第7章 麗しき姫君‐6

「詳しいご説明は、私めが致します」

 その声に皆が振り返った先には、金髪を肩上で丸く髪を巻く男が立っていた。

 カツッ

 一度靴を鳴らし、スッと頭を下げる様に、エンダ全員が胸に手を添える。

「執事のセバスチャンです」

 少し高めの通る声は、この大広間に仰々しく響いた。元は、心の中でセバスチャン……そう呟いた。幼少の頃、何かの童話で聞いた事があるような名前に、気持ちの盛り上がりを否定出来ない。

 

「この度はご契約を頂き、お礼申し上げます」

 セバスチャンは形式通りの一礼をし、淡々と言葉を繋いでいく。

「詳しい契約内容をご説明致します。エンダ様には、「クレアーノ姫」が隣国へ移動する間の護衛をお願い致します。姫様は獣にその御命を狙われているのでございます。獣以外の敵であれば、当方の屈指の騎士団で対応出来るのでございますが……。口惜しい限りでございます 」

 語られる声を聴きながら、元は恥ずかしそうに俯く美しい姫を思い出す。その時、一人のエンダが口挟んだ。肉体を武器にして戦う「拳士」だ。筋肉の付き方が元のそれとは全く違う。仁王立ちになり、腕を組む姿は彫刻のようだった。

『喧嘩では適わないな』

 元は自らの腕をさすりながら、拳士に目を向けた。頭部の髪だけを長く残し、他の髪は短く刈り上げられている。ナツメと同じタイプの戦士の様だが、筋肉を鍛える事に重きを置いているのか、上腕や胸の筋肉の発達が顕著だ。

「エンダが全滅する程の獣から、何故姫は無事に逃げ果せているのだ」

 拳士の言葉に、セバスチャンは、胸に手を当て恭しく頭を下げた。

「エンダ様の仰せの通りでございます。それには、理由がございまして、獣が出没する場所が限定されているのでございます。姫様が隣国に行く場合のみ、当国と隣国を繋ぐ岩道に、出現するのでございます。理由は分かりませんが、獣は岩道から出る事が出来ないのでございます。

 姫様がご無事でしたのは、全てエンダ様のお陰でございます。その身を呈して、我が姫をお守り頂いたからに相違ございません」

 セバスチャンはそう言葉にすると、深々と頭を下げた。

「……」

 明らかに今まで対峙してきた獣とタイプが違う、一様にエンダ達は眉間に皺を寄せた。

「獣が岩道から出てこれないって……岩道と同化してんのかもな」

 元は洞窟に同化していた獣を思い出し、ボソリと呟く。各々が過去の経験から、勝算を試算し始めた。

『出現場所に制限があるなら……いざという時、一旦引く事も可能か』

『岩山かよ。面倒くせぇな。不利なんだよなぁ、足場が悪いのって』

『魔法……有効?』

 皆が思考を張りめぐらせている間、元は頭を捻る。今までの話を総合しても、ちっとも獣の全貌が見えてこないからだ。いつもは、ハルの詳細な分析のお蔭で不安なく狩りに臨む。だからだろうか、余計に不安を感じてしまうのだ。

 

 別のエンダが小さく手を挙げた。

 黒の妖精と契約し、攻撃の魔法を使うマジッカーだった。黒いフードの下の顔を垣間見ることは出来ず、声で男性だという事しか分からない。マジッカーは、派手になるか胡散臭くなるかのどちらかと言われているが、これは後者のタイプに当たるだろう。

「獣……見た者? 宝玉……色?」

 消え入りそうに話すその姿に、『色んな奴がいるなぁ』元は目を細める。幾度となく同じ質問に答えてきたのだろう。セバスチャンは、淀みなく台詞のように答えていく。

「はい。護衛の騎士、全ての者が見ております。額の宝玉の事でございましたら、黒でございます」

「黒!?」

 エンダ全員が驚愕した。マジッカーは、動揺から手に持った杖をガタリと落とした。

 黒の宝玉を持つ獣とは、最後の海を超えた場所に居ると言われている伝説級の獣だ。その獣がチャスリス海(三つ目の海)を越えてもいない土地に存在するなど考えられない。エンダ全員が言葉を無くした。世界の理を揺るがしかねない話である。

