第79話 ベタ

 その日も、ずっーと部長さんの速さの秘密の事を考えてた。授業も上の空だったし。

 それは、お昼休みになってお弁当を食べ始めても続いていた。


「ねえ。葵。」

 反応が遅れたのも考え事のせい。

「何、実宏?」

「お主、ずっと考え事をしておるじゃろう?」

 また、武士言葉だ。

「あっ、ごめん。」

「謝る事はないんじゃが、一言言っておこうかとな。」

「何?」

「ほら、考え事や悩み事をしているとな…。」

「うん…。」

「周りの人が言った一言がヒントになり、答えにたどり着く…。」

「うん。」

「なんてベタな事は漫画やアニメ、ドラマの中でしか無いので御座る!」

「えっ!」

 実宏の言った事を理解するまで少し時間がかかった。

「そ、それ言っても大丈夫なのぉ!」

 実宏はキョロキョロと辺りを見回して、

「だ、大丈夫で御座る。」

 何を確認したのやら

「でもね。葵。」

 普通になった。

「案外、答えなんて普通の事なのかもよ。」

「普通の事か…。」

「そそ、普通の事を普通じゃないレベルでやってるから凄い事なんじゃないの?」

「何かよく解らないけど、解った様に気がする。」

「何じゃそりゃあ。」

と、実宏が笑い、釣られて私も笑った。


 でも、居るんだ[ベタの神様]は、後で解った。



 放課後。


「葵。行くよ。」

「あっ、実宏。待って待って。」

と、追いかける。


 二人で行ったのは、学校の倉庫。


 そこには、数人の生徒が男の先生の前に集まっていた。

 えっと、あの先生の名前は…。覚えてない事に気が付いたのは、内緒にしておこう。


 私達の後にも生徒がわらわらと来た。


「係の者は、全員来たか? 来て無い奴は返事しろ。」

 うは、鉄板のギャグだ。でも、鉄板だからと言って笑うとは限らないからね。


 沈黙が流れる。そして、耐えられなくなった先生は、

「では、これから説明するぞ。」

と、モップを手にした。

「床を掃いた後に、このモップでワックスを塗る。」

 ローラーの付いた四角いバケツ(?)…名前知らないや。に、モップを入れ

「ここで、余分なワックスを落としてから塗るんだ。」

と、説明した。


 そう、今朝ホームルームで担任の先生が言った。私達のクラスのある階をワックス掛けすると。運良く(?)私と実宏とその他数人が、その当番になったのだ。


 担当の先生の説明を一通り聞き、道具をクラスに持ち帰った。

 床を掃き、モップでワックスを『ゴシゴシ』と掛け始めると、

「こら、男子! 遊ばないで、ちゃんとやりなさいよ!」

 青春学園ドラマのお約束の台詞が聞こえてきた。見ると男子が、鬼ごっこしてるのを注意する女子…。青春だなぁ、うんうん。


 そして、『つるりん』って聞こえる様なぐらい見事に滑る鬼ごっこしていた男子。『ずどーん』て床に尻もちを着いた。

「痛たたた…。」

と、立ち上がりお尻を擦る男子。

「もう、だから言ったじゃない。」

 言いながらも心配する女子…。


「あそこはワックス塗ったばかりだったからね。滑ったんだ。」

と、実宏の言葉。何故か、それが気になった。

「実宏。『滑った』って!」

「『滑った』って言ったら…。ワックスで床と靴の裏の摩擦抵抗が減り、グリップしなくなった…。」

「グリップ…。」

「女子高生に物理的な説明を求めても…。」

「実宏。」

「何…。」

「やっぱり、[ベタな神様]は居るんだよ!」

「何それ。」

「ほら、お昼休みに実宏が言ったじゃない。」

「えっと、何だっけ?」

「悩んでたら、周りの人の一言で答えにたどり着くって奴は漫画、アニメ、ドラマしか無いって奴。」

「あ、あれね。」

「だから、そんなベタな事は神様の仕業だって。」

「[ベタな神様]って言った記憶は無いけど…。」

 確かに読み返しても言ってなかった。でも、ベタな展開は起きたのは確かだ。

「ねえ、ねえ。早く終わらせようよ。」

と、男子を叱っていた女子が。

「はーい。(✕2)」

と、実宏とハモった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る