裏腹少女2

トランクス

第1話 帰還と奇観

「……ったく、ビックリしたよ。連絡も無しにいきなり現れるもんだから」


「何度思い出しても笑えるわぁ、雅人の驚いた顔。エサを欲しがってる鯉みたいに口をパクパクさせてたよね?」


「う、うるさいなぁ。だって本当に驚いたんだもん」


 2人でリビングのソファに座って寛ぐ。久しぶりに顔を合わせる双子の妹と。


「ねぇ、嬉しかった? 私に会えて」


「まぁ……うん」


「ならもっと喜んでよ。涙流して崩れ落ちるとか」


「どこのロミオっすか」


「思い切ってガバッと抱きつくとか。こう思い切り」


「妹相手にそれはちょっと…」


 数ヶ月ぶりに顔を合わせた華恋は以前と変わらない饒舌ぶり。ここに帰って来れた事が嬉しかったからかテンションが異様に高かった。


「教えてくれたら駅まで迎えに行ったのに」


「雅人をビックリさせようと思って内緒にしてたからね。おばさん達には言ってあるけど」


「ちぇっ……なら1人だけ知らされてなかったのか」


「ううん、香織ちゃんにも言ってないわよ」


「あ、そうなんだ」


 テレビは点いていない。なので聞こえてくるのは互いの喋り声だけ。


「皆はいないの?」


「ん? 父さん達は仕事で、香織は遊びに行ってるよ」


「そっか。なら今この家にいるのは私とアンタだけって事か」


「な、何さ…」


「雅人と2人っきり…」


「いや、華恋が想像してるような事は絶対に起きないからね? 変な考えを起こすのはやめてくれよ」


「ちっ、つまらん奴」


 妄想を繰り広げだしたのでツッコミを入れる。何故か不機嫌さを表した舌打ちを飛ばしてきた。


「またこっちの学校に通うの?」


「当たり前じゃん。あんな遠い所までわざわざ通えないし」


「じゃ、じゃあ本格的にこっちに住む事になったんだよね?」


「そうよ。だから最初にそう言ったじゃない」


「そっか……良かった」


 彼女の帰還は一時的な旅行ではなく完全な物。どうやらまた一緒に生活が出来るらしい。


「制服とっといて良かったぁ。処分してたらまた買い直さなくちゃだもんね」


「そだね。華恋が置いてった漫画も全部残してあるよ」


「お、マジか。やっふぃ~」


「僕の部屋に置いてある。ベッドの下に積み重ねてあるから」


「わ~い。なら後で運ぶの手伝って」


「へいへい」


 残していった私物はほとんどがそのまま。もし華恋が帰ってきた時の為に。そう考えて大切に保管していた。


「ねぇ、またあの客間借りちゃっても良いのかな…」


「良いんじゃない? 別に誰も使ってないし。それにあそこ使えないと寝泊まり出来る場所なくなるじゃん」


「ならまた使わせてもらおうかな……遠慮なく」


「うん。遠慮なんかいらないよ」


「まぁ使えなかったら使えなかったで、雅人の部屋で寝泊まりさせてもらえば済む話なんだけどね」


「いやいや…」


 客間の布団をいつ干したか思い出せない。最近触れた記憶が無かった。


 しかし母さんは華恋が帰って来る事を把握していたハズ。なら事前にそれぐらいやっているかもしれない。


「また一緒に寝られるね、お兄ちゃん?」


「またって一緒に寝たの1回だけじゃん」


「あぁ……あの夜は幸せだったなぁ」


「お、思い出さないでくれ…」


 きっとあの日は頭がどうかしていたのだろう。二度と会えなくなるかもという淋しさが原因で。だがこうして再会した今となっては消し去りたい黒歴史となっていた。


「雅人がどうしても私と寝たいって駄々こねるから一緒に寝てあげたんだったわよね」


「いや、違うって。そっちが僕の部屋に来たんだよ。捏造しないで」


「あら? そうだったかしら」


「そうだよ…」


「ん? 何?」


「い、いや……別に」


「ふ~ん…」


 会話中に彼女がスカートを穿いた足を組み替える。遠慮なく豪快に。


「……見たい?」


「な、何を?」


「この中」


 慌てて目線を逸らすと意味深な台詞を発してきた。スカートの裾を持ち上げながら。


「ちょっ…」


「どうしてもっていうなら見せてあげない事もないけど」


「やめようよ、そういうの。自分が何を言ってるか分かってるの?」


「もちろん。で、見たい?」


「……う」


 その二択を問われれば間違いなく実行案を選ぶだろう。目の前で素肌を露出されたんじゃ意識するなという方が酷な話だ。しかし相手は妹。双子の片割れ。義理ではなく血の繋がった身内だった。


