もふもふの杜 ~証拠品と神様拾いました~

櫻井彰斗(菱沼あゆ)

第1話 もふもふが現れました

 

「瞳っ、あの怪しいトンカチ取ってこいっ」


 はいっ、と返事をし、熊野瞳くまの ひとみは山を駆け下りた。


 山の中腹で登山中の男性が撲殺される事件が起き、瞳たちは現場に急行していた。


 瞳は、この春、刑事課に配属されたのだが。


 特に刑事としての能力を期待されて、採用されたのではない。


 顔立ちも体格も立派な男前だが、常に高圧的な刑事課の先輩、小早川冬馬こばやかわ とうまは言う。


「他県の県警で、元ミスなんとかいう女性刑事がPRポスターに出たろう。

 うちの本部長があれに張り合って、うちでもああいうポスターを作りたいと言い出したんだ。


 お前はミスなんとかではないが、それっぽいから。

 どうしてもあれを通せと本部長が駄々をこねたんだ……」

と大層ご不満そうだった。


 いや……署長推薦をもらったまでは、私の実力ですからね、と瞳は思っていたが、口に出して言うと、更に攻撃されるので、黙っていた。


 まあ、なんだかんだで、颯爽とした女性刑事を演じたポスターを撮ったあとの瞳はある意味、用なし状態で。


 使いっ走りの毎日を送っていた。


 今も、死体のあった場所から下を見たら、たくさんゴミが撒き捨ててある場所があり、そこに怪しげなトンカチがあるのに気づいた冬馬に、

「あれ、取ってこーい」

と犬のように言われ、走り出したところだ。


 ああ、スニーカー、一応、持ってきといてよかったな、と瞳は思う。

 朝は、まさか、山で殺人事件が起きるだなんて思ってはいなかったのだが。


 だが、このスニーカーを見た冬馬には、

「なんで金色のスニーカーだっ」

と怒鳴られた。


 いや……渋い金じゃないですか、と言い訳のように瞳は思う。


 っていうか、いつものスニーカーに穴が空いていたので、次の休みに買いに行くことにして、とりあえず、家にあったのを持ってきたのだ。


 ……まあ、学生時代、ドラムやってたときに履いてた奴なんだが、とか考えているうちに、足だけは速い瞳は、下のゴミが捨てられている場所に到達していた。





 うわっ。

 ゴミだらけ。


 此処は、不法投棄の場所だろうか、と思いながら、瞳が割れた茶碗の上にあるトンカチを取ろうとしたとき、

「待て」

と声がした。


 なんだ? と顔を上げると、林の中からカピバラが現れた。


 ……野良カピバラか?


 居るのか、そんなもの、と思う瞳の前でカピバラが言う。


「私はこの地を守るさいの神。

 私へのみつぎ物を持ち去ろうとするのは誰だ」


 厳かな口調だった。


 いや、カピバラなんだが……。


「貢ぎ物?

 このトンカチがですか?」


「そこにあるものは、みな、私への貢ぎ物だ」

とカピバラ様はおっしゃる。


「どれひとつであろうと、持ち去ることはあいならん」


 そういえば……と瞳は思い出していた。


 大学の一般教養の時間に民俗学をとっていたのだが。


 物を集めるのが好きな塞の神が居て、みなそこに、いろいろ物を持って行くのだと言う。


 他人が見たら、これ、ゴミなんじゃないかな~と思うものも神様にとっては、貢ぎ物で、持ち去ろうとすると祟りがあるとかないとか。


 瞳は、死体と警察の居る上の方を見て思う。


「でもあの、そのトンカチ、神様への貢ぎ物じゃなくて、転がり落ちてきたものじゃないかと思うんですが、凶器なら」


「何処からどのように来たとしても、私の前に来れば、それらはすべて貢ぎ物だ」


 うわー、困ったカピバラだなあ。


「なにをしている。

 早く取ってこいと言ったろう」

と背後で、冬馬の声がした。


「うわっ、イノシシじゃないかっ」


「都会っ子ですねー、小早川さん。

 これは、カピバラですよ」


「都会っ子関係ねえだろ。

 田舎にカピバラ居るのかよっ。


 っていうか、カピバラなら、早く温泉に戻してやれっ」


 いや、カピバラ、いつも湯に浸かってるわけじゃないと思うんですけどね~。


「私は、塞の神である」


「うわっ、しゃべったっ」

と冬馬が声を上げる。


「この娘が私への貢ぎ物であるトンカチを持ち逃げしようとするのだ」


「いや、それ、凶器かもしれないので。

 上で人が撲殺されてるんですよ、塞の神様」


 うわっ、小早川さん、普通にカピバラと会話してるっと思って見ていると、


「……うちのばあちゃんちには、普通に座敷わらしが住んでたからな。

 塞の神様、それ、持って帰って調べないと、犯人が野放しのままになりますよ」

と冬馬は言い出す。


 いや、今、現在、野放しになっているのはカピバラだが、と思う瞳の前で、ふむ、とカピバラ様は頷かれた。


「では、凶器でなければよいのだな。

 私は私にいただいたものを持ち逃げされるのがなにより嫌いだ。


 では、現場とやらを見に行こう」


「そ、そのお姿でですか?」

と瞳が言うと、そうだな、と周囲を見回した塞の神は、瞳のジャケットのポケットに入れてあったキーホルダーのカピバラに目をつけた。


「そちらに移ろう」

「何故、またカピバラなんですか」


「私の姿に似ておるからだ」


 やっぱり、貴方、カピバラなんじゃないですかね……?


 そう思いながら、二人とカピバラで事件現場へと戻っていった。





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