第51話 事情聴取

 二人の遭難の状況はわかった。

 迷宮には捜索隊が入っている。副団長は地図の空白部分、と言っていた。つまり、そこに足を踏み入れた者は帰ってこなかったということだ。

 あるいは結界か、罠の作動条件があったかもしれない。勇者の卵が大挙して訪れれば、相当の魔力反応になる。条件を満たして、結界内に入れるようになったかもしれない。

 まあ、それに巻き込まれたのは不幸というか必然というか。

 俺と同じ状況なのが気に入らない。

 もしかして勇者の試練とか言うんじゃあるまいな。女神様。

 俺は、“彷徨い人”の宿舎に向かっている。今は迷宮は封鎖され、捜索が行われている状況だ。

 団長もきていると聞く。あの、タヌキそうな団長だ。

 手元にタツト君を置いて何食わぬ顔でとぼけていた。ご子息のパーティにタツト君がいた。

 巻き込まれたのはやはりタツト君だった。しかも問題児とひと悶着あった。

 ご子息はタツト君とかなり親しい間柄になっていたようだったからいろいろ感情的に大変だったと思う。が、聞けば、ご子息は混乱する現場をまとめ、捜索隊の編成までやってのけたという、恐るべき優秀さだ。一冒険者としての立場を超え、指揮官としての手腕を振るう。

 あの狸の息子だってことだよな。良くも悪くもサラブレッドってことか。

 しかも、罠が発動した直後に彼が使った魔法は相当の威力があったらしく、厨二病的に言わせれば、“ニブルヘイム”とかそういう名前で発動する魔法のようだった。魔物を凍らせて砕いていったらしい。怖い。

 氷の騎士、と呼ばれてるらしい。

 まあ、これから各自の記憶を覗かせてもらって迷宮に潜るか。


「こんにちは。諜報部のラビといいます。事件の調査を担当しています。全員に個別に話を聞きたいと思うのですがよろしいですか?」

 食堂に集められた面々は戸惑っていた。そりゃそうだ。これまでに何度も話しているからな。

「では呼ばれた順に俺と対面で話しましょう。」

 食堂の一角に俺は座る。皆とは少し離れた場所。さて、これからが問題だ。

 副団長の彼らへの評価は低い。でもそれはないはずなのだ。彼らは全員、”勇者の卵”であるはずだ。まだ勇者は選ばれていない。彼らの覚悟か、能力か、はたまた成長なのか。

 それによって勇者が選ばれるはずなのだ。そうでなければ、卵という称号は付かないはずなのだ。


「もうさんざん話したぜ?もういいだろう?」

 俺を睨みつけているのは坂上智樹。しかし虚勢なのか握った拳が震えている。

「俺は直接皆さんから伺いたいのです。わかりますか?今までの調査は調査隊への調査。今から行うのは諜報部の調査です。それによって今後のあなた方の身の振り方にも影響が出るかもしれません。心して、俺に正直に話して下さい。名前を呼びます。田中哲夫さん・・・・・・

 ワザと名前だけ日本語で呼ぶ。わかるか、わからないか。


 目の前に座る、30代の男。沈んだ顔をしていて、疲れているように見えた。

「俺は、あまりわからない。魔物を倒して進んでいって、副団長と坂上がもめて。魔物がいっぱい襲ってきて。それから何が何だか。夢中になって逃げたら、藤宮かのんがいなくなってた。」

 覗いたところは、ほぼ同じ、冒険者に助けられてそれ以降の事が見えるだけ。

「ありがとうございました。」

「俺、普通のサラリーマンなんだ。上司の顔色窺って、やっと結果を残せるところまで頑張ったのに…もう、戻れないのか?なあ…」

 俺は顔を覗き込んで言った。

「あなたはガンバリ屋だ。今も頑張ってくれているようだ。次の指示が出るまで、ゆっくり休んでください。そろそろ王都に戻ることになります。ここには調査隊を残してあなた方は帰還することになるでしょう。全てはそれからです。戻れるとは確約できませんが、邪王が倒されたのち、勇者たちがこの世界に残ったとは書いてないんですよね。どの文献も。多分倒したご褒美くらい、女神様はくれるんじゃないでしょうか?」

