ハートフル!~暴力系ヒロインとの徒然なる日々~

野暮天

第一章

第1話

「渚、あんたって人はあああああああ」

 背後から少女の声がする。セーラー服姿の彼女は肩までのセミロングの髪を振り乱しながら俺の方へと駆け寄る。


「ん?なんかあったっけ」

 俺はいつも通りのんびりと構えていると少女は睨み付けてきた。


「今日は部活のミーティングって言ったでしょ」

「悪い忘れてた」

 本当はしっかり覚えていたが面倒なので忘れたことにしておく。


 当然少女の方もそれは折り込み済みで。

「今日という日は部活に顔だしてもらうわよ」


 俺たち二人で構成されている部活徒然部はかの兼好法師の徒然草を嗜む会という少々ハイソな趣味をしている。


「あんた顧問の稲葉先生が待っているのも知らずにバックレたでしょう」

「だって俺あの人苦手なんだもん」

「もんってあんたがいってもかわいげゼロよ」


 ああうるさいなと思いつつ適当に話を流す。

「志保の方こそそうやって白目向いているとかわいげナッシングだぞ」

「白目向いてるとかいうなあああああああ」


 少女は頬を紅潮させまるで毛を逆立てた猫のようにふしゃああと謎のおとを出す。

「稲葉先生に言いつけてやるっ」

「あっ別にいいよ」


 俺は能天気な口調でそう返す。

「俺そろそろ部活やめようと思ってるんだ」


 そもそも部活に強制加入させられたのは俺の成績があまりにも悪いからであって。

 どうして成績優秀な彼女と同じ部活に入ってるのか自分でも理解できない。


「やめてよ。あんたがいなくなったら私と稲葉先生の二人きりじゃない」

「お二人で是非とも楽しんでくださいな」


 稲葉とは古典教師であと数年で定年を迎えるおばあちゃん先生だ。

 なので話が長いし人の話も聞かない。


 つまり徒然部は多くの生徒が少女目的に入ってやめてきた部活なのだ。

「いでやこの世に生まれては願わしかるべきこそ多かめれなんていうぞ」

「こういうときだけ兼好法師の言葉を使うのやめてよ」


 俺としてはなだめたつもりなのだがあまり効果はなかったらしい。

「だって俺たち徒然部だし」

「あんたさっきやめるとか言ってたよね」

「まだやめてないから」


 本当なら自然にフェードアウトする予定だったが少女の監視の目が厳しくてなかなか抜け出せないのが実情だった。


「もうかくなる上は……」

 少女は竹刀を片手にバシッと振り下ろす。やばい。当たったらアカンやつだ。


 仕方がないので俺はホールドアップだ。

「はいはい参りました」

「分かればよろしい」


 そして少女は俺の襟首をつかむ。

 バカ力なのかなんなのか片手で俺は部室へと運ばれていく。


「はかない人生だなあ」

「あんたの場合やる気がないだけでしょ」

 かくして俺は徒然部の部室に連行されるのであった。


 ***


「あらまあ山谷渚くん良く来たわね」

 案の定待ち構えているのは稲葉先生だった。

 彼女ののほほんとした姿からは想像できないがこれでも優秀な人材だったらしい。

 今ではお茶をすすって週数時間の授業を受け持つだけだが。


「それで先生、今日はどういったご用件で?」


「あら蕪木志保さんから話聞いてないの」


 稲葉は相変わらずのんびりした様子で俺ににっこり微笑んでくる。

 まったく話がつかめないのでつれてきた張本人に質問する。


「ねえどうして俺ここにいるの?」

「もう世話が焼けるわね」


 少女はぷんすかと怒りつつ説明してくれる。

「うちの部活って本来十人以上いたじゃない。だけどどんどん部員がやめていっちゃって廃部の危機にあるの。今は稲葉先生の力でどうにかなってるけど今後のことを考えるとね……」


 つまり部員を勧誘してこいということらしい。

「ええっ。部員二人で十分じゃないっすか」

「それが校則の規定で部員三人以上で同好会が成立するって話なの」

 言い逃れをしようとしても厳しい現実が待ち受けていた。


「私も剣道部での活動もあるしなかなか時間がとれないから暇なあんたが勧誘してきてよ」

「やだよ。ティッシュ配りよりきついぜその仕事」

 いくら新入生がいるからといってこんなどマイナーな部活入ってくれるやつの方が少ないだろう。


「でも先生困っちゃうな」

「私も徒然部がなくなるのは忍びないわ」

 二人からの攻撃により俺は孤立無援の状態でただひたすら耐える。


「ねえこれやったらなにかごほうびはあるの」

 よくぞ聞いてくれましたという表情で少女が答える。


「部員が五人になったらもっと広い部室が使えるようになるわ」

「今でも十分だよ」


 心の声が駄々もれになると少女はキッとこちらを見つめる。

「あんたがそんなのんびりしているから徒然部は廃部の危機にあるんじゃない」

「それって俺以外の要因の方が大きい気がするな」


 実際高校生が兼好法師に興味を持つ確率は低い。なにせ古典部よりさらに細かいカテゴリーなのだ。いや俺は好きだけどね。そんなことを考えているのもつかの間。


 少女は竹刀をバシッと俺の鼻筋につきだす。

「四の五のいってないでさっさとやるっ」

「志保それってあんまりじゃないか」


 暴力にしか頼れないというのは悲しい性分だ。人間にはもっと平和的な解決法があっていいじゃないか。


 そう口にすると少女は口ごもる。

「だって……私だって徒然部がなくなるのは困るし……」


 そこが自分の居場所だからとぽつりと呟く。

「困るわよねえ」


 そこですかさず稲葉先生が援護射撃にはいる。


 どうして男は女の涙に弱いのだろう。

 これではまるで俺が悪者じゃないか。


「それにあんただってここがなくなったら困るでしょ」

 確かに居心地のいい昼寝場所がなくなるのはいささか不便だ。


 普段から真面目な生活とは正反対のものを送っている俺は少女の言葉にうなずいた。

「やった渚。ようやくわかってくれたんだね」

「わかったというかなんというか」

 ここまで来たら背にはらは変えられない。まあ彼女も手伝ってくれるらしいし気長になるしかないか。


「じゃあ手始めに勧誘のチラシを作りましょう」

「怪しげな宗教勧誘みたいだな」


「もうっそんなこと言ってると竹刀でぶっ叩くわよ」

「ああ怖い怖い」

「講談聞いてるみたいな言い方ね」

 まったくもって話が進まない。これは俺だけの責任ではないはずだ。


「じゃあとにかく一年の勧誘を一緒にするってことで妥協していいか」

「……ありがと」

 急にしおらしくなって少女は俺に頭を下げた。


 この娘の真面目スイッチの入りかたがわからない。普段は竹刀を振り回す暴力女のはずだが。

「渚がここまで協力してくれるのはじめてだから」


 そわそわと髪の毛をいじりだす。

「なんかゴリラじゃない志保は志保らしくないな」

「って失礼なっ」


 今度は竹刀ではなく拳がとんでくる。

「いひゃい」

 頭にたんこぶができたのをさすりながら俺は少女の説教を渋々聞いている。


「ということでポスター、チラシを作って部員の確保に努めるのよっ」

「へいへい」

 かくして俺は新たなミッション新入生勧誘を始めることになった。

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