第12章 Rare stone-14
一層輝きを増した光のキュービックに、ルートヴィッヒは瞳を細めた。もう何十発銃弾を打ち込んでいるか知れない。それでもヒビを入れるだけに留まる強固な魔法に、弾丸を放つ度に気怠さが増した。
『うーん、いい魔法だなぁ。フェルディナンドさんを護ろうと再構築されてくよ。能力に好かれているんだね。今回はそれが裏目に出ちゃった訳だけど』
「え、魔法で拘束して狩る?」
狩り場に向かう道中でルートヴィッヒはハルの言葉を反復した。狩り場に誘い込む定番の狩りをするのだろうなと思っていたのだ。ただ強固な岩盤でさえものともしない獣は、追いつめられたら必ず地下へ逃げ込むだろう。逃げられたら最後、今度射程圏内に追い込むのは至難の業だ。
「あぁ、おびき寄せた隙を狙って爺さんの魔法で拘束する。お前はその壁の一点だけに攻撃を仕掛け、貫通した穴から獣を狩れ。強固な魔法だが壊せないことはない。私の魔法でもいいが、ここは爺さんに任せたい」
「え、えっと?」
エンダの魔法に向かって攻撃を仕掛けるなど想定外だ。困惑から元やフェルディナンドを交互に見てはみたが、二人とも妙に納得した表情を浮かべている。もう先の道中で話が済んでいるのか、フェルディナンドは一度力強く頷いただけだった。
「ヒーシャの魔法を攻撃した事なんてないよ? もし僕の能力で壊せなかったらどうするの?」
「それ以外の方法など考えていない。逃せば同じ手法は二度と通用しない。それだけだ」
壊せない筈がないだろう、そんな表情をありありと浮かべ、ハルは事なにげに言い放つ。しかしこれ以上の泣き言は聞き入れてくれそうもない。課せられたプレッシャーから胃が重くなるのを感じつつも、ルートヴィッヒは「分かった……」そう小さく頷いた。
ブァァン
獣を拘束するキュービックが大きくその形を歪ませのとほぼ同時に、フェルディナンドの膝が地面に沈んだ。
「爺さん!」
「フェルディナンドさん!」
皆の声を遠くに聞きながら、フェルディナンドは歪む視界に眉を細める。魔力が底をつきかけているのが分かる。これ以上、魔力を放出し続ければ命が削られてしまうだろう。臨界ラインを初めて突破したフェルディナンドにとって、狩りとは別の恐怖が襲った。
『口惜しい限りです。何故私はここまで無力なのでしょうか。ハル殿であれば、どこまでも安定した魔法を構築されるでしょうに……。皆さん……シルク殿……私にはもう……』
遠のく意識にあらがってはみるものの、足下から闇に引きずられる感覚は恐怖の何ものでもなく、正気を保つのが精一杯だ。外部の音が一切遮断された中で、徐々に迫る闇に身を任せた方が楽だ……そうフェルディナンドが意識した時だった。背中に触れた二つの温(ぬく)もりに意識が引き戻される。
「元殿、ハル殿……」
視界は未だ闇の中ではあったが、その温もりには覚えがあった。幾度も臨んだ狩りの最中に触れてきた仲間のものである。
「爺さん、本当にすまん! 俺が不甲斐ないばかりに……無理すんなっ、後は俺が地下に潜ってでも絶対に狩るから!!」
「出来ない約束はするな。爺さん、今の感覚を覚えておけ。魔法を最小限の魔力で構築する足がかりになる」
「出来るし! 俺だって、本気になれば!」
「ならば今本気になれ」
お二人らしい……フェルディナンドは最後の気力を振り絞り、再度膝に力を込めた。何とか足を踏ん張ると、霞む視界を睨みつける。
「そうだ。まだ大丈夫だ。細胞という細胞に蓄積された魔力を感じろ。命が削られるのはその後だ」
ハルの呟きにも似た声を意識の先で聞いた。身体の負担だけではない。不安定な精神は、いとも簡単に暗黒の闇に魅了されてしまう。フェルディナンドは今もなお添えられている小さな掌の温もりを感じながら、
『全く……ハル殿は何度このような体験を? 本当に無理をされるお方です』
ハルの底が知れない強さの秘密を、垣間見たような気がした。そして身震いを一つ落とした後、地面に足を食い込ませる。その間際だ。形態が崩れたキュービックが正方形を取り戻した。先の展開を先読みしていた獣が、狂ったように雄叫びを上げる。
「フェルディナンドさん……」
「爺さん……」
戦闘に特化した元達は、フェルディナンドがここまで獣を拘束出来るとは考えてもいなかった。命が着々と削られていく感覚など想像することも出来ない。
『情けねぇ。俺、また迷っちまって……何度も何度もハルや爺さんから引き上げてもらって、それでもまた戦えなくなっちまって、何が戦士だ。何がエンダだ』
ルートヴィッヒの左手から銃が消えた。一度深く息を吸って、神経を深くそして細くただただキュービックに入った小さなヒビに照準を合わせる。一際重厚な銃が手元に出現すると、両手を獣に掲げ上げた。
キュゥーー……ン
膨大に膨れ上がる魔力が銃に吸い込まれていく。青白く光輝く銃が一度爆発的に光を放つと、二つの銃声が空気を切り裂く。次の瞬間には、キュービックに小さな穴が貫通し、続きざま獣の眉間から赤い鮮血が飛び散った。コマ送りのように崩れ落ち、獣はシルクに向かって腕を伸ばし続けた。
「……何だってんだ?」
元は意識を失ったフェルディナンドを抱き抱えたまま、消えゆく獣の姿を瞳に映す。人間を殺戮する為だけに存在している生物だ。そんな元達を通り過ぎ、ハルはシルクを肩に乗せたまま、中央に一歩を踏み出した。
「消えかけ……え?」
消滅しかけている獣を前にして、シルクの視線はある一点を見据えて動かなくなった。次第に形を成さなくなる獣の額から落ちた宝玉に、白く透き通る鉱石が身を寄せるが如く転がる。ハルが二つの石を抱え上げた。
「これは……リドル」
「え、リドル?」
フェルディナンドを背にからい、元が鉱石をのぞき込んだ。誰一人としてこの鉱石を見るのは初めてだった。しかし存在はシルクそのもので、どこまでも白く澄んでいる。シルクはハルの掌に降り立つと、震える指で鉱石に触れた。
「知り合いか?」
「……分からないです。いつ鉱石になったのかも。何百年も前かもしれないし、皆が石に成ったあの時に、採取されなかった石かも知れないです」
「どうして獣がこの石を?」
不思議そうに石を覗くルートヴィッヒの声に、「憶測だが……」そうハルが話を切り出した。
「獣が地中を掘り進める内に、体毛に絡まったものだろう。原理は分からないが、石の思念に獣の意識が同調したと私は考えている。この石はお前(シルク)を求めていたのではないだろうか? まるでお伽噺だが、でなければ説明がつかない」
「私を?」
勿論物言わぬただの鉱石だ。同族の思念など感じ取ることも出来なければ、疑問に応える声もない。それでもシルクは石を抱え込むように抱き締めていた。
「ずっと一人だったです。辛くて寂しくて。貴方もそんな時間をずっと過ごしていたの?」
頬を伝う涙は仲間に向けたものなのか、孤独に耐えてきた自分を哀れんだものなのか分からない。それでも混沌と渦巻く意識の先に、一筋の光が差すのを感じる。
「お帰りなさいです」
シルクは鉱石に頬を寄せて小さく呟いた。
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