「ねぇ、見たい見たい~?」


「ぐっ…」


 1人で葛藤している間にも太ももが何度も視界に飛び込んでくる。迫られているのは変態か真人間かの線引き。


「……ちなみに何色だと思う?」


「え?」


「ピンクかなぁ、水玉かなぁ。それとも純白かなぁ」


「えと、あの…」


「確認したらすぐに分かるよ。なんなら触らせてあげても…」


「ああぁああぁぁーーっ!!」


「うおっ!?」


 思わず大声で叫んだ。膝に手を突いて立ち上がりながら。


「いい加減にしてくれよ。そういう冗談言うの」


「どうして?」


「もし僕が本気にしちゃったらどうするのさ」


「そしたら普通に見せてあげれば良いだけじゃない。何も問題ないハズよ」


「いやいや、大アリだって…」


 思考回路がおかしい。まるで別人になってしまったかのように。


「良いじゃん。こうして久しぶりに会えたんだしぃ」


「久しぶりに再会した事と下着を見せる事に何の関係があるのさ」


「だって溜まりまくってるんだもん」


「何が?」


「その、いろいろ…」


「……えぇ」


 質問に対して彼女が頬を膨らませる。目線を逸らすと足を前後にバタつかせ始めた。


「そういえば向こうの生活はどうだった?」


「ん~、まぁまぁかな」


「普通って事か」


「ずっとこの家に帰ってきたいって思ってた」


「そ、そうなんだ…」


 空気を変える為に別の話題を振ってみる。だが返ってきたのは予想より鈍い反応だった。


「あ……えと、なんか飲む?」


「ん? じゃあ、お茶ほしい」


「了解」


 微妙に気まずくなった雰囲気に耐えられず移動する事に。立ち上がってキッチンを目指した。


「隙ありっ!」


「うぉっと!?」


 冷蔵庫を目指すがバランスを崩してしまう。背後から強烈なタックルを喰らったせいで。


「ちょっ……何するのさ」


「あぁ、久しぶり。この感じ…」


「離れてくれ。引っ付かないでくれよ」


「雅人の匂い、あぁ~」


「ぎゃああぁあぁっ!!」


 背中に妙な感覚が走った。くすぐったいようなゾッとするような悪寒が。


「こういうのダメだってば。やめようよ」


「にゃ~、にゃ~」


「このっ…」


 マニキュアが塗られている指先に触れる。服を掴んでいた手を強制的に剥がし始めた。


「だってぇ、淋しかったんだもん」


「それは分かったから。早く離れて」


「親戚のおじさんにイジメられたりしてさぁ」


「え?」


「だからずっとこうして甘えられるの楽しみにしてたのに…」


「そうなんだ…」


 互いのテンションが下がる。先程までの盛り上がりが嘘のように。


 やはり向こうで色々あったらしい。親戚とはいえ今まであまり接点のなかったような子。相手からしてみれば他人も同然だろう。そんな環境でこき使われている姿を想像すると手に込めていた力が抜けていってしまった。


