第9話 入校式

職業訓練初日は、まず入校式から行われた。注意事項の説明や講座で利用する教科書販売を午前中に行い、午後から授業が行われた。


「面接でもお伝えしたように、まず学校は極力休まないでください。2割休むと退校になり我が校の生徒の権利を失う事になります。」面接の時に会った面接官が、あの時と同じように淡々と前で訓練校の注意点を説明した。この人は、もしかすると面接以外でもずっとこのような話し方の人なのかもしれない。


やがて面接官の不気味なほど冷静な説明会が終わると、いよいよお昼の時間になった。先生が「もしよかったら、みんなでご飯を食べにいきません?」と生徒達を誘ってくれた。先生は、肌の色が白くて大人しそうな風貌の男性だった。小奇麗に着たチェックの服がとても似合っていた。


先生は、入校式の説明の時も面接官の隣で少したどたどしそうに顔を赤らめながら佇むように立っていた。もしかすると人見知りかもしれないと思ったし、もともと先生という立場にも慣れていない人なのかもと察した。


私達をご飯に誘った時も、先生は少し顔を赤らめながらオロオロとした感じだったので彼なりにきっとかなりの勇気を出しての行動だったのかもしれないと思う。


「わぁ、私みんなとご飯に行きたいです!」と、私はすぐさま先生の声に対して挙手をした。そういえば、お昼の事など全く考えていなかった私はお弁当すら持ってきていないし、その前に「作る」という概念すら脳内からすっかり消えていた。生徒の中には他に2人女性がいたが、2人ともちゃんとお弁当を作って家から持ってきていた。


こういう時、自分の女子力の低さに改めて気づく。ビルが立ち並ぶような街中にある学校なので、どうせランチ位食べる所いくらでもあるだろうと鷹をくくっていた。こんな時、つくづく私は主婦に向いていないよなぁと思う。


そんな想いが頭を過ぎりつつも、「どうせ昼持っていないし、こんな時位しか色んな人と話し合える機会なんて無いのかもしれない」と思った。


「えっ、もしかして先生奢ってくれるんですか?」と、嬉しそうな顔をして先生に声をかける若い男性がいた。入校試験・面接の日に私のシャツの襟を直してくれた、あの爽やかな男の子だった。


「いや~、ちょっとそれは・・・」といいつつまんざらでもないような顔で、先生はニヤニヤと男性に応対する。若い男性は「え~。奢ってくれるんですかぁ?もし奢ってくれるだったら、僕ついて行きますよぉ。」とノリノリだ。


あの時は爽やかな好青年に映ったけど、初対面の男性にお昼を奢らせようとしている姿を見ると「もしかして、彼って軽いの?」と思ってしまった。まぁ、初対面の女性の襟を直そうとする時点で元々少し軽いのかもしれないけど、あの時はあまりに爽やかな男性に見えていたのでちょっぴりガッカリしてしまった。


そんな2人のやり取りに対し、私も乗っかるように「先生奢ってくれるんですか?」と尋ねる。「い、いや、僕は奢れないですけど!あははは」と、私達が絡んできてくれる事が嬉しそうだった。先生は、もしかすると弄られキャラだったりするのかもしれない・・・。


やがて、そんな私達のやり取りに対して無言で後ろからついてくる背の高い男性がいた。表情は無表情というか、「君たち、何がそんなに楽しいの?」と言わんばかりの冷めた目でこっちを凝視してきた。


男の身長は恐らく180㎝程あり、頭にはいかついデザインのキャップを被っていた。キャップの下から見下ろすように見てきたので、私は思わずビクッとして後ずさりしてしまった。


「私達の事が苦手なのかな?」と思いきや、「お昼、どこ行くんですか?」と聞いてきた。もしかすると、彼も私達と一緒にご飯に行きたいのかもしれない。


「あっ、実は隣にあるお店に行こうと思ってるんです。この辺り、オフィス向けのビルは多いけど食べにいけるお店が少ないから紹介できる店が少ないかもしれなくてごめんなさい・・・。もしよかったら、村田さんも一緒にお昼行きません?」と先生が声をかけると、「ああ、いいですよ別に」と村田さんという男は静かな口調で答えた。



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