あなたのことは、月子から聞いて知っています。

 ええ。そのとおり。月子とは昔からの友達。

 ああ。なるほど。スーツケース。同じスーツケースを持っているから、そう思ったのね。

 それは当たってる。

 それで? 私に渡したいものがあるっていってたけど。電話で。

 ああ。これ。レコーダー。

 え?

 ううん。関係ないわよ。私が姿を消したこととは。

 だって、これ、カラオケの練習用に買ったんだから。

 結局使わなかったけど。

 録音?

 そういえば、試しにどっかのお店の音を録音したわね。

 ああ。

 あーあ。

 違う違う。

 そんなんじゃないわよ。

 あなた、探偵小説とかの読みすぎじゃない?

 これを私が欲しがると思って、これだけ黙って抜き取って、スーツケースを健二さんに返したのね。

 残念でした。

 ほんとにそんなんじゃないから。

 これ、あなたにあげるわ。持ってて。

 家を出た理由?

 それ、聞く?

 まあ、いいけど。

 別に、たいした理由じゃないわよ。

 最初はね、なんか面白くないなーと思って、バイト始めたのよ。

 健二さんに黙って。

 駅前のスナック。

 週二回だけね。

 で、たまたまお客さんに、私が昔務めてたキャバクラのお客さんがいて。まあなんていうか、久しぶりに会ったわけ。

 その客がね、新しく事業を東京で起こすから、一緒に来ないかって。

 それで、つい、ふらふらーっと、ね。

 捜索願いとか出されちゃ困るから、一応書置きはしてきた。

 でも、いざ東京に行ってみたら、驚いた。

 この私でも、ちょっとだめでしょって思うくらい、いい加減な話だったのよ。

 これ、ぜったい騙されてるわ、と思って。

 それで、さっさと見切り付けて、帰ってきた。

 そのときの飛行機に、あなた、乗り合わせてたのよね。

 こんなことって、あるのね。

 今?

 こっちの友達のところに厄介になってる。

 健二さんとは、連絡とったわよ。さすがに。

 どうかな。

 わかんない。

 たぶん戻ると思う。

 いいわよ。

 もう、なんでも聞いちゃって。

 スーツケース?

 スーツケースの暗証番号はね、どちらも月子の誕生日の日付なのよ。

 私はめんどくさがりで、暗証番号の設定なんてしたことなかったから、ほったらかしにしてたんだけどね。

 そしたら、月子が自分の誕生日で設定したの。そう。十二月二十三日。クリスマスイブの前日。

 なんか中途半端でしょ、イブの前日なんて。プレゼントはクリスマスと一緒にされちゃうんだけど、どうせならイブと同じ日ならまだあきらめもつくのにって、月子、よくいってた。まあ、プレゼントなんてほとんどもらった記憶はないらしいけど。

 タグもそう。名前は月子が書いた。連絡先とかは書かなかった。だって、連絡されても困るし。ははは。結婚して、新しい苗字と、連絡先は私が書いた。さすがにそれくらいはするようになったのよ。まあね。それなりに。

 私が健二さんと会ったのは……って、こんな話してていいの?

 まあ、いいけど。

 私が働いてた店に、彼が会社の上司と客として来たときが初めて。あの人の会社はゼネコンの孫請けだったから、接待は多かった。それで、最初はお客さんを連れて店に来たの。上司と一緒にね。

 そのとき私が務めていたところはあまり高級なお店じゃなかったから、まあたいした客でもなかったみたい。そのあと、何回か一人で顔を見せるようになった。あとはまあ……そういうことよ。

 私は、家出同然で家を出てきたから、結婚なんて無理だろうなーと思ってた。

 でも、健二さんが無理やり私の実家の連絡先を聞き出して、勝手に連絡しちゃって。

 そしたら、これまでのことがなかったみたいに、とんとん拍子に話が進んじゃって。

 いつの間にか式を挙げちゃってた。

 何年も会ってなかった親とか兄弟とか親戚とか集まって。

 ほんとに、なんにもなかったみたいに。

 不思議だった。

 誰も、なんにもいわないの。

 だから、私も、私が家出してからこれまでのことって、ほんとにあったことなのかどうか、たまにわからなくなるくらいだった。

 でも、それはあったのよ。

 もちろん、それはあったの。

 結局、私はまた元に戻っちゃった。

 どうやら、私はそういうのが染みついちゃって、とれないみたい。

 ああ、でもね。

 あの子は違う。

 月子は違うと思う。

 私が今日、どうしてここに来たか、知ってる?

 月子には、いうなって、いわれてたんだけど。

 これくらいなら、いってもいいと思う。

 あのね。

 またスーツケースの話。

 私、あなたのスーツケースを間違えて持って行っちゃったでしょ。

 まあ、どちらが先に間違えたのか、知らないけど。

 そうね、私も、そう思う。どっちだっていいわ。

 友達の家に着いて、スーツケースを開けて、ようやく間違いに気がついた。

 あなたもそうでしょ。

 で、私、スーツケースの中を、いろいろと見てみたの。

 あなた、たぶん、気がついてなかったでしょ。

 ねえ、小清水さん。

 あなたは、大事なものを見落としていた。

 これまでずーっと、あなたの探していたものは、これまでずーっと、あなたの近くにあったの。

 あなたが気づいてなかっただけで。

 たぶんあなたは、今から三年前に、どうして突然月子が姿を消したのか、いなくなっちゃったのか、知りたかったはず。

 その答えはね、スーツケースの中にあったのよ。

 私は、あなたのスーツケースの内ポケットの奥の方に、あなた宛ての手紙を見つけたの。

 宛名にはこう書いてあった。

 小清水遥様。

 裏にはこう書いてあった。

 月子。

 封は切られてなかった。

 それを見た瞬間、私はすべてを理解した。

 ほら、一見、絡まって見える糸が、うまくひっぱったら、すーってきれいにほどけちゃうときって、あるでしょ。

 あんな感じで、なにかがすーって、わかった。

 私は大笑いした。

 友達がびっくりして飛んでくるくらい、大笑いした。

 そのあとで、なぜか、涙が出てきた。

 どうしてなのか、よくわからない。今でもよくわからない。

 でも、涙がね、ぼろぼろぼろぼろ出てきて、止まんないの。

 変よね。

 とにかく、三年前、月子はあなた宛ての手紙を書いて、出ていったの。

 あのスーツケースは……まあいいわ、その話は。

 私たちはあのスーツケースをとても大事にしていた。

 そこに、あなた宛ての手紙を残して、置いて出ていったの。

 その手紙?

 今は持ってない。

 封は切らずに、月子に渡した。

 あの子は、もうあなたには必要ないものだから、渡す必要はないって。

 ほんとうは、手紙のこともあなたにはいうなっていわれてたんだけど。

 でも、それくらいはいっていいと、私は思う。

 ううん。

 話は以上よ。

 私から、これ以上のことはいえない。

 ごめんなさい。

 じゃあ、もう行くわ。

 電車に乗るから。

 あなたはどっち?

 こっち?

 そう。

 たぶんもう会うことはないと思うけど。

 そうね。

 ありがと。

 さよなら。

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