「酷いんだよ、おじさんたら」


「うん…」


「私がお腹空いた~って言うと、すぐに車に乗せてきてさ」


「うん…」


「焼き肉やらお寿司屋さんに連れて行って『たくさん食べなさい』って言うの。私を太らせようとするんだよ」


「……メチャクチャ良いおじさんじゃないですか」


 二重の意味で肩を落とす。想像していた内容とまるで違っていたので。


 イメージでは物でもぶつけられたりしていたのかと思っていたのに。脳内に作り出された世界名作劇場を返してほしかった。


「おかげで3キロも太っちゃった」


「大して変わらないよ…」


「3キロ減らすのがどれだけ大変かアンタ分かってんの? 死ぬほど運動しないといけないんだからね」


「なら頑張ってダイエットに励んでおくれ…」


 やっぱり彼女は逞しい。へたれな兄とは違って。話を聞くと向こうの家ではかなり大切に扱われていたとの事。入れ替わりたかったと感じてしまう程に。


「でも雅人がいないのが唯一の不満だったけどね」


「そ、そうですか」


 それからスナック菓子をつまみながら互いの思い出を語り合った。空白の数ヶ月にどんな生活を送っていたのかを。


「へぇ、雅人にしては思い切った事したじゃん」


「誰かさんを見習ってみようかと思ってね。勇気を出してみたのさ」


「やだ、そんな……面と向かって誉められると恥ずかしい」


「ヨダレ垂れてるよ」


「うおっと! ジュルル…」


 彼女からは引き取ってくれた親戚の話を。自分からは家族の近況を伝えた。ついでにバイトを始めたという報告も。




「あら、華恋ちゃんもう来てたのね」


「はい。またお世話になります」


「こちらこそ。長旅だったからお腹空いてるでしょう。今、晩御飯作るからね」


「あ、私も手伝います」


 そして夕方頃には両親も帰宅。2人共、早めに仕事を切り上げてくれていた。


「良かったな。華恋ちゃんが戻って来てくれて」


「だね」


「父さんも早く華恋ちゃんの顔を拝みたかったから帰りに何度も車をぶつけてしまったよ」


「……その顔の傷は母さんに殴られた物だったのか」


 和やかな空気の中で香織を除く4人で食卓を囲む事に。テーブルに並べられていたのは普通の白米や味噌汁。だけどいつもと少しだけ味が違う気がした。


 しばらくすると遊びに出かけていたもう1人の妹も帰宅。予期せぬ来訪者にそれはそれは驚いた表情を浮かべていた。動画を撮っておけば良かったと思うレベルで。




「これで全部?」


「うん。基本的にはこの家にいた時のだけどね」


「ふ~ん…」


 食後には客間を訪れる。夕方に届いたダンボール箱を整理する為に。


「お?」


 中身を漁っていると見慣れた衣類を発見。手に取って掲げてみた。


「うららちゃんだ」


 派手なデザインなので周りの物よりも際立っている。意識の中に甦ってくるのは険悪な関係の頃に参加したコスプレイベントの思い出。


「あっ、アンタの部屋に置いてある私の漫画もここに持ってきてくれない?」


「いいよ。取ってくるわ」


 指令を出されたので部屋を出て廊下へ。自室に戻り5往復して荷物を運んだ。


「ふぅ、疲れた」


「お疲れ様~。これであらかた終わったかな」


「たった2時間で部屋が様変わりしすぎだよ…」


「えへへ」


 壁に貼られたポスターや、かけられた制服。壁際に積まれた大量の漫画本。まだまだ揃えなければならない物はあったがほぼ以前の状態に戻っていた。


「不束者ですが宜しくお願い致します」


「あ、こちらこそ」


 彼女が三つ指を突いて頭を下げてくる。咄嗟にお辞儀をして対応した。


「いや、これおかしくない?」


「ん? どこが?」


「なんていうか……嫁入りに来た奥さんの挨拶みたいっていうか」


「なら合ってんじゃん」


「……思い切り不正解だよ」


 どこまでがボケでどこまでが本気か分からない。頬を膨らませて睨み付けてくる顔が若干怖かった。


「いっぱい汗かいちゃったね。シャワー浴びよっか」


「そだね。中のシャツがベトベトだ」


「じゃあ着替え準備したらバスルーム行くから先に行ってて」


「うん……って、いやいや」


「ん?」


