第8章 二人の少年‐4

 元達は狩りを終え町に向かっていた。ギヴソンの走りが大きく大地を蹴り上げる度に、先の戦いで受けた傷が、振動により突き刺す痛みとなって元を苦しめる。


 体つきは三メートル強、サイによく似た風貌で、一メートル強の鋭い角を持つ獣だった。しかしサイにはない鋭利な甲羅は、この獣の獰猛さを顕著に物語っている。とはいえ、契約カードの情報を集約しても、攻撃力が低い獣だと予測していた。しかしこの土地のBクラスは、一筋縄ではいかない。想定以上のスピードに対応が遅れ、攻撃を仕掛けるタイミングをすっかり外してしまった。中々剣の矛先が定まらない様子に、ハルが両手を組む。

「この体型で、このスピードか。ふむ、どういう原理だ?」

 緊迫した状況下で、またしても空気を読まない一言に、元は必死の形相で睨み付ける。その後、発動された魔法「スロー」は有効に機能したが、時は既に遅かった。獣の巨大な角が、元の脇腹にめり込む。

「こっのぉ――――――――!」

 左手で、角の進行を抑え込み、宝玉を目掛けて渾身の限り剣を突き刺す。獣は一瞬身体を硬直させたが、次の瞬間その巨体は大きな音と共に倒れ込んだ。

 と、同時にハルが獣を覗き込み感嘆の声を上げた。

「ほう、あれほどの攻撃にも拘らず、宝玉には傷ひとつ付いていない」

 元は片足を付いて、腹を抑え込みながら、その言葉に深い脱力感を覚えるのだ。


『バトルドレスがなかったら、マジヤバかった……って、いつもそう思うんだけどさ。ははは……いてて』

「町だ」

 ハルの言葉に、視線を何とか上げて視線の先を追う。未だ距離はあるものの、黒い線らしきものが見えてきた。安堵の表情を浮かべた気配を感じ、ハルがボソリと呟く。

「……魔法で治すとあれほど」

 不服そうな声だった。元はブンブンと首を振り、鼻息を荒くする。

「いいって。だってさ、町まで辿りつく間だって危険じゃん。お前、魔力が少ししか残っていないんだろ? もしもの時にとっとかねぇと」

 ハルは町までの到着時間を図りながら、フゥと一つ溜息を落とす。先程から「いってー」だの「ジクジクするー」だの散々、弱み事を言葉にしているのだ。強がっているのは、明らかだった。

「そんな事を気にしていたのか。今獣が出現しても、その傷を治さなければ不測の事態には対応が出来ないだろう」

「え!? ……そりゃぁ、そうだ……けど」

 放たれた言葉に、元は声を詰まらせた。『治療しなければ、戦えない』その事実を、今更ながらに気付いた様子だ。

 ハルは目線を前に移したまま、小さく指を振る。その瞬間、元の身体から痛みが引いた。息をするのも苦しい痛みが嘘のようだった。今はない痛みの感覚に腹を擦りながら、元はボリボリと頭を掻く。

「……サンキュー」

 タロがハルの肩の上で、コクリコクリと大きな目を閉じかけている。ハルはタロを胸に抱くと、目線を遠くに飛ばし、独り言の様に呟いた。

「我々魔力を使う者は、魔法が要求する魔力をどれ程多く蓄える事が出来るか……それが進化の鍵となる。そのキャパは魔力を使い続ける事で、少しずつ増えていく仕組みだ。私の進化の邪魔するな」

「邪魔ぁ? って、この癒しも自分の為?」

「あぁ、ヒーシャは癒しでしか魔力を使えないからな。攻撃魔法のように、規模の大きい魔法を使う状況に、そうは出会えない。小さい魔法でも、使う機会があれば使わなければ勿体ないだろう? いいか? 自分の命を削る直前で、休むのが一番効果的だ。掛ける対象者も同じ。傷が深ければ深いほどいい」

