪をするのなら、兄として喜んで一緒に頭を下げて謝罪するさ。

 頑張った妹を一番に褒めてやるさ。

 泣きそうな妹を一番に慰めてやるさ。


 ――それが、お兄ちゃんに与えられた使命であり、お兄ちゃんだけの特権なのだからな!


「だから、明日……お兄ちゃんと一緒に謝りに行くんだぞ?」

「は、はい♪」

「……」


 そんな想いを込めた満面の笑みに添えた言葉を二人に向けて伝えると理解してくれたのだろう、安心したような微笑みを浮かべて了承する二人。

 妹達の表情を眺めて、納得するように頷く俺なのであった。 


「とにかく、明日……いえ、今でも問題ないのですわよね? ……皆さん、今までの話をお聞きになって? 今まで本当にお世話になりましたが、解決いたしましたから解雇させていただきますわね? 今後、私達は一切援護えんごをいたしませんので、学院付近から立ち去り、ご自分達の責任で行動してくださいね?」

「――ッ!」

「では、これで関係を断ち切りましたから、明日放課後に周囲の方々へ謝罪をいたしますので……よ、よろしくお願いしますね、お兄様……」

「……ふっ」


 優衣は一点の曇りもない瞳で俺に言葉を紡ぐと、視線をフダツキへと移して解雇を突きつけていた。

 冷酷にも思える解雇宣言を受けて、フダツキの表情が瞬間的に怒気へと染め上がる。

 そんな表情を浮かべているのを見ているはずなのに。

 彼女達の表情に、解雇を告げることに何も危惧きぐを覚えている様子はなかった。最初は「明日にでも」なんて言っているくらいなのだから。


 ――普通に解雇を告げれば相手が簡単に了承してくれると信じているんだろうな?

 それでも。

 世の中そんなに甘くないんだよ。綺麗きれいごとだけじゃ生きていけないのさ。お嬢様の威光いこうだけで何とかなるほど他人って言うのは、お人よしでも馬鹿でもねぇんだよ。

 まして庶民。しかも足を洗ったとは言え中学時代の俺がそうだったように――

 フダツキ連中なんてのは、ことさら他人の指図を受けない人種なのさ?

 って、未だに他人の指図を受けない俺だって、同じ穴のむじななのかもな。


 解雇宣言を突きつけてから、再び俺の方へと視線を戻す優衣。

 彼女の、頬に少しべにを差した笑みで紡ぐ言葉を聞いて、自嘲じちょうするように苦笑いを浮かべていた俺。

 刹那せつな、俺の背後から。


「――ふざけるんじゃねぇーーーーーーーー!」


 俺の考えを肯定するように、絶叫する声が工場内に響き渡るのだった。

 


 第七章・完

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