「お待ち下さい! 何故、契約に黒の宝玉を持つ獣がターゲットだと告知しないのですか? これは、この地全土に関わる重大事項ですぞ。我々の手に余ります! 無駄にエンダが死するだけではありませんか」

 フェルディナンドが真剣な眼差しで問うた。向けられた主張にセバスチャンは恭しく頭を下げる。

「エンダ様のお怒り、もっともでございます。王の名を借り、お詫び申し上げます。

 しかしながら、黒の宝玉を持つ獣が、この国の間近に居るなどと発する訳には参らない事情も御察し下さい。城下の民は勿論の事、この世界全土に渡り、混乱をきたす由々しき問題なのです。出来ればこの王国だけで、解決したいと考えての事でございます。

 しかしながら、エンダ様には最終契約の前に、ご説明を致しております。情報が少なくて大変申し訳ございませんが、受けて頂けますでしょうか?」

 セバスチャンの言葉に、受け入れられないといった表情を色濃く浮かべ、フェルディナンドはグィッと前に出た。本当に黒の獣が出現したのであれば、この国に居るエンダ全員で臨むべきだと考えたのだ。

「しかし……!」

 そう言いかける声を遮り、女戦士が叫んだ。昨日フェルディナンドの隣で、居眠りしていた女だ。

「おもしれージャン! 黒の宝玉を持つ獣なんて、エンダにとって、倒せばこの上ない名誉! 俺は、受けて立つぜ!」

 血気盛んなセリフを吐きながら、女戦士は指をバキバキと鳴らした。

「で、お姫さんは、いつ隣の国に出発するんだ?」

 この戦士の物言いに、軽く眉間に皺を寄せながらも、セバスチャンはなおも丁寧に答える。

「はい。急で申し訳ございませんが、明朝に出発致します。皆様、宜しいでしょうか?」

 再度セバスチャンが念を押す。ここで、賛同するエンダを決定したい意思がありありと見て取れる。

『えっと、結局何だっけ? 姫さんの護衛で、黒の宝玉を持つ獣で、大勢のエンダがやられてて?』

 元は指折り数えながら、今まで出た情報を確認してみる。数えながらも、ちっとも頭に情報が入って来ない。そもそも契約内容を熟知するのはハルの役目で、元は今更ながらに交渉事には向いていない自分に気付いた。

『黒かぁ、倒せる自信、ないな。ま、イザとなったら逃げりゃぁいっか』

 漠然とそんな事を考えていると、フェルディナンドが「最後に」と、前置きをしながら問うた。話す声色から、すっかりと覇気を失ったように感じ、ぐっと年齢が老けこんだ様に見える。

「何故、その岩道にこだわるのですか? 別の道を、無ければ作れば良いのでは? それに、何故そのような危険を冒してまで、姫は隣国まで行かれるのでしょうか?」

 これ程の王国だ。人力と財力は、計り知れない。どんな地形であろうとも、道を作るぐらい容易な事だと、エンダ全員が頷く。

「エンダ様……それは出来ないのでございます。隣国に通じる道は他にもございますが、古き時代から王家の者は、その道でのみ行き来するのが決まり事でございます。姫様が隣国まで御出でになる成る理由は、私の口からは申し上げる事は出来ません。

 ご了承下さいませ。」

 ここまで来ても、公に出来ない何かがあるらしかった。

 

「エンダ様、如何でしょうか? 受けて頂きますか?」

 セバスチャンが、探る様に恐る恐る聞いた。その言葉に、女戦士が仁王立ちの姿勢で真っ先に答える。

「オウよ!」

 元も他のエンダ達も頷いた。

 黒の宝玉を持つ獣を狩る。エンダにとっては、魅力的な内容には違いない。狩りを生業としている以上、自分の腕に自信がある輩ばかりだ。その上、「黒の宝玉を持つ獣」を倒したとなると、この地は勿論の事、他の地に言っても名は語り継がれる。

『まぁねぇ、自分の名が知れる事は、エンダにとって名誉な事って風潮あるしなぁ。今後どのパーティでも引っ張りだこ、間違いなしで安泰だしな。……俺はそんな事、どうでもいいけど』

