3.いざ、西本願寺
やっと、やっと帰れるんだ……!!
琉菜は歩を速め、西本願寺に向かった。
いよいよ、再会の時。
この時を迎えるために、新選組を脱走し、平成の世で時を待っていたのだ。
琉菜は今、晴れて彼らに再会できるという希望に胸を高鳴らせていた。
遠くに、西本願寺の太鼓楼が見えてきた。新選組が屯所にしていたエリアの中で唯一平成まで残っているので、琉菜は未来にいる間も幾度となく訪れていた。平成で見慣れた姿よりも小綺麗なその建物を琉菜は目を輝かせて見上げた。
ふと視線を下げると、少し先の角から二人の男が現れた。
琉菜は目を見張った。
間違うはずもない。琉菜がずっと会いたかった人物の、後ろ姿だった。
予想より少し早い再会に、琉菜は心の準備とばかりに深呼吸した。
会えた…!!
今度こそ、堂々とあたしとして、会えるんだ!
「沖田さん!原田さん!」
琉菜は大きな声で懐かしい名前を呼んだ。呼ばれた二人は振り返ると、腰を抜かさんばかりに驚いた顔をした。
「琉菜さん!?」
「琉菜ちゃんなのか!?本当か!?」
琉菜は「はい!お久しぶりです!」と言って二人の元に駆け寄った。
しかし止まる直前、誰かに背中を押され、琉菜は前につんのめった。
バランスを崩して転びそうになった琉菜を、沖田がぽすっと受け止めた。
「だ、大丈夫ですか?」沖田の声が頭上から聞こえた。
「は、はいっ…!」琉菜は慌てて沖田から体を離した。
う、うわああなんだいきなりこんな展開!!
琉菜は恥ずかしいやら若干嬉しいやらで顔を赤らめた。沖田の顔を直視できず、今ので少し乱れた着物の裾を直す。
「原田さん、危ないじゃないですか」沖田が原田をたしなめた。
「ちょーっと手が滑ってな」
琉菜を転ばせた張本人・原田はにやりと笑った。どうやら素早く琉菜の背後に回って、文字通り”背中を押した”ようである。
原田は琉菜の耳元に顔を近づけると、小さく言った。
「まんざらでもないだろ?」
原田はさらににやっと笑い、琉菜は口を尖らせた。
「いきなりわけわかんないことしないでください!」
確かに、まんざらでもないけどっ!!
「琉菜さん」
沖田の柔かい声に、琉菜は振り返った。
「おかえりなさい」
久しぶりに見る、懐かしい顔。
あいかわらず無邪気なその笑顔に、琉菜は深い安堵感を覚えた。
「はい。ただいま帰りました」
琉菜はにこっと微笑み、沖田をまじまじと見つめた。
本当に、沖田さんだ。やっと会えたんだ。
今度は、ちゃんとあたしとして。
琉菜は目がじんわりと湿ってくるのを感じた。嬉しくて、泣き出してしまいそうだった。だが、いきなり泣くわけにもいかないと、ぐっとこらえた。
「なんだか、ずいぶん大人っぽくなったんじゃないですか?いくつになったんです?」沖田は親戚の子供に訊くような調子でそう言った。
「女に歳を聞くんですか?」言いながらも、琉菜の顔は笑っていた。
「そうですよね、すみません…」
「いいですよ別に。二十二歳になりました」
余談だが、幕末にいる間は現代では半分の時間しか流れていない、ということが二度のタイムスリップから導き出された琉菜の仮説だった。便宜的に平成の時間軸で単純計算した年齢――満二十一歳、数え年で二十二歳――を自称していたが、幕末で過ごした分を計算に入れればいわゆる「体年齢」はもう一年分程歳を取っていることになる。
「二十二ですか?そんなに経ったんだぁ。大きくなりましたね」相変わらず親戚の子供相手のような言い方をするので、琉菜は「子供みたいな言い方しないでくださいっ」と頬を膨らませた。
「あはは、すいませんつい」
そうして、二人はケラケラと笑った。
こんな何気ない会話でも、本当に楽しかった。
本当に帰ってきたのだと、沖田と再会できたのだと、琉菜は幸せな気持ちに満たされるのであった。
「おい」
その声に琉菜と沖田はハッとして振り返った。
「お前ら俺のこと忘れてるだろ」原田はむすっとして言った。
「すいません…」琉菜は呆然とした。
「忘れてなんかないですよぉ。さ、屯所に行きましょうか!」沖田はのんびりと言うと、目と鼻の先にある西本願寺へ歩くよう二人を促した。
西本願寺の門が見えてきた。
未来にいる時も、何回も来たけど……。
こっちは本当に新選組がいる西本願寺なんだ……!
