第5章 生業-13

 漸く人の波が途切れると、元も丸焼きに喰らい付いた。しかし民の視線が自分達に向いている気がして気になってしまう。口に肉を詰め込んだまま、恨めしそうにハルを睨みつけた。

「何だよ、俺にばっか押し付けやがって。ちったーお前も相手をしろよ!」

 音楽に掻き消される程の小さな声だ。普段の豪快さが嘘のようである。やれやれ、そんな表情を浮かべたまま、ハルはパクリと川魚の煮付けを頬張った。

「エンダの面目とやらを保ちたいのだろう? 私には必要のない体裁だ」

 まるで意に介していない物言いだ。元は距離にして十センチまで近寄ると「出来ない、の間違いじゃないですかね?」そう問う。周囲から見れば、片時も離れない仲の良い仲間に見えていることだろう。

「とやら、っていうな。分かるでショ? 俺達が民と均衡を取らないといけない事位さ。たく、あの世界でどんな生き方してたんだよ。もし仕事なんかでおめぇに会っていたら、絶・対! 怒鳴りつけてるね!!」

 向けられた言葉に、ハルは能面のような表情を、一瞬曇らせた。しかしブツブツ文句を言いながら、肉を頬張る元は気付いていない。

「……こんな……」

「あ?」

 呟く声はとても小さく、体を寄せて元は耳を傾けた。しかしこんがりと焼けた肉を淡々と口に運ぶと、冷ややかな視線を元に向ける。

「民に係るから、無駄な気遣いが必要になる」

「…………あのなぁ、誰のせいだっつーの」

「私は満喫している」

 それはそうでしょうよ……元がガクリと肩を落とした時だ。

「楽しんでおられますかな?」

 今日の宴を催した町長が声を掛けてきた。元は口一杯に頬張った肉をゴクンと飲み込み、

「え、えぇ、このような場を設けて頂き、感謝しております。私達は、エンダとしての義務を果たしただけですが、お役に立てて光栄です」

 そう会釈を返す。先程まで小声で愚痴を言っていた人間とは思えない程、そつのない応対だ。ハルはチラリと元を盗み見た。

『私達の世界では、どんな奴だったのだろうな……』

 元は常日頃からそれなりの場所であれば、その場所に適した礼節を行う事が礼儀だと、口煩くハルに注意を促した。旅の道中からは想像も出来ない姿を見ると、一つの人格で二つの人生を歩む運命の不思議さが身に染みる。

「いやはや~最近のエンダ殿は随分と品格のある方々ばかりで、我々も安心してこの世界を託す事が出来るというものです。最近はエンダ殿に対する偏見も無くなりつつあり、喜ばしいことですな」

 町長はホクホクと、満足そうに頷く。その言葉に、サラダのコーナーに行きかけたハルが振り返り口を挟んだ。

「町長殿は、一世代前のエンダに会われたことが?」

 ハルの手元にある料理の量に、驚愕の表情を浮かべつつ町長はウーンと唸る。ハルは町長の話を待つ間にも、皿に盛った料理を次々に口に運んだ。

「いえいえ、そのようなエンダ殿がおられたと聞いた事があるだけですな。噂話で大変失礼だが、ピーターが無い、ケンタが無いなどと、訳の解らない事を言っては、暴れて手に負えなかったとか……」

 事あるごとに、一昔のエンダの話は至る場所でよく出る。言動や行動に問題があり、しかしこの世界を救う役割があり……随分とこの世界の人々と衝突を繰り返していたという。お蔭で民とエンダの間に深い溝が出来た事は、エンダの黒歴史となり、両方に厳しい制限が強いられる事となった。