 元が少し冷めた気持ちで興奮に沸くエンダ達を見て居た。爺さんは軽い溜息の後、セバスチャンに声を掛ける。

「……獣の特徴を、詳しく頂けますか? 皆さん、護衛の作戦を練りたいと考えております。この後お時間を頂いても宜しいでしょうか?」

 その言葉でエンダ達は、ようやく浮かれた状況から我に返る。

「おぉ!! 勿論だ!!」

 頷くエンダ達を見ながら、

『こんな情報一つで、黒の獣と対峙しようとは、何と安直な。過去に倒れたエンダ達も、名声や腕試しなどと臨んだのでしょう。勝てないにしても、情報だけは持ち帰らなければ!』

 フェルディナンドは女戦士に目を向けると、諦め混じりの溜息を吐いた。

 広間に安堵の溜息が漏れ、この場もお開きにという空気が流れた時、

「あっと……姫の護衛が成功したあかつきには、王家の宝を授けるとありましたが」

 元がセバスチャンに向けて急いで言葉を付け加えた。セバスチャンは、執事らしく胸に手を添え仰々しく深々と頭を下げる。

「はい、その際は何なりと。お申し付け下さい」

 

 フェルディナンドの作戦会議は、何時間も続き、解放されたのは深夜近くになってからだ。黒の獣がターゲットだと聞いてからの爺さんは、鬼気迫るものがあった。

「これが岩場の地形です」

 そう言うと、バサリと地図を広げて見せる。比較的広くなった場所を指差しながら、

「この地点に獣が出現するとの情報があります」

 フェルディナンド言葉に、エンダが全員覗き込んだ。広いとはいえ、狩りを基軸に考えると何とも場所が悪い。両方を切り立つ岩場に挟まれ、前後にしか移動が出来ない地形だ。

「黒の獣が相手で、この地形か……姫を守りながらの狩りは、厳しいものになるぞ」

 拳士が低く唸る言葉に、爺さんは深く頷きを返した。

「拳士殿の言う通りです。今からどれ程の事が出来るか分かりませんが、備えは越した事にありません」

 そう言うと、真剣な眼差しを全員に向けた。フェルディナンドから提案される数々の作戦に、最初は口を出していたが、最後の方は頷く事しか出来なくなっていた。最後には、最悪のパターンを想定し、元が姫を抱き抱えて隣国まで駆け抜ける案まで出た。それはパーティ全員が獣の刃に倒れたとしても、最悪姫様を送り届ける可能性を示唆している。その案が出た時には、さすがのエンダ達も言葉を詰まらせた。


 「疲れた~~」

 全ての制約から解放された元は、部屋の天蓋付きのベッドに横たわり、思いを巡らせた。

「王家の宝……」 

 元がこの依頼を受けた理由、それは元が憧れてやまない伝説の剣「縁(えにし)」が、この国にあると聞いたからだ。契約リストに、この王国の名を見つけた時は、期待で指が震えた。元がAnother Worldに来た当初から、熱望していた剣だった。

 刀匠 源内作 「縁」

 戦士である以上、狩りにおいて剣の役割は、非常に重要な意味を持っている。どれ程優れた剣でも、自分に合わなければ、棒きれと同じで、狩りに支障を生じさせる。

 そういう意味では、今使っている剣は、闇の属性は強いものの、元のパワーに見合う硬度を持っていた。

『でも、技に左右されすぎて、オールマイティーな剣じゃない。闇の技には、めっぽう強いんだがなぁ。俺はもっと光寄りの技が使いやすい。あ~あ、中々これっていう剣はねぇもんだよなぁ。武器屋に売っているのは、それこそ大量生産された物が多いから簡単に折れちまう。今使っている剣だって同じ戦士仲間からもらったもんだしな』

 武器屋に行けば、それこそ様々なタイプの剣が売られているが、中々運命の一本と言う訳には行かない。元は縁に対して熱い思いを巡らせた。

「縁」

 その剣は、源内が死して今もなお、引き継がれる伝説の剣だ。その剣の一太刀はどんな獣をも貫き、この世界の終末を救う剣だと言われている。しかし、この話は伝説だけで本当のところ、存在自体もはっきりしていない。

「最後の海を渡った場所にあると伝え聞いていたのに、本当にこの国にあるんなら、すげーよ! 絶対に欲しい!」

 元は戦士として、我が命と同じ価値を持つ剣。一生涯持ち続ける剣を、探し求めていたのだ。

「縁は持つ戦士を自らが選ぶという。俺は、その剣を持つのに相応しい戦士でありたい」

 そう元は呟くと天蓋をジッと見つめながら、目を閉じた。

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