決着②
「お前は稲姫様に懐いておったな。よく、纏向日代宮から離れた御后の館に行っておった」
背中を逆撫でするような声色で、さらに続けて言う。
「もしかして、お前は御后の面影を小碓王子に重ねているだけではないか? 御后様が亡くなられた時、お前はそこにいた。その分、お前は稲姫に対する想いは強いのではないか? 本当は特別でもなんでもない。稲姫様の息子だから、あまりにも似すぎるから、お前は小碓王子に付いているのではないか?」
小碓は母親である稲姫の生き写しだ。
顔も、仕草も、喋り方も、笑い方も、よく似ている。
戦闘特訓が辛いとき、何かあったとき、それ以外でも、毎日のように通い詰めていた。
あの人の優しさに甘えていた。訪ねるといつも笑顔を浮かべて、また来てくれたの、と迎えてくれる彼女が大好きだった。母親のような存在だった。
「あの双子は、御后様の忘れ形見……大碓王子に付かなかったのは、小碓王子が御后に似ているか」
ら、と言い終わる前に宿禰が男の眼前に詰め寄り、太刀を振りかざした。
それを後ろに飛躍して、回避する。
宿禰は顔を俯いたまま、唸る。
「戯言はそれだけか?」
ゆっくりと顔が上がる。瞳は一見静かな色をしていたが、奥に怒りと憎しみの色を宿していた。
「戯言、だと?」
「たしかに小碓王子は、稲姫様によく似ておられる。俺はあの人に懐いていた。だが」
再び刃先を向け、静かに告げる。
「あの人と小碓王子は違う。小碓王子は、俺に光をくれたんだ」
孤独だった自分を本当に癒やしてくれたのは、稲姫ではない。まだ物心もついていなくて、世の中の汚れたところを全く知らなかった、幼い小碓だったのだ。
怪我をした自分に、言葉足らずながらもまじないをかけてくれたこと。自分を見かけると屈託のない笑みで、手を伸ばしながらよちよちと来てくれたこと。少しでも構うと、楽しそうに、そして嬉しそうに笑ってくれたこと。そして、自分の秘密の名を呼んでくれたこと。
あの笑顔が、あの純粋な眼差しが、汚れのない心がどれだけ自分を救ってくれたのか。
その時の事など、小碓が覚えているわけがない。自分の秘密の名も、知る筈がない。
后亡き後、引き裂かれて会うことが叶わなかった。久しぶりに会った時も、もちろんのことだが自分の事を覚えてなどいなかった。
それでも良かった。自分が覚えているのだから。小碓は生きていたのだから。
でも、あの笑顔が翳っていたのが心苦しかった。泣いている小碓を見るのは、辛かった。
あの屈託のない笑みを見たかった。だから、傍にいて笑わせたかった。
久しぶりに見た笑顔を見て、心に誓ったのだ。この笑顔を守ろうと。ずっと傍にいようと。
この子が鳥だとすれば、俺はこの子が何処までも羽ばたいていけるような、広く青い空になろう。そう、決めたのだ。
「光? ふん、我々闇の一族には、大王の光以外必要ない」
馬鹿にするかのように、男は鼻で嗤った。
「俺は大王が光だと思わない。俺にとっての光は、小碓王子だけだ」
「ふん、理解できぬな」
「分からせるつもりはない。そこをどけ」
「退けるわけにはいかない。彼には死んでもらわないと」
「俺をまた、闇の一族に引き入れるためか? それなら無駄だな。たとえ、小碓王子が死んでも、小碓王子を殺したお前たちの許に帰らない」
「それはつまり、小碓王子が死んだら、お前はその後を追うのか?」
「後を追う……ああ」
宿禰は不敵そうに笑みを浮かべる。
「それも悪くないな」
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