山の中で
女は山に逃げ込んでいた。
とめどなく吐き出される、黒い血が大地を腐敗し、草花を枯らせていく。
体勢を立て直さなくては。
武器を手に入れて、早く小碓を殺さなくては。
「王子の護衛の男は殺すな、と言ったはずだが?」
女は勢いよく顔を上げる。
目前には、男。夕方頃に会った時よりも、冷暗な瞳で女を睨めつけていた。
「契約も守れぬとは……これでは使えん。お前との話はなかったことにする」
「あ……あ……!」
喉が嗄れて、言葉が出てこない。
そんな、そんな。
確かに殺そうとしたが、あれは生きているじゃないか。
待って。行かないで。
わたしには、死返玉が必要なの。
女は男に手を伸ばす。それは虚空を掴んだまま、男は女の顔を鷲掴みした。
ぐふっと女は呻く。
「お前はもう用無しだ」
男の手から黒い霧が溢れる。
黒い霧は女の顔、首、胴体、腕、足を包み込んでいく。
「さらばだ、哀れな女よ」
男が感情の籠もっていない声でそう呟いた途端、身体に烈しい痛みが全身を襲った。
暑い。寒い。
じゅわっという音が聞こえた。
皮膚が、肉が腐っていく。
もうその時に、女は絶命した。
目玉が落ちて、それを腐って土に還る。
髪が、爪が、女を形成するすべてのものが、朽ちていく。
男が手を放す。
衣と女だったものが音を立てて倒れた。
「ふん……勾玉は失敗作だったか……まぁ、いい。改良すればいいことだ」
吐き捨てるように言い放ち、男は踵を返して闇の中へ消えた。
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