第18話 鬼
最初はちょっとした「違和感」だった。しばらくすると俺の首筋をピリピリとしたものが走る。森がいつもの森ではない。
あの、Aランクの魔物と遭遇した以上の緊張感を感じた。
今回の依頼は常時ある討伐依頼。Eランクの魔物、ウサギに似た魔物の毛皮を5枚。持って行ったところで依頼を受理、達成になる。
魔物はそれほど強くはない。ただ、群れをなす、他の魔物に遭遇する危険のある生息場所であるから、パーティが望ましい。そんな依頼だ。
それが、いつもの出現場所(所謂縄張り)に来てもまったくいない。
索敵をしたがまったく引っかからない。
「カディス、これ、まずいんじゃないか?」
カディスが無言で頷く。撤退しようと言いかけた矢先、アーリアが飛び出した。木が少しまばらになった場所に、3匹、目的の魔物がいた。巣穴から出てきたのか。
「アキラ様、いました!!」
矢をつがえて3発打って走りだす。小さく唸り声がした。一匹に当たった。約15メートル離れた場所にうずくまる。
「待て、アーリア様!」
ほんの数メートル。差にしてそんな距離だ。森の中、一瞬アーリアを見失う。頭の中の地図マップにはきちんとアーリアがいる。仕留めた獲物だけ持って帰るかと思いながら魔物が倒れた場所に向かった。
たった、30秒ほどの差、それがいけなかった。
「きゃあああっ」
アーリアの悲鳴。慌てた俺は開けた場所に出て、いるはずのアーリアがいないことに呆然とした。
アーリアを示すマークを確認すると地図マップ上は森の奥へと高速で移動している。
「何が…」
足型に乱れて潰れた草の痕。落ちている血痕。壊れた歪んだ髪飾り。
それを手にして、俺は“眼”を向けた。そして視た。
アーリアが、大きな”鬼”に攫われたところを。
疾風の如く迫った鬼の腕の一薙ぎに、防御魔法を展開して砕け散る魔石。
髪飾りが役目を終えて散った。
衝撃に切り傷を無数に作って死ななかったアーリアを見て邪悪に微笑む。
恐怖に硬直するアーリアを片手で抱えて”巣”に戻るのか走り出した。
それもほぼ一瞬の出来事。
頭が真っ白になる。
そして追った。マップを移動し続けるアーリアを示すマークを。
カディスと田村さんを置いてきてしまったのは頭から消えていた。
身体強化魔法をかけた。速度アップもかける。
それなのに、まだ追いつけない。不思議と、魔物には遭遇しなかった。
耳には自分の上がる呼吸音しか聞こえなかった。
「アーリア!!」
頭の中に攻撃魔法をストックした。防御魔法も展開。やっと見つけた”鬼”の姿に速度をあげる。
「返せええッ!」
俺の持っている剣は“鬼”の防御に競り負ける。
“鬼”のランクはSランク相当。なら、剣に魔力を。
聖属性の魔法を付与。一時的に性能を引き上げた。
アーリアを抱える腕にピンポイントで石礫をぶつける。
当たっても手は離さない。効果がない。反対側の腕に背中に風の刃を放った。
やっと“鬼”が止まる。
振り返って俺をみるその眼は、鬱陶しいハエが目の前をうろちょろしているくらいにしか、思ってないようだった。
こいつがアーリアを攫ったのは繁殖のため。
そんなことは許さない。
全力で倒す。
そのためにこの森すべてが灰になっても。
俺はその間も奴に迫った。頭をふっ飛ばすつもりで”風の指弾”を放った。
だが奴は仰け反って見せたが踏ん張った。
もっと威力がいる。だけど、アーリアを巻き込めない。その硬直の隙に剣を肩に入れた。
魔力を注ぎ込んでやっと腕を掻き切る。アーリアの身体に防護壁を張って抱きとめた。
「よかった。」
とりあえずホッとした。抱えた腕が震えた。
意識を失くしているアーリアを抱えて後ろに飛んで、彼女を木の根元に降ろす。
結界を張って更に風の盾を張った。
腕を失くした“鬼”が咆哮をあげた。威圧がびりびりと俺の全身を叩く。
一気に“鬼”が俺に俺に迫る。
“炎の指弾”を放った。数十の炎の塊が“鬼”の全身にぶつかって爆ぜた。
だが、奴は苦痛を示すが、内側にダメージは届いてないようだった。
魔法で隙を作って斬る。
俺はただただ、それだけを考えて”鬼”に向かって行った。
“鬼”は俺の世界でゲームに出てくるオーガ”に似ている。
額に角、全身が筋肉質で腰に布がかろうじて引っかかっているような感じだ。
背は2.5メートルほど。体積で言えば俺の二倍はある。皮膚は浅黒く、地は緑色だと思われる。
口は大きく裂けていて犬歯が覗いている。魔法は使えないようだが、振るわれた腕に斬撃の効果があった。皮膚には耐魔法、耐物理の特性があった。攻撃が通りにくい。何度も魔法を放って、剣を振るっているのだが腕を切り落とした時のような効果はない。
