食品リサイクルの優等生

 小笠原商事はかつて伊刈が指導した東洋エナジアと同様、動植物性残渣をリサイクルしている工場だった。ただし大規模な乾留設備を備え、サーマルリサイクル(エネルギーリサイクル)を考えていた東洋エナジアとは全く違ったビジネスモデルを採用していた。厨房くず、惣菜工場の残渣、売れ残りのパンなど、まだ腐敗していない上質の動植物性残渣をミルで粉砕してリキッドフィーディング(液飼)に加工して養豚家に販売し、飼料にならない粗悪な残渣は籾殻と混ぜて麹菌発酵させてコンポスト(特殊肥料)に加工し、農家や、園芸家、ゴルフ場などに販売していた。ローテクではあるが売れないものは何もないという理想のリサイクル工場のはずだった。

 小笠原はもともと市内の養豚家だったが、腰椎カリエスを病んだことをきっかけに廃業し、飼料の価格が年々上昇することに目をつけ、農林水産省の補助を得てパーフェクトリフィード研究所を起業し、動植物性残渣を飼料に加工する工場を市内の養豚団地の近くに建てた。かつての仲間だった養豚家たちは品質のいい飼料なら買い取ると約束していたが、内心ではうまくいくはずがないと思っていた。ところが食品リサイクル法の施行が追い風となって事業が急拡大した。売上高が十億円を超えたときに、本社を営業先の食品工場の多い神奈川県に移し商号を小笠原商事に変更した。小笠原は犬咬工場から車で十五分ほどの海辺のマンション(バブル経済時代にリゾートブームに乗って建てられた定住リゾートマンションで、売り出し当時の十分の一に値下がりしていた)に単身で住んで工場管理を自ら続けた。良質のリキッドフィーディングを作るための原料の配合割合は従業員にも秘密にしていた。カリエスの後遺症で骨がもろくなる難病を併発してからはサスペンションの硬い重機の運転を長時間続けることができなくなってしまった。それでも終日工場につめて監督をしていた。

 群馬県庁の園山と鳥飼が環境事務所にやってきた。挨拶もそこそこに伊刈はさっそく小笠原商事の工場に二人を案内した。あらかじめ立ち入りを通告してあったので小笠原が自ら工場の入り口で待っていた。かつての養豚家はいまやベンチャー企業の社長になっていたが、病気のせいなのか覇気が感じられなかった。工場内の悪臭は思ったほどではなかった。市街地なら迷惑施設になるだろうが周辺は養豚団地で、この程度の悪臭なら気にする者はいないだろうと思われた。佐渡が農地に埋めていた汚泥とも堆肥ともつかぬものは見当たらなかった。

 「これはどういうプラントですか」群馬県庁の園山が尋ねた。

 「リキッドを作ってるんですよ」小笠原はいくらか農家の訛りが残ってはいるものの養豚家だったとは思えない垢抜けた言葉で答えた。

 「どういう意味ですか」

 「液飼ですよ。液体の飼料と書きます。うちの商品名はパーフェクトリフィードって言いますけど、リキッドフィーディングとかリキッドとか言った方が通じますね」

 「どうやって作るんですか」

 「最初のうちはですね、厨房くずを買ってきてミルで粉砕していたんです。だけどそれじゃ量が足らないから今はコンビニやスーパーで賞味期限切れになった弁当や惣菜なんかを受けてます。ただ弁当を飼料にするには塩分の調整が難しいです。そこが企業秘密ってことです」

 「弁当の容器はどうするんですか」

 「最初は手で容器から出してたんだけど、最近はいい破砕機ができたんで助かってますよ。弁当の中身と容器を機械でうまく分けてくれるんだ。これができたから弁当のリフィーディングが合うようになったんです。人手で分けてたんじゃやるだけ赤字です。開発したのは長野の会社ですよ」

 小笠原社長の案内で最新式だという弁当の破砕選別機を確認した。弁当を容器ごと粉砕し、中身と容器が別れて出てくる。もちろん容器には生ゴミが付着しているし、中身のほうにもプラスチックのフィルムが全く混入しないわけではないが、製品になるまでの工程で選り分けることが可能なレベルだと小笠原は自慢そうに言った。