門をくぐって境内に入ったが、人気はなかった。
時刻は昼過ぎ。見回りで出ていたり、稽古や講義のために建物の中にいる者が多いのだろう。
「まず近藤先生や土方さんのとこに行きましょう!琉菜さんが帰ってきたって知らせなくちゃ」
沖田も心持ち嬉しそうな顔をして屯所の奥を指した。三人は境内を通り抜け、屯所の内部に入った。
近藤の部屋は建物の一番奥にあった。ここに来るのは初めてのタイムスリップから帰る時に「給料」をもらって以来だ。
沖田と原田は何故か琉菜の登場をサプライズにしたいらしかった。故に、琉菜は死角になる隣室の前で待機させられた。
「近藤先生。今よろしいでしょうか」
「総司か。入りなさい」
沖田は襖をがらりと開けた。
「あ、土方さんもいたんすか」原田がわざとらしく言った。
「どうしたんだ。今日はお前ら非番だろ」土方はむすっとして言った。
「実は、お二人に会わせたい人がいるんです」
「お待ちかねだぜ~」
沖田と原田が畳み掛けるように言った。近藤はじれったそうに顔をしかめた。
「もったいぶってないで早く言いなさい」
「はいはい、どうぞー」
沖田の合図で、琉菜は慎重に部屋に入り、沖田と原田の間に腰を下ろした。
そして、手をつき、頭を下げた。
「近藤局長、土方副長。ご無沙汰しております」
顔を上げると、琉菜の目には唖然としている近藤と土方の姿が飛び込んできた。
「只今戻って参りました!」
琉菜がぱっと笑顔を見せると、近藤と土方は我に返ったようにあんぐり開けていた口を閉じた。
「琉菜さん……いやぁ、まさかあなただとは。お久しぶりです。ずいぶん大人っぽくなられた。おいくつに?」
まったく、この師弟ときたら……
琉菜は可笑しそうにクスっと微笑み、答えた。
「二十二になりました」
「二十二だと?そんなにかかったのか」土方が割って入った。
「あっ、でもあれですよ。前は十五歳って咄嗟に言ってたんですけど、数え年だったら十七歳でした」
「なんなんだそりゃあ」
土方は眉間にしわを寄せた。ややこしいことを言ってしまったと琉菜は少し後悔し「まあ細かいことはいいじゃないですか」とはぐらかした。
「とにかくよかった。ちゃんとこの時代に戻ってこられたんですね」近藤が優しげな眼差しで琉菜を見た。
「はい。やっぱり、あたしの運命の地はここしかありません」
琉菜は満面の笑みで答えた。
「それじゃあ、早速明日から、また賄い方として、ここで働いてもらえますか?隊士も増えたから、琉菜さんがいれば百人力だ」
近藤が二言目にはこう言ってくれたのが、琉菜には嬉しくてたまらなかった。
「はい!喜んで!」
ああもう、本当に懐かしい!!
もう何もやましいこともないし、このままのあたしで、変な頭痛に悩まされることもなく、もう一度賄い方としてここにいられる。
前も楽しかったけど、こっちの方がリラックスできるし断然いい!
今、最高に幸せだなぁ。
「琉菜」
そんな幸せ気分に水をさすかのように、土方は鋭く琉菜の名を呼んだ。
「話がある。来い」
土方はすっくと立ち上がると、さっさと部屋を出ていった。
琉菜は不思議そうな目で近藤らを見たが、全員よくわからないといった様子だ。
琉菜は軽く頭を下げ、「失礼します」と土方の後を追った。
「土方さん!」
前方をスタスタ歩いていた土方に、琉菜は小走りで追い付いた。
「なんなんですか?話って」
「黙ってついてこい」
相変わらずというかなんというか……
琉菜は少しむっとしながら土方の後ろを歩いた。
土方は副長室に入り、奥にどかっと座った。
あとから入った琉菜はカラカラと障子を閉め、土方の前にちょこんと座った。
「琉菜」
土方はさっと琉菜の左腕をつかんだ。
「ちょ、何するんですか?」
琉菜がふりほどく間もなく、土方は琉菜の着物の袖をぐいっとまくった。
「やっぱりな」
「はい?」
土方はニタッと笑った。
「お前、中富だろ」
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