(不意打ちと、必死だったから、だろうな)
俺の戦力は経験値でカディスより少し下くらいだ。Sランクと張り合うには足りない。魔法を惜しみなく使ってどうか、というところだろう。
「…アキラ様!!」
ああ、アーリアが気が付いた。よかった。でも振り返らない。
絶望的だろうとなんだろうと、アーリアを無事、城に返さないと――。
「男がすたるんだよ!!」
叫びつつ至近距離で炎をぶつけた。こいつは風より炎に弱いかもしれない。
仰け反る”鬼”に、剣に魔力を思い切り込めて袈裟がけに斬る。肩から腰にかけて線が走った。
血が噴き出してその線から左右に別れて崩れ落ちた。
「はあ…はあ…はあ…」
身体強化の効果が抜けていき身体が重くなった。剣から魔法が失せて刀身が砕け散った。
魔力に耐えきれなかったらしい。その柄から手を離した。地面に滑り落ちた。
“鬼”の眼は生気を失っていた。斬ったところから二つに分かれたその身体に触れて、死亡を確認した。
なんとか、倒せた。
そう思って、気が抜けたのか、痛みが走った。あの重い斬撃を、俺は全身に受けていた。風の防護壁は纏っていたけれど、衝撃が届いていた。あちこち、見れば痣になっていた。急所に受けなくて本当によかった。後ろを振り返ってアーリアの無事を確認した。
アーリアが目に涙をためて俺を見ていた。
「アーリア、無事だったか?」
こくこくと必死で頷いて俺を見る。俺はアーリアのもとに歩きだしながら、結界と盾を解いた。
アーリアが俺に駆け寄る。抱きとめて顔を見た。
「私は大丈夫です。アキラ様こそ、無茶して…カディスと田村様は…」
泣きながら俺をなぜか叱ってくるアーリアにばつの悪そうな顔をした。
「置いてきちまった。慌てたからなあ…」
ドンと胸に衝撃が来た。
「アキラ様に何かあったらどうするのです!勇者様なのですよ?私は替えがいます!ですが、勇者様はこの世界にとってかけがえのない人なのです!私のために無茶はしないでください…これは私が悪かったのです…」
俺は俺の胸を責めるように叩く、アーリアの腕をそっと握った。
「命に代えなんてないんだよ。アーリアは一人しかいない。アーリアに死んでほしくはない。酷い目にあって欲しくもなかった。だから護りたかった。いけないか?」
ぱちぱちと大きな目を瞬いてから俺を見上げる。涙は止まったようだ。その、目元が赤かった。
「…い、いけなくないです…助けて下さってありがとうございます。」
ああ、言わせちまったなあ…俺は首を振って礼はいらないという意思表示をした。
「それに俺は勇者候補だしな。…勇者には成れないと思う。」
俺を見あげる彼女はにこっと笑って、最上の笑顔を見せてくれた。
「…もしそうだったとしても、アキラ様は私にとって勇者様です…」
じっと俺を真摯に見つめていた彼女は背伸びをして、俺に口付けた。
彼女を抱きとめた腕に力が入って、その口付けは少し長いものになった。
ようやく離れた俺達のもとに、カディスと田村さんが追いついた。
惨状を見たカディスはヒュウ、と口笛を吹く。
「1人でやっちまったのか。これ、特異体だな。前回のグレイベアといい、何かあるな、これは。魔力の吹きだまりでも出来たか?」
カディスが”鬼”の遺体を検分しながら討伐証明の部位である角を切り取る。使える部分を解体していく手際はさすがだ。
俺は田村さんに治療を受けていた。
「宇佐見殿は存外無茶をするタイプだったんですね。青春ですね。」
にこにことしながら治癒魔法をかけてくれた田村さんはそれでも俺にチクリと釘を刺した。
「無茶は若者の専売特許ですが、時と場合は十分に考えてください。協力して事に当たることは大事なことでしょう?」
俺はただただ謝った。
「すみません、気をつけます。」
アーリアも治癒魔法をかけてもらって細かい切り傷は綺麗に消えた。
「…アキラ様、髪飾りが…」
申し訳なさそうにアーリアは髪に手を触れながら、俺に声をかけた。
俺は拾った髪飾りを差し出した。魔石はなくなっていて壊れて少し歪んでいた。
「役に立ててよかった。今度誕生日にもっと可愛いのを贈るよ。」
それを彼女はぎゅっと握りしめて嬉しそうに頷いた。
“鬼”の素材を各人の袋に収めて森をあとにした俺達はギルドに戻って報告した。
後日ギルドの行った調査でその森の奥、魔の森との境に新しい迷宮が出来ていたと判明したのだった。
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