 にやり、と笑って見せた。ポンと肩を叩いて、退席を促す。


「鈴木啓太さん、でしたね。」

 メモ用紙を手に、彼に問いかける。彼は頷いて、気弱そうな細面にかけた黒縁の眼鏡を指で押しあげた。

「お、俺、な、何も見てない。急に魔物が湧いて取り囲まれて、騎士にかばわれて、逃げた。それだけだ。」

 覗くとほぼその通りだ。パニックを起こして逃げ回った。駆け付けた冒険者に保護されている。

「わかりました。ありがとうございます。」

 彼はきょろっとした目で俺を見た。

「俺、あんた知ってる。王女の後ろにいただろ?」

 俺は頷いた。

「俺は普段は王女殿下の護衛なんですよ。殿下の命令でここに来ました。」

 彼は何故か高揚した。

「す、す、すごい!!王女様の護衛!!」

 興奮して俺の手を握ってきた。いや、その手は女の子にしか触らせたくないんだけどな。

「帰還すればお声掛け位してもらえると思う。大変な事故だったからね。次、楡崎カンナさん呼んでくれるかな?」

 はい!と力強く頷いて軽い足取りで歩いていった。


 来たのは金髪の在留アメリカ人楡崎カンナ。彼女だけが日本人ではない。

「あなた、凄い色の眼ね。本物なんだ。王子様みたい。」

 のんびりとした口調でマジマジと見られて、ちょっとひいた。髪は鬘です。すいません。

「お褒めの言葉ありがとう。で、かのんさんが行方不明になったところ、見てるんですよね?」

 彼女は肩を竦めた。

「あなた、もてるでしょ?…私と、かのんと、結衣が組んでたからね。一番、逃げ道から遠かったのよね~かのんは茫然として助けに飛び込んできた黒髪の男の子をずっと見てたよ。それで後ろから襲ってきた魔狼っていう魔物に襲われて、その男の子が助けてくれたんだ。びっくりしたかのんが地面に座り込んでしまったの。それを男の子が助け起こそうとして、突然光って……」

 彼女が話す場面を再生画像のように視る。タツト君が魔狼を屠り、手を伸ばして引っ張り上げて起こそうとした瞬間、魔法陣が光った。転移魔法陣だ。俺と同じ、罠だ。彼らは今、15層よりも下で、戦い続けているんだろう。

「…で、消えていたのよ。」

 俺は頷いた。

「わかりました。よくある転移罠でしょう。飛ばされたところがどこかはわからないですが。」

 楡崎カンナが、震えた。立ち上がって俺に掴みかかってきた。

「よく、ある?かのんが死んじゃったら、どうするのよ!?」

 俺はその手を握ってほどく。

「そうならないように、騎士団一同、冒険者達も願って動いています。俺が来たのもその一環。ましてや、一緒に消えた冒険者と組んでいたパーティーも、そんな気持でしょうね。だから彼らは捜索隊と一緒に動いている。特にリーダーは副団長がいない間の仮の指揮官を、団長が到着するまで続けた。出来る限りの事は、皆しているんです。ただあなた方が捜索隊に混じるのは感心しません。迷宮に潜る実力が足りてないからです。何かしたいと願うなら、後方支援をお願いします。転移罠とわかったのはあなたが覚えて・・・いたからです。感謝しますよ。」

 ゆっくりと彼女の腕を下に降ろしてニコッと笑った。

「……ッ…」

 彼女は怒りを飲みこんだ顔で、俺を見た。


「瀬川有希さんをお願いします。」

 俺が告げると彼女は踵を返し、瀬川有希を呼びに行った。瀬川有希はショートボブの似合う勝気な眉をした女の子だった。

「…私が知っているのは、魔物が出て逃げたところまで。私はかのんは後ろをついてきていると思ってたわ。だから、いなくなったって聞いてびっくりした。一緒に逃げればよかった…」

 彼女も言われたとおりの画面が浮かんだ。いなくなった事実を知って、いなくなったところを探した。魔物より、かのんがいなくなったことの方が彼女を打ちのめした。

「あなたは薬師でしょう?傷ついた方達の手助けができると思いますよ。帰還したら田村さんと組むといい。きっとあなたのためになる。次は…河崎結衣さんをお願いします。」

 彼女はこくりと頷いて呼びに行ってくれた。


 河崎結衣はやや長めの髪の、明るい雰囲気の女の子。でもこの子は諜報部向きだ。“隠者”の称号がある。

「私もカンナと同じことしか言えない。ああ、ただ、転ぶ時に何か倒してたのはみた気がする。」

 俺はそのシーンを視た。確かに何かの構造物を倒した。これが起動キー。そうか、そういうことか。

「ありがとう。ところで君、諜報部に来ないか?向いていると思う。ただ訓練はスパルタなんだけどね。」

 慣れないウィンクをしてみたら意外にいけたみたいだ。河崎結衣の顔が赤い。やばい、この演技くせになりそうだな。おい。

 あ、アーリアの怒り顔が見えた。

 うん。大人しくしてよう。

「ま、帰還してからだな。次、井上勝道さんお願いできるかな?」

 そう言うと河崎結衣は頷いて戻っていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る