 小笠原商事の主力商品だというパーフェクトリフィードは流動食のようなクリーム色をしたどろどろの液体だった。異臭とまではいえないがかなり生臭かった。

 「これをブタが食べるんですね」伊刈が念を押すように言った。

 「栄養あるんですよ。もともと人間が食べようとしていたものですからね」小笠原が答えた。

 「これがですか」園山がちょっと呆れながら聞き返した。「これゲロモンですよ」

 「人間だってクソまずいスムージーやら青汁やらを健康にいいと有難がって飲むでしょう。それと同じものなんですよ。豚用のスムージーだと思ったらいい。生ゴミのリサイクルにはいろんな方法があるけどこれが一番だと思いますよ」

 「どうしてですか」

 「ミルで粉砕して成分を調整するだけだから余計なエネルギーが要らないでしょう」

 「ほかにはどんな方法があるんですか」

 「生ゴミを乾燥フレークにして配合飼料に混ぜる方法がありますよ。これだとリキッドみたいにすぐに腐らなくていいんだけどね、乾燥にとんでもない電気代とか油代とかかかるんだ。とてもやってけないからこっそり捨ててるんじゃないの」

 「なるほど」

 「バイオ燃料を作る工場もあるみたいだけどね、もともと食べられるものだからもったいないでしょう。それにね燃料を作るための燃料のほうが余計かかるんだよ。それじゃほんとのリサイクルとは言えないでしょう。まあ最近はトントンの工場もあるみたいだけど」

 「メタンガス化はどうですか」群馬県の鳥飼が尋ねた。

 「あれはね、なんでも入っちゃうから便利は便利だけどプラントが高いからね。それにガスを取ったあとに何も残らないわけじゃないでしょう。それがどうなってるか心配だなあ。肥料(液肥)にするって言ってるけど売れるかなあ」

 「そろそろ本題に入りたいんですが、赤城産業への出荷の状況を教えてもらえますか」園山が真顔になって言った。

 「ああ営業のことはね本社に任せているんですよ。帳簿も向こうにあるんです。自分はこっちにずっと詰めてるからわからないなあ」それまで熱心にプラントの説明をしていた小笠原が急に無責任に答えた。

 「社長なのにわからないんですか」園山がなお問いつめた。

 「少なくともね、ここからは行ってないと思いますよ。赤城産業なんて聞いたことがないですからね」

 「それはないでしょう。赤城産業には小笠原商事の犬咬工場から来たものだという記録があるんです。こちらにも何か書類があるんじゃないですか」

 「ですから本社にはあるかもしれませんが、ここにはないです」

 「昇山という会社はどうですか。昇山の横嶋さんをご存知じゃないですか」伊刈が小笠原の目をじっと見据えて言った。

 「横嶋さんなら知ってますよ」小笠原はあっさりと認めた。

 「横嶋さんに出荷してたんですね」

 「今は止めましたがパーフェクトグリーンを出してました」

 「パーフェクトリフィードじゃなくて」

 「特殊肥料ですよ。以前作ってたことがあるんです。今はもうやめましたよ。あまり売れ行きがよくないんで今はノーブランドで農家に無料で配ってますよ」

 「それどこにありますか」園山の目が輝いた。

 「だから今はもう作ってないですよ」

 「そんなことはないでしょう。佐渡さんの現場で見ましたよ」伊刈が言った。

 「佐渡なんて人は知りませんねえ」

 「パーフェクトグリーンを作っていたプラントはまだありますか」

 「それは」小笠原は口ごもった。「だからもう動いてないから」

 「許可証には発酵処理がありますね。動いてなくても許可があればプラントは残ってるでしょう」喜多が鋭く指摘した。

 「まあそうですが」

 「どこですか」伊刈が畳みかけた。

 「リキッドの工場の裏ですが見てもしょうがないですよ」小笠原は気が進まないように答えた。

 小笠原にしぶしぶ案内させてコンポストプラントを点検した。そこはオーバーフロー状態であることが一目瞭然だった。有機汚泥を発酵させるための種菌を植える混練施設は稼動した形跡がないのに原料の入荷は続いているようで、動いていない処理施設を素通りして原料の食品残渣をいきなり熟成ヤードに積み上げていた。生ゴミにハエがびっしりとたかり、赤飯にふりかけたゴマどころかオハギのように真っ黒だった。これを出荷していたとすれば悪臭の苦情が来るはずである。

