初雁は畏敬の念をこめてその刀を見た。


この刀は、道場に安置されていた名刀村正そのもののように見える。

初雁が憧れていた美しい刀のように見える。


初雁が継承者になった暁には渡されると約束されていた刀のように見える。


刀が語りかけてきた。

「わしを手に取れわしの力を使え烏丸由布を倒せ」


初雁は、右手が刀に伸びていく様子をまぼろしのように見守った。


由布は気配を感じて振り向き、ぎらぎらと刀身を輝かせる真剣を見た。


初雁の手が、憑かれたようにその柄に伸びていく。


「その刀にさわってはいけない!」

由布は制止するために叫んだが、初雁の手は磁石と金属が引きつけられるように刀をしっかりと握りしめていた。


初雁が立ち上がった。


博斗の耳に、耳障りな甲高い音が聞こえた。笛のような音色。


「逃げろ由布!」

博斗がそう声を上げたのと、初雁が真剣を引っさげて斬りこんだのと、由布が判断を迷わず体ごと大きく飛んで横の草地に逃げたのは同時だった。


初雁の強烈な一刀が腰の高さほどの草を一気に薙ぎ払い、そこに逃げこんだ由布の姿をすぐにあらわにした。


由布は一息漏らし、すぐに立ち上がり竹刀を中段に構えた。


由布が見た初雁の瞳は、狂気にはっきりと支配されていた。

焦点が定まっていない。由布を見ているようだが、由布よりももっと先にあるなにかを見ている。


「だあぁぁぁあーーーっ!」

初雁が大きく一歩踏み込み、右から刀を振り下ろした。


由布はとっさに竹刀でそれを受け止めようとし、相手が真剣であることを思い出したが、遅かった。


初雁の振るった真剣は由布の竹刀に触れると、そこから、恐ろしい力でめりめりと竹刀に食いこみ、みるみる竹刀を引き裂いていった。


由布は竹刀を手放した。


選択は正解だった。そのまま握っていたら手も真っ二つに切り落とされるところだった。


顔を上げると、口を醜く開いて咆哮しながら、初雁が刀を振りかざして突っこんでくるところだった。

由布は手元にあった豆腐大の護岸ブロックのかけらをつかみ、初雁の胸元に投げつけた。


初雁はにやっと笑って刀を十字に斬りつける。

ブロックは四分割され、それぞれの破片を押しのけて初雁の体が迫った。


由布は、そのまま体勢を低くして駆け、初雁が元いた場所から、初雁の竹刀を拾い上げて自分のものにした。


「!」

由布は頭を縮めて初雁の刀をよけた。


だが、通常の倍以上に切れ味を増している初雁の一刀は、周囲の空気もまとめて引き裂き、かまいたちを生んで由布の肩に傷を負わせた。


「う…!」

由布は竹刀を持つ手で肩を押さえる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る