決着④

 小屋の中に入ると、黴の臭いが鼻腔を掠めた。じめじめした空気が肌に張り付いてくる。


 床に倒れている小碓を見つけて、宿禰は傍に駆け寄った。


 すぐに上半身を抱き起こして、呼吸を確認する。微かだが息をしている。


 だが顔は青褪めているし、呼吸も不規則だ。


 小碓の額に手を添えて、小さく呪文を唱える。すると、小碓の額から黒い霧が出てきて、それを掬い取ってみれば、小碓の頬が赤みを帯び始め、呼吸も規則正しくなった。


 闇の一族に伝わる秘伝の一つだ。体内で瘴気を生み出す事は出来なかったが、体内に入っている瘴気を取り出すこの術だけは得意だった。


 胸を撫で下ろすと、小碓の瞼が震えはじめ、ゆっくりと開いた。虚ろな目がだんだんと生気を取り戻して、宿禰を真っ直ぐ見つめてきた。



「すく、ね……?」


「小具那、すまなかった。助けるのが遅くなって。苦しくないか?」



 小さく頷いたのを見て、表情が和らぐ。

 小碓は破顔した。



「すく、ね……あり、が、とう」



 意識を失った小碓の首を支えて、宿禰は小碓を抱き締める。



「礼を言うほどじゃない」



 俺は。

 俺はただ。



「お前を守りたかった、ただそれだけのことだ」



 扉から風が流れる。優しい風だ。

 その風は二人を包み込んだ。櫛角別たちが来るまで、ずっと。

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