13.
***
『うちのチーズケーキ』を食べ終えると、檜倉は三途の川へ向かって歩き出した。
サエはその背中に、大きく大きく手を振った。見えなくなるまで振り続け旅立ちをしっかり見届けると、情けない顔で篁を見た。
「大丈夫だよね? 恨みじゃないよね? 間違ってたからやり直しとか言って戻ってきたりしないよね?」
突然襲ってきた不安にオロオロと取り乱す。
「恨みなわけないじゃない。十王ってのはね、審判の判断材料として本人の罪はもちろんだけど、それと同じくらいに家族の気持ちを重視するんだ」
「家族の気持ち?」
「そう。本人に罪があったとしても、家族が心の底から死を悲しみ供養しようとしていれば、十王は慈悲を与え、判断を次の王へと委ねる。それの繰り返しが十王審判さ」
篁の説明は理解できたが、それがどうして、檜倉が店に来た理由が妻の恨みではないということにつながるのかわからなかった。
「こんなところで足止めを食うほど恨まれているんだとしたら、一つ目の審判でさっさと地獄行きが決定するってことさ。それに、」
篁はじっとサエを見た。
「いつものアレ、やってごらん」
「え? 今? お客さんもいないのに?」
「ひとりで鏡に向かってやってるくらいなんだから平気でしょ」
「どうしてそれを――!」
「いいから、ほら」
パンパンと手を打つ篁。
その音に釣られてついポジションについてしまう。
両足を肩幅に開き、頭に巻いた三角巾と真っ白なエプロンの皺を払って、顔にはたっぷりの笑顔をのせる。
「ようこそ! 三途の川のホトリ食堂へ! まだまだ続くなが~い旅路に備えて、お腹いっぱい、心いっぱいに満たされていってね!」
元気いっぱいに張り上げた声が食堂内に虚しく響いた。サエの羞恥心を煽るように、篁はわざとらしく「お上手お上手」などと手を叩く。
「これで、何がわかるって言うの!」
ずいと篁に詰め寄った。
わからない? と篁は答える前にコーヒーを一口。焦らしに焦らしてようやくサエの疑問に答えた。
「お腹いっぱい心いっぱいに満たされるのはご褒美でしかないんじゃない」
「あ! そうか! そうだよね!」
「それにここの店主はサエちゃんなんだし」
鬼なんかじゃないんだものと小さな声でつけ加えたがサエの耳には届いていないようだ。
この店に来る理由が恨みや何かじゃないと確信して喜びの声を上げている。
しかし途中で何かに気がついたようだ。
歓びの舞いはぴたりと止まり、サエの顔から笑顔は消えた。
真剣な顔で篁を、睨みつける。
「それじゃあ、なに? 篁さんは最初から奥さんの恨みなんかじゃないってわかっていたの?」
ひどい! と声と両手を上げたサエ。その姿が滑稽で、篁は笑いをこらえるのに必死だった。
「篁さん! 聞いてるの?」
「ああ、はいはい……ええと、サエちゃん、ほら、お客さん」
「え? ようこそ! 三途の川のホトリ食堂へ――って、いないじゃない! また騙したのね。もう! 篁さんってば!」
驚き、笑い、怒り。くるくるとせわしなく変化するサエの表情に篁はついに声を上げて笑った。
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