 用も済んだので退散する事に。取っ手に指をかけるがその瞬間に意味不明な提案を持ちかけられた。


「つい返事しちゃったけど何で一緒にお風呂入る事になってるの?」


「え? ダメ?」


「ダメに決まってるじゃん。父さん達に見つかったらどうするのさ」


「あぁ、確かに」


「まったく…」


 一体何を考えているのか。一瞬、妙な期待をした自分が情けない。襖を開けて隣の部屋へと出た。


「な、なら家に誰もいない時にしよっか。今日の昼間みたいに」


「バカやろおぉーーっ!!」


 力任せに戸を閉める。恥ずかしさを隠すように慌てて階段を駆け上がった。


「……アホだ。本物のアホだ」


 久しぶりに会えたと思ったらまさかあんな変態に成り下がっていたなんて。隠していただけで元からああいう性格だったのかもしれないが。


「とうっ!」


 部屋に戻ってくるとベッドにダイブする。大技を決めるプロレスラーの気分で。


「うっわ…」


 愉悦を求めたが汗で湿ったシャツが背中に密着。全身から不快感が発生していた。


「……まだ来てないよね」


 タンスから着替えを取り出すと部屋を出て階段を下りる。天敵と鉢合わせしないように細心の注意を払いながら廊下を移動した。


「今からお風呂入ってくるからぁっ!」


「え?」


 バスルームへとやって来た後はリビングに向かって大声で叫ぶ。入浴する事を家族にアピールするように。


 これで華恋が来ても誰かが引き止めてくれるハズ。ビクビクしながら扉をくぐった。


「……ふぃ~」


 浴槽に浸かってリラックスする。シャワーを浴びるだけで済ませようかと思っていたが結局のんびりと時間を消費する事に。


「んん…」


 もし華恋と一緒に入っていたとしたらどうなっていたのだろうか。生まれたままの状態で彼女がすぐそこにいる姿を想像すると顔が熱くなるのを抑えられなかった。


「うっ…」


 恥ずかしいし情けない。言葉と感情が一致していない事実が。


「ふぃ~、サッパリ」


 適当にぬるま湯を堪能すると風呂から上がる。タオルで濡れた髪の毛を擦りながらリビングへとやって来た。


「おかえり。お母さん達、もう寝ちゃったよ」


「早いね。確か明日って休みなんでしょ?」


「疲れてたんじゃない? さっきもテレビ見ながらずっとウトウトしてたもん」


「毎日毎日、大変だなぁ」


 リビングにやって来ると1人でテレビを見ていた香織を見つける。変態はまだ片付けを続けているのか不在。


 明日は華恋の帰還祝いに家族で食事に行く予定だった。しかし自分はバイトがあるため欠席。本人に口止めされていたとはいえ内緒にしていた両親を少し恨んだ。


「じゃあ僕も寝るわ」


「ほいほい。私の部屋、無断で漁らないでね?」


「う~ん……香織のウサギさんパンツを見てもなぁ」


「あれ? どうして私の下着の種類知ってるの?」


「そんな…」


 ドライヤーで髪を乾かすとリビングを退散する。奇妙なやり取りを繰り広げながら。


「うりゃっ!」


 そして30分前の行動を再現するように自室のベッドへとダイブ。先程と違って布団の温もりが心地良かった。


「どうしよう…」


 ケータイを手に取り悩む。妹の帰還を友人達にも報告しようかと。


「むぅ…」


 バラさずに直接会わせるのもアリしれない。目の前でリアクションが見られるのだからそちらの方が良かった。


「ま、いっか」


 連絡する意思を消してケータイを机の上に戻す。風呂上がりで目が冴えているので漫画を読む事に。


「ん?」


「開けてもいい?」


「いや、開けてから言われても」


 しばらくすると訪問者が登場。パジャマ姿の華恋がそそくさと進入してきた。


「えへへ、何やってたの?」


「……漫画読んでた」


 体を起こしてベッドの端に腰掛ける。彼女が密着するように隣に座った。


「明日はバイトなんだっけ?」


「そだよ。昼から夜まで」


「ふ~ん、なら一緒に外食行けないんだぁ」


「そうだね。悪いけど」


「はぁ…」


 風呂上がりなのか頬が赤い。ジャンプーの良い香りが全身から漂っていた。


「あ~あ、雅人と一緒に行きたかったなぁ」


「別に落ち込まなくてもこれからはいつでも行けるじゃん。同じ家に住むわけだし」