 「あの人は」ローダーを使って熟成ヤードで生ゴミを切り替えしている作業員を見咎めて伊刈が小笠原に聞いた。

 「ああ、うちの工場長の米沢ですね」

 「工場長がいたんですか」

 「こっちは彼に任せてるんです」

 「ちょっと工場長にお話を聞かせてもらってもいいですか」

 「かまいませんよ」小笠原は苦い顔をしながらも承諾し、米沢を手招きした。

 米沢はローダーを停めて伊刈たちの方にやってきた。四十台後半と思われる小柄な男だった。ぼろぼろの作業服に似合わない色白で、顔つきもどことなく平凡なサラリーマン風だった。

 「これはひどいですね。これで発酵してるんですか」伊刈が米沢に尋ねた。

 「いやこれは発酵してませんね」米沢は開き直ったようにあっさりと認めた。隣で小笠原が渋い顔をしていたが、とくにさえぎる様子もなかった。

 「でもここは発酵処理をする工場じゃないんですか」

 「今は発酵はやってないですよ。籾殻かオガクズで脱水しているだけですね。発酵させるにはね、まめに空気を入れないとだめですからね」

 「農地で悪臭の苦情が相次いでいるんだけど佐渡という男を知ってますか」

 「佐渡ですか。うちの出荷先かもしれないけど本社で確認してもらえますかね」

 「出荷してる商品はどこですか?」

 「この熟成ヤードのものです」

 「具体的にはどれですか?」

 「まあこのあたりの」小笠原が指差したのはハエがびっしりとたかっている目の前の腐敗した生ゴミだった。

 「これが商品ですか。腐ったゴミでしょう」

 「いや一応脱水はしてありますしね、出してからちょっとは熟成しますよ」

 「切り返しはどれくらいの頻度でやってるんですか」

 「ほんとは一週間に一回やらないとね。それを四回繰り返すと製品になります」

 「ここにあるのは何週目なの」

 「これはまあ入荷したばっかりですね」

 「四週目のはあるの」

 「今はないですね」

 「未熟成のまま出荷しているから悪臭の苦情が来てるんじゃないかな」

 「苦情なんて聞いてないですよ。畑に播けばいい堆肥になりますから」

 伊刈は呆れたように小笠原に向き直った。「社長、コンポストプラントは動いてないと言ってましたけど入荷は続いているみたいじゃないですか」

 「こっちは米沢に任せてるから」小笠原は無責任な発言をした。

 「工場長どうなの」伊刈はまた米沢を見た。

 「そりゃあ見てのとおりでしょう。入荷はかえって以前より増えてますよ」米沢は社長の前もはばからずにあっさり言った。

 「どうしてこんなにオーバーフローしちゃったんですか」

 「食品リサイクル法が施行されてからですね。本社がここぞとばかり受注を増やしちゃいましてね」

 「社長がやらせてるんじゃないの」

 「本社の受注はほとんど副社長がやってるみたいですよ」

 「でも社長が認めてるんでしょう。どうですか社長」

 「副社長は元商社マンでやり手なものですから営業をすっかりお願いしてるんです。今はビッグビジネスのチャンスだってことでしてね。ここでシェアを伸ばさないと後の祭になるから、とにかく取れるだけ取るという方針のようでね」

