11

「お前は、ムーに、戻れるのか?」


僕はかぶりを振った。

「いえ。それどころか、おそらく僕の元に、もうじき誰かが来るでしょう。ピラコチャ様か、ホルス様か」


男は顔をしかめた。

「殺されるのか?」


「かもしれません。あるいは、再改造されて、まったく別の怪人になるのか」


男はじっと僕を見つめた。強い視線だ。

「マヌ総帥とやらも、全能じゃないんだな。イシスといい、シータといい、お前といい、身内からボロボロと裏切られるようじゃあ…」


いわれてみれば、そうだ。

総帥は確かに人の心をねじ曲げることは出来る。

でも、それは総帥にしかない力というわけではないようだ。


人の心を変えることは、誰にでも出来る。

現実に、燕ちゃんはたった一つの笑顔で僕の心を変えてしまった。


この男が、燕ちゃんを導いている人間なのだろう。

この男はおそらく、総帥よりもはるかに多くの人間達の信頼を集め、心を動かしてきたようだ。


「あなたの名前は、なんと言うんです?」

「俺か? 俺は、瀬谷博斗。ちなみにスリーサイズは内緒だ」


「は、はあ…」

僕は、博斗に頭を下げた。

「ありがとう。あなたなら、総帥に、せめて一矢ぐらいは報いることが出来るかもしれないと期待させるものがある」


博斗は肩をすくめたが、突然揺れた地面にバランスを崩し、よろめいた。

「なんだぁっ?」


地面が揺れたときに、同時に、とても重いものが衝撃とともにコンクリートを砕いた音がした。


僕もふらついて、足を開いてバランスを取った。


…もう、来たか。


ピラコチャが、地面に降り立ち、首を鳴らしていた。


「さて。ムー・ヘンリー。戦闘員を引き上げさせて、おまけにスクールファイブと戦う様子もない。こいつはいったいどういうわけか、説明がほしいぜ」


「説明はありません。僕の信念に従って行動しただけです。それに、僕は、ムー・ヘンリーではありません。向井仁です」


「なにいってやがる、このウンチク野郎。俺が知りてえのは、ただ、てめえがやる気があるのか、ないのか、それだけだ」


「そういう意味なら、僕には、やる気はもうありません。むしろ、あなたとは、敵になるかもしれません」

僕は、淡々と言った。


「へえ」

ピラコチャは馬鹿にしたように目を丸くした。

「そうかい。そいつは残念だ。総帥にはよ、おかしな芽はさっさと刈り取れって言われてんだよな」


ピラコチャは、背中から斧を引き抜いた。

「ま、いちおう、もう一度だけ聞いとくぜ。考え直す気はないのか?」


「ありません」


「ま、そう言うと思ってたけどな。そのほうが俺の楽しみも増えるってもんだ」


僕の頭の中で、なにかが、外れた。

僕の知識と理性がつないでいた鎖のようなものが、とれた。


楽しみ。


そんなものか。

しょせん、僕たちの扱いなんて。怪人の扱いなんて。


「そんなものなのかああっ!」

僕は叫ぶと、歯をむき出してピラコチャに飛びかかった。


僕の視界の隅で、博斗が動くのが見えた。


彼は、ぼーっとしてこっちを見ている燕ちゃんに飛びついて、顔を明後日のほうに向けようと手を伸ばすところだった。


博斗の声が聞こえた。

それが、僕が最後に聞いた人の声になった。

「見るな、見ちゃ駄目だ!」


あとは見えなかった。

僕は吠えながらピラコチャの正面に浮き、耳まで唇を広げて笑っているピラコチャに、せめて一撃をと、腕を伸ばした。


ピラコチャのサンダル履きの足が大きく踏みこまれ、肩から円弧を描いて巨大な斧が斜めに振り下ろされ、妙にゆっくり迫るように見えたその刃先が、僕の肩口から一気に叩きこまれた。


僕の記憶はそこで終わりすべてが赤く染まって消えた。

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