「あっ、そっか」


「一緒に行くかどうかは分からないけど」


「行こうね~、2人っきりでどこかに」


「……気が向いたらね」


 肩に重量が付加する。彼女が頭を乗せてきたせいで。


「じゃあ次のバイト休みいつ?」


「3日後。でも颯太の家に遊びに行く約束してるから」


「よし、3日後ね。一緒にお出掛けするわよ」


「いや、あの……話聞いてます?」


「晴れると良いなぁ。天気良いといいなぁ」


「だからその日は先約があってですね…」


「あっ、でも雨降ったら降ったで相合い傘出来るじゃん。やったね」


「……えぇ」


 意向を無視した外出予定が発生。必死で言い訳を口にしたが強引に押しきられてしまった。


「あ、あの…」


「ん?」


「そろそろ寝ようかと思うんだけど。明日バイトあるし」


「あっ、そっか。長居しちゃ悪いわね」


 やや無理やり協議を打ち切る。これ以上の被害を出さない為に。


「……何?」


「おやすみのチュー」


「出てけ」


 直後に彼女が唇を尖らせて接近。ドアを指差して退場のサインを送った。


「えぇ、なんでぇ~?」


「早く寝たいんだよ。出て行ってくれ」


「だからその前にチューを…」


「壁に貼られたポスターとでもやってなよ。ほらっ!」


「ちょっ…」


 しぶる訪問者の背中を押す。テリトリーから追っ払おうと。


「やだやだやだ~」


「しつこいなぁ、もう」


「きゃっ!?」


「……あ」


 簡易的な相撲を繰り広げていると予期せぬハプニングが発生。伸ばした手が振り向いた彼女の胸に直撃してしまった。


「ご、ごめん。決してワザとではなくて」


「む…」


「本当に偶然なんだよ。すいません、すいません」


「んんっ」


「申し訳ないです」


 咄嗟に体を離して謝罪する。初めてこの家で華恋と顔を合わせた日の記憶を思い出しながら。


「……触られた」


「うっ…」


「雅人に触られた。おっぱい」


「いや、あの…」


「酷い……いくら家族だからってそんな」


「ひいいぃっ!」


 彼女がジト目で睨んできた。明らかに不機嫌と分かる様子で。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!」


「……悪いと思ってるの?」


「はい、はい。この通りでございます」


「ふ~ん…」


「うぅ…」


 立場が逆転する。強気な姿勢は一気に瓦解していた。


「ならキスして」


「……へ?」


「チューしてよ。私に悪いと思ってるんでしょ?」


「は?」


 制裁を覚悟していると見当違いの意見を振られる。断ったばかりの要求を。


「ん~」


「あ、あの…」


「チュー」


「そんな…」


「ほらぁ、早くしてよぉ」


 もしかしたら何も感じていないのかもしれない。彼女のそれは今のセクハラ行為を意に介さない態度だった。


「はい、こっちこっち」


「え? ちょ…」


「もう夜遅いから良い子は寝ようね」


「ま、雅人ぉ?」


「ほいっ!」


「あ~~ん」


 体を引きずる形で部屋から追い出す。廊下に出た瞬間に勢い良くドアを閉めた。


「……行ったか」


 すかさずドアノブに全体重をかける。数回ガチャガチャ回してきたが全て無視。扉越しに聞こえてくる足音で撤退した事を確認した。


「ふぅ…」


 1人になると再びベッドに倒れ込む。謎の疲労感を噛み締めながら。


「ん?」


 再び漫画を読もうか考えていたらケータイの画面が点灯した。メッセージの受信音と共に。


「う、うわぁっ!!」


 すぐに内容を確認する。差出人は今しがた追い返した人物。開いた画面には『大好き』という文字の周りに大量のハートマークが付け加えられていた。


「何これ…」


 呪いとしか思えない。強力な呪術か黒魔術の類なのだと。


「……はぁ」


 彼女が帰って来てくれた事は嬉しかった。もう二度と会えないと覚悟していたので。


 けれどその喜びは半減。ワクワクと同時に得体の知れない恐怖感に襲われてしまった。

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