 「他人事みたいに言いますけど社長は社長なんでしょう」

 「まあそうですけど本社の方針ですから」

 「それで荷が多くなったんで発酵工場の熟成期間を短縮したってことですか」

 「まあ若干ね」

 「どれくらい短縮したんですか」

 「さあねえ、工場長どうなの」小笠原は米沢を見た。

 「二、三週間くらいかねえ」米沢は曖昧に答えた。

 「でもこのヤードにあるのは一週間もたっていないのばかりみたいですよ」

 「いや奥のほうには古いのがありますよ」

 「奥はもう山積みにしちゃって出せなくなっちゃったからじゃないですか」

 「それもありますが」

 「熟成していないナマ同然の残渣を出荷したら苦情が来るに決まってますよ」

 「いえいえ成分的には堆肥に使っても問題ないんですよ。農水省から肥料取締法の認定も受けてます」

 「ナマの残渣で認定を受けられるんですか」

 「ナマに近いほうが書類上はいい成績になるんですよ。アンモニアが抜けた後だとかえって窒素分が減りますからね」

 「そんなのありですか。農水省は認定のときに現物を見に来ないんですか」

 「出先の肥料検査所が来てますよ」

 「それでなんて言ってたんですか?」

 「臭いねとは言ってましたが認定はくれましたよ。認定証ご覧になりますか」

 「それじゃあ横嶋さんにはその認定された肥料を売ったんですね」

 「横嶋って誰でしたっけ」米沢は小笠原社長を見た。

 「横嶋さんには堆肥じゃなく土壌改良材を売ったと思いますね」小笠原があっさりと横嶋との取引を認めた。

 「どこが違うんですか」

 「まあ値段が違うってことですかね。肥料だと一台一万円、土壌改良材だと無料で出してます」

 「佐渡さんは一台一万円で買ったって言ってましたけど、それもやっぱりここのものですね」

 「さあその佐渡って人は知りませんから」

 「土壌改良材は無料だと言いますけど、むしろ処分費を払ったりしてませんか。横嶋さんだったら無料はないと思いますよ」

 伊刈の頭の中には小笠原商事から裏金で処分料をもらい、出荷先に認定特殊肥料として売る横嶋のダブルインカムの詐欺の手口がはっきり思い浮かんだ。横嶋が関与してるならそれしかないだろうと思った。同時に佐渡の手口も想像できた。小笠原商事からは横嶋と同様に処分費を裏金でもらい、農家からは造成費をもらっているのだ。

 「無料ってことは証明できますか」

 「無料だから書類がないんですよ」

 「勝手に持って行かせてるってことですか。売ってる堆肥はどうですか。それは売上が立ってるわけですよね」

 「うんそれは経理部長の女房に任せてるからね。もしかしたら横嶋への支払いも経理部長がやってるかもしれないなあ」小笠原が渋い顔をしながら説明した。

 「支払い? 売上だから請求じゃないんですか?」

 「ああその支払ったり請求したりと思うけど」小笠原の答えはもはやしどろもどろだった。

 「園山さん、どうされますか」伊刈は呆れた顔で立ち尽くしている園山を見た。

 「ここにあるものが赤城産業に出荷されたものと同じかどうかは見ただけでは判別できません。赤城産業のものは時間が経っているせいか、さすがにこれほど臭くはないんです」

 「それなら検査をしてみましょうか。成分検査をすれば同じものかどうかわかるかもしれない。うちはここのと佐渡の現場のものを調べてみますよ」

 「赤城産業のものは検査済みです」

 「それはよかった。じゃあそれと比較すればはっきりしますね」

 「小笠原商事に対して(廃棄物処理法)十八条報告を命じ、赤城産業に出したことが確認できれば措置命令(撤去命令)を発しようと思っていますがどうでしょうか」園山が言った。

 「うちでもう少し調べてみますよ。本社にも立ち入ってみて群馬に行ってたならまず自主回収を指導します」

 「そうしていただけると助かります。代執行までやるとなると予算も必要だから時間がかかってしまいますから。こちらの事務所のご指導でうまく行かなければ、うちで本社立ち入りを実施します」伊刈は他県にも勇士がいるのを知って心強く感じた。

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