いい天気の日だった。

春の到来が近いことをはっきりと感じさせる陽気。

これから、冬の間眠っていた生命が次々に目覚めていく、その予感を漂わせる実に気分のいい日だ。


が、僕は背後に戦闘員を従えて待っていた。


確かめなければならない。確かめなければならない。確かめなければならない。

念仏のように。

その言葉を繰り返した。


僕は、燕ちゃんは僕の敵ではない、と一抹のかすかな期待をまだ残していた。

浅はかな期待だとわかってはいたが。


じっと、待っていた。

まさか、公園の茂みの陰で、奇異な身なりをした者達が息を殺して待っているなどとは誰も気付きもせず。


幼児を連れた母親達の集団、朝の僕と同じようにゆっくりと歩きベンチに座って時間を過ごす老人。


近くの会社が昼休みなのだろうか、よく似た色をしたスーツ姿の若い男女が連れ立ってやってきて、さっきまで老人が座っていたそのベンチに座り、そして、世界の幸福はすべて自分達のものといいたげな風で、一つの弁当箱を突ついた。


知らぬ間に僕は、男を僕に、女を燕ちゃんに、置き換えた光景を夢想していた。


恋の代表的症状。

恋をすると、人は、相手のことを想うのではない。

相手と自分が幸せに結ばれている光景を想う。


たとえばいま女が箸で里芋をつまんで男の口に運んでやったように、もし、燕ちゃんが僕のために箸を向けてくれたら、それだけで、どんなに楽しいだろう。


僕は激しくかぶりを振り、身を震わせた。

瞬間的だが殺気を発し、それに驚いて、近くに寄り添っていた戦闘員達がたじろいだ。

豊かな想像力に災いあれ!


日が暮れかけた。

僕は、いまいましいほど心臓が高鳴るのを抑えられず、貧乏揺すりで誤魔化そうとした。

なかなか、燕ちゃんは来ない。


きっと燕ちゃんは、他の道を使って帰ったに違いない。この道は、通らなかったんだ。

そうだ。

だから今日はもう、やめにしよう。

また、機会はいつでもあるさ。


そう言い聞かせようとしたが、僕のなかの怪人である部分が、ノーと言い、僕の足を頑固に地面に残していた。


駄目だ。そんなことは許されない。

僕には、使命があるのだ。

その使命を果たすことが、僕の存在価値だ。


自分を否定するようなことは、出来ない。燕ちゃんを待つしかないんだ。

でもそれは、とても、怖い。


燕ちゃんの気配が近づいてきた。


僕は苦い顔をしたまま、怪人の姿に戻った。

頭に取りついている巨大な本が、人間の姿に慣れた後だと、なんともかさばったような感じで、少し動きにくい。


シャコシャコという自転車の音が、はっきりと聞こえてきた。


僕の左右から戦闘員が飛び出し、茂みを抜けて公園に出た。


こするようなブレーキの音。そして、タイヤが地面をする音がした。


「おまえたちはっ!」

燕ちゃんの険しい声が響く。


僕は、ゆっくりと茂みを押し分わけて表に出た。

戦闘員達が燕ちゃんを円形に囲んでいる。


燕ちゃんは、スタンドを立てて斜めに止めた自転車をバックに、ぎゅっと小さく構えていた。


燕ちゃんの強い視線が、僕を射抜く。

お願いだから、そんな眼で僕を見ないでほしかった。

その視線に確信した。


推理小説で言えば、物的証拠はないが、状況証拠だけでもはや逮捕できるという状況。


燕ちゃんは、僕や戦闘員がどういう者達か、よく知っている。

そして、戦う覚悟を持っている。

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