『その事を思えば、クライアントとは円満な関係が望ましい。元の行為も無駄ではないということか』


「ところでエンダ殿は、この先のご予定をどのようにお考えですかな?」

 町長が咳払いを一つして話題を変えた。

「そうですね。ハーデスラ海(二つ目の海)を越えたいと考えております。もう少し先の話になりそうですが」

 元の回答にまた一つ咳払いをして、町長が真剣な眼差しを向けた。

「エンダ殿……。宜しければ、ずっとこの町にいて下さいませんか? 世界に散らばるエンダ殿が、命を掛けて戦っておられるのは百も承知です。が、しかし獰猛な獣は次々と増え続けている。数年前に比べると、人類が直面している脅威は、格段に増えております。しかも、獣の行動は神出鬼没……。

 ザッツケルオン程の脅威に直面したのは今回が初めてですが、お二人がおられなかったら、確実にこの町は廃墟と化していたでしょう。この町にお二人が留まって頂ければ、何と心強い事か!」

 町長の言葉は、もはや懇願に近い。獣に怯えて暮らす生活を虐げられる日々に、人々のストレスは極限に達している。特に今回は、助けとなるエンダがその刃に何組も倒れた獣だ。人々の恐怖は図り知れない。

『……獣の進化が早い。本当に厄介だ』

 エンダと獣、互いの進化が日々せめぎ合っている。エンダと言えど、獣に対する恐怖は民と一緒だ。進化に追い付けなければ、昨日の敗者は自分だったかもしれない。切なる申し出に元は困惑した表情を浮かべた。

「申し入れは、大変ありがたく思っております。何とかお力になりたいのですが……。しかし、エンダは一つの場所に留まる事が出来ません。我々は永遠に旅を続けるしかないのです」

 一縷の希望であった。町長は落胆した表情を浮かべたが、二人の真剣な表情にフゥと息を吸った。

「そうですな。……エンダ殿が町に留まれない事も分かっていながら、ご無理を申し上げました。残念ですが諦めましょう。ははは、なぁに大丈夫、もしまた危機が訪れたとしても、我々は何度でも立ち上がって見せますぞ」

 申し訳なさそうに頭を下げる元に、そう白い歯を見せながら豪快に笑った。ふと暫し考え込んでいたハルが口を開いた。

「失礼を承知で聞くが何故、町を捨てない」

「ちょ、ハル!」

 無表情(知らない人間から見たら、真剣な表情に見えるかもだが)で、不躾な質問に元は肝が冷えた。しかし制止を促す声には耳を貸さず、続け様ハルは問う。

「これ程の規模だ。女、子供も居る。町を捨てるのも、一つの選択肢ではないのか? 生きていたら、何度でもやり直せる」

 うーむ……そう膨れた腹を一撫でして、町長は複雑そうな表情を浮かべた。それこそ長い年月、獣の脅威に脅え暮らしてきた。その脅威と唯一、対峙が出来るエンダですら根底から潰す事は出来ない。この世界の民は、これからも獣の脅威に晒され続けるのだ。

「エンダ殿のお言葉は至極もっともです。しかし何故でしょうか……育ってきたこの町を、どうしても、どうしても捨てられないのですよ。獣の存在が明らかになった時、町から離れる様に通達はするのです。しかし皆の選択肢に、町を捨てるという文字が出てこない。獣は恐ろしい……それなのに、ここが大事で、町を離れる事が出来ないのですな」

「そうか……」

 小さく呟いたきり、ハルはもう何も言わなかった。

「ははは、エンダ様から見たら、何を固執しているのだと思いでしょうな」

「人々の歴史が積み重なって町が形成されているのです。おいそれと捨てられないのでしょう」

 エンダの立場からしてみれば、逃げてくれた方が幾分も助かる。しかしエンダは流浪の民、自分には理解できない感情があるのだろうな……元はそう理解した。

「エンダ殿、この地に見えられた際には、是非お立ち寄り下さい。町中で歓迎致しますぞ!」

 町長は町を救ってくれた英雄二人に、胸に掌を添えて恭しく頭を下げた。


第5章 生業 終わり

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る