 感情なく放たれた言葉に、思わず背筋が凍る。元は気持ちの悪い言葉を聞いた気がして、理解する努力を辞めた。加えて、癒しすら能力を向上させる為だと言い切る姿に、がっくりと力が抜ける。

「うぅ……ま、いっか。魔法の事は俺分からねぇしな。言っとくけど、配分を見間違って戦いに支障が出たとしても、それは自己責任だからな」

「無論だ。魔法でお前に迷惑を掛けた事はない」

「よっく言うよ。反対魔法使ったら、ぶっ倒れるくせに」

 ハルの突き放す言い方に、小さく口を尖らせ元は苦情を述べる。ハルは風に舞う草原の緑に目を細めた。

「反対魔法は、魔力による消耗とは別物だ。あれは術者に、穢れとなって襲い掛かる故の負担だからだ。体内で起きる現象は、鍛えようがない。勿論、自身のスキルが上がれば、反対魔法の効力もそれ相当になる」

 全く反省の色がない言葉に、元は呆れるような声を上げた。

「お前ねぇ、何を他人事みたいに。最近は自重しているみたいだけど、反対魔法の効果が上がれば上がる程、その穢れってもんは増大するってことだろう? この土地の獣の強さは半端ねぇんだから、数日倒れる位じゃ済まねぇぞ。そこんとこ、ちゃんと考えて行動しろよな。お前が倒れたら生きた心地がしねぇんだから」

 ブツブツとそんな言葉を呟く。ストレートな物言いに、ハルは小さく口角を上げた。

「そうだな。私に何かあったら、このパーティは終わりだ。ふむ、肝に銘じておこう。だからそんな心配そうな顔をするな」

 淡々と放たれた言葉に、元はブアッと顔を赤らめた。風に消え入りそうな小さな声で、しどろもどろに異議を唱える。

「ば、バカでぇ。心配なんてしてねぇし。てか、別にお前ぇが居なくなっても、お終いじゃねぇし。もとの俺達に戻るだけだし。ねぇ~タロ!」

 元に呼ばれたタロは、眠たげな目を小さく開けて、冷やかな視線だけを向ける。しかもその後は、フィッと視線を前に戻し瞳を閉じてしまう有り様だ。そんなつれない態度に、がっかりと肩を落とした元は、恨めしそうにハルを睨む。しかし優しくタロを撫でるハルの姿に、次の瞬間には暫し心を奪われていた。

『今回も全員無事だ。ハルが傷付く事がなくて、良かった……』

 狩りの後に訪れる安堵感に、思わず小さく息を吸った。しかしハッと我に返ると、咳払いを一つ放つ。

「よ、よし!! 新しい町に到着っと。あ~腹減った。はぁ、今回も疲れたよ。なぁ、この町で暫くは、ゆっくり休もうぜ」

「……」

「……無視かよ」

 

 陽が傾く前に町に着いた元達は、宿を取る前に食事をする事に決めた。狩りの後は、猛烈な空腹に襲われるのだ。どの店に入ろうか元は悩みながら、足取り軽く屋台を吟味して歩いている。

「おっ!!」

 元の足は屋台に積まれたフルーツの山の前で止まった。目につく色彩に興味がそそられるものがあったらしい。

「なぁなぁハル、あれ見てみろよ。あんな果物、食べた事なくねぇ!?」

 そう声にすると、はしゃぎながら店先に駆け寄って行く。ハルは町の雑踏に目を向けながら、でかい図体で跳ねる様に屋台に駆け込む元の姿を追った。その時ふと、同じ店先にいる少年二人に視線が止まった。屋台の果物を食い入るように見ている。

「あれは……」

「おーい、ハル! これ超気になる。色が七色だって、どんな味が……」

 そう野太い声で呼んだ瞬間、元はTシャツの裾を掴もうとする小さな気配を感じた。無意識に身体を反転させ、背中の剣に手を掛けると冷酷な視線を落とす。

「「ヒッ」」

 一瞬にして戦闘モードに入った動作に、二人の少年がビクリと身体を揺らした。眼を見開き、怖々と元を見上げている。そして自信なさげな小さな声で、同時に問い掛けてきた。

「「元?」」

 名前を呼ばれた元は、眉間に皺を寄せてジッと視線を落としている。三人の間に、暫し沈黙が流れた後、元は剣から手を離し、変わって嬉しそうに笑った。

「……え~?? ロッテと……ジョッシュ? うっそ、マジかよ!?」

「「やっぱり元だ! 久しぶり!!」」

 元の笑顔に触発される様に、少年たちは笑顔を弾けさせた。一つ前の土地で出会った少年達だった。たった一度会っただけだったが、双子と見間違う風貌は印象深い。当時よりも頬は痩せこけ薄汚れた風貌に昔の面影は薄れてはいるが、相も変らず二人はスピーカーの様に、同じ言葉を同じタイミングで紡ぐ。

この世界で知り合いに会う機会などそうはない。元は再会を喜び、懐かしさに瞳を細めた。

「へぇ~お前ぇ達も海超えたんだな。他の二人はどうした? まだ一緒に旅してんだろ」

 元の問いにロッテとジョッシュが口を開きかけた時、二人の腹が同時に大きく鳴った。ロッテが恥ずかしそうに顔を赤らめ、必死にお腹を押さえている。その隣でジョッシュがにっこりと笑いながら、両手を合わせた。

「元、悪いんだけど。お金を貸してくれないかな。僕達空腹で死にそうなんだ。連れの二人がお金を持ったまま外出しちゃって、夕方にならないと戻って来ないし。戻ってきたら直ぐに返すからさ」

 その言葉に元は屈託のない笑顔を向けた。

「勿論! いいよ。俺達も飯まだだしさ。一緒に喰おうぜ、なぁハル、いいだろ?」

 いつの間にか元の後ろに位置しているハルが、二人を一瞥しながら頷いた。

「お前がそうしたいなら、そうすればいい」

「よし! 決定だな。じゃぁ、何にする? えっとぉ、ここの特産はさぁ」

 元の言葉に二人は互いに顔を見合わせ、安堵の表情を浮かべた。ハルはそんな二人に視線を向けたままだ。ロッテがその視線に気付き、小さく目を反らす。

 

 結局、元の独断で肉料理の専門店に決めた。肉が焼ける匂いは、店の外まで漂い道行く人々の足を止める。ロッテとジョッシュがジュルリと唾を飲み込んだ。


 元は逸る気持ちを抑えつつ、扉に手を掛けた時だった。まるで波のように、町の中央からざわめきが起こった。緊張感を纏った声は、一気に町を駆け抜けていく。

「協会の民だ!!」

 その言葉自体が民やエンダ達を飲み込んだ。

「え!? 協会?」

 居合わせた全ての者達の視線が、中央に一気に注がれ微動だにしない。まるで潜在的に刻まれているかのように、畏れの感情だけが先走る。

「協会の民……」

 ハルの呟きが落ちた。協会が町に降り立つ時は、エンダに係わる事由だけだ。元は跳ねる心臓に導かれるように、中央に向かって駆け出していた。

「おい!!」

 珍しく声を荒立たせたハルに向かって、元はもどかしげに振り向く。

「協会の民が出て来るって事は、エンダが絡んでいるって事だろ!? 知り合いだったら……」

 言葉も終わらぬ内に、次には群衆に紛れて見えなくなった。

「知り合いだったらどうする気だ……!」

 そう苦々しく呟き元の後を追う。あっという間に姿を消した二人の後姿に、残されたロッテとジョッシュが小さな溜息を吐いた。その表情は暗いままだ。

「行かないと、元を見失うよ。僕らは、もう……」

 そう小さく唇を噛むと、言葉を噤(